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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(108)

 

 意を決して放った、将子のぶちかましを、綾香は軽く後ろに避けた。

 素晴らしい、ステップだ。

 将子もそう感じたが、しかし、それは将子にとっては障害でさえないものであた。

 押さば押せ、引かば押せ、この程度のかわしで、私のぶちかましが避けれるとでも!?

 綾香が円を描くように後ろに避けるのを、将子はそのまま前に出て追う。相撲を取るときでも、こんな動きはしないだろうという長い時間をだ。

 だが、将子はそれを可能にしていた。そもそも、それぐらいの相手がいると思って今まで練習を重ねてきたのだ。逃げる相手を捉まえるなど、一番最初に考えたことだ。

 ダダダダダダダンッ!

 将子の前進するときに踏み鳴らす音が響いた。時間にすれば数秒ほどであったが、ほとんど初速を失わずに追撃したその動きから言って、かなりの距離を、息もつかせずにつめたはずであった。

 だが、綾香には、かすりさえしなかった。腕をあまり突き出さずに、頭突きを当てるつもりで前に出ていたので、それは動きの自由度から言って、落ちてはいたのだろうが。

 それでも、将子はゾッとした。

 前に出た。私は前に出たのだ。押して押して押し倒すために、前に出たのだ。

 それなのに、目の前の将子から見ればか細いと感じるような身体の相手を、逃がした。

 単純に、将子の前進を止める方法ならばある。後ろに逃げず、他の方向に逃げるのだ。いかに将子とて、真横や斜め前に逃げられれば、前進を止める他ない。

 それをわかって、今までの相手は前に出てきた。将子も驚いていたのだ。エクストリームとは、こんなにレベルの高い選手が集まるかのかと。

 将子の身体は伊達ではないが、伊達としても十分な効果がある。見目だけでも、並の相手なら怖気づくほどの身体だ。

 それを見て、そして将子が相撲を使うということをわかって、戦った選手は、両方前に出てきた。恐怖がないわけがない。前に出るということは、将子の身体に、自分の身体を正面からさらすということだ。

 だが、理としては正しい戦略なのだ。将子の前進を止めるには、将子に正面から当たって、通り過ぎるのが一番正しい。

 正直、最初はそんなことをする選手は、いかに理にかなった行為でもいない、と思っていた。恐怖はあるだろうし、そもそも、それを思いつくかどうかさえ、怪しいものだ、と。

 しかし、皆、恐怖を殺し、勝つために前に出てきた。さらにその理というものをかなえるだけの強さがあった。凄い、と将子は素直に思ったのだ。

 だが、今度の相手は、その上をいく。前に出ることが理にかなっているならば、後ろに下がって将子の前進をかわしきるというのは、理にかなわない、技だ。

 恐ろしい相手だ、将子は素直に思った。綾香のすました顔を見れば、それが何もギリギリだったり、まぐれだったりではないのが、よくわかる。

「いい前進ね。でも、それだと本当に受けのうまい相手には流されるわよ。それでなくとも、前進中は隙が多いんだから」

「……その隙を、さらに前進でうめるのが、相撲だ」

「そうね、それ自体は、いい悪いの問題じゃないわよね。もしそういう話をしても、相性ってのもあるし、一概に悪いと言い切るのも間違ってるかもしれないわ」

 綾香は余裕ありげに話を続ける。今ここで狙われても、さばく自信があるのもそうなのだろうが、将子が仕切りを取っていないのも関係しているのかもしれない。

 そう、将子は構えもせず、かと言って仕切りも取っていない。今綾香に攻撃されれば、意外なほどもろいだろう。

 しかし、綾香とて、そんな状態の将子を相手にしたいわけではないのだ。

「どうしたの、構えないの? そりゃ、私との実力はともかく、相性としてはそんなに悪くないわと思うわよ。私はどっちかと言うと、コンビネーションを得意とするから、それを前進で押さえ込めば、けっこう戦いになるんじゃないの?」

「そんなことはない、と言い切らせてもらうよ。コンビネーション? そんなもの、あんたの本当の強さを表す言葉じゃないだろ?」

「……ま、そうだけど」

 綾香は肩をすくめた。エクストリームでは、ルールがあるのもあるが、皆綺麗な戦いをしてくる者が多い。そういう相手には、コンビネーションの方が合うので、試合ではけっこうそれだけで決めたりしているのだ、将子には、その裏まで見えているようだった。

「で、もうやめる、とか言わないわよね?」

「さすがにそんなことはしないよ。それは、もったいなさすぎる」

 将子は、ニッと笑って、腰を落とした。正直、さっき少しだけ、心が折れかけたのだ。

 だが、誰がそれを責められるだろうか? 今まで自分が血のにじむような努力の末に作り上げたものを、相手は苦とさえしなかったのだ。そんな相手に、何をしろと?

 いや、やることはあるのだ。そのために、将子はわざわざ暴挙とも言えるケンカを打ったのだから。

 目の前にいるのは、間違いなく「最強」の名の一人だ。世界が広くても、それは間違いない。

 そんな者を目の前にして、戦わずに済ませるなど、将子の中の、格闘バカには許せなかった。

 後ろに逃げるならいい。手を出したときが、終わりだ。

 後ろに逃げながら、自分を倒すほどの有効打は打てない。打てたときは、逃げれない。

 単純なことだ。相手は手を出さないと自分を倒せない。なら、相手が手を出すしかなく、そしてそれは自分の勝つときだ。

 ググッと、将子の腰が落ちる。もともとこの仕切りは相手との呼吸を合わせるものだ。出だしのタイミングを読まれたところで、何ら困ることはない。

 それよりも、さらに強い力で、前へ、押せば勝つ。

 綾香が、意識的にか、将子と息を合わせる。その様子は、まるで本当の相撲の仕切りを取って見合っているかのようであった。

 一つ違うと言えば、綾香の構えは、あの奇妙な上下に腕をわけた構えなことだけだ。

 その手がどう動こうとも、自分が、勝つ。

 将子が前に出るのを読んでいたように、綾香は、口元を、ゆがめてというにはあまりにも綺麗に動かして、笑った。

「タイミング、読ませてもらったわ」

 だから、どうしたっ!!

 将子の身体が、前に出る、よりもさらに素早く、綾香の身体が前に出ていた。

 同じ瞬間に前に出たはずっ!!

 将子に衝撃が走る暇もなく、綾香の身体が迫っていた。まったく、同じタイミングで前に出たはずなのに、綾香の方が、速かった。

 あくまで、仕切りを相手よりも遅くするからこそ、カウンターが取れるのだ。同時に動いたのでは、もし相手のスピードについていけるとしても、カウンターは取れない。

 しかし、もとよりカウンターは捨てている。相手の攻撃を、一度、たった一度だけさければ、次は自分の番だ。

 攻撃は……下っ!!

 綾香の腰に構えられた右腕が、将子のあごを狙っているのを、即座に将子は読み取った。確かに、下からの攻撃はまずい。いかに首を鍛えても、浮かされればもろくなる。

 それでも並の相手ならば耐える自信があるが、綾香相手に渾身の一撃をくらうというのはまずい。

 よければ、勝ちだ。

 身体全身を使って打たれる、アッパー。しかし、あごを少し横にずらせば避けれる。それも、そのほんのわずかな時間では難しい行為だったが、しかし、将子はそれを……

 将子のほほをかすめるように、綾香の拳が空を切った。

 実行した。

 捉えたっ!!

 そう感じた、と将子自身は思ったつもりだった。だが、その身体には、それらしい感触はなかった。まるで魔法のように、綾香は身体があるのに、存在がそこから消えたように感じた。

 そして将子は、地面に、落ちた。

 

続く

 

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