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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(111)

 

 綾香が浩之に三角蹴りを実践しようかなどと考えているそのとき、葵の見ている試合では、優劣が決しようとしていた。

 ビュビュビュッ!!

 テコンドーの水嶋選手の蹴りは、それこそボクシングのパンチのように多彩で、コンビネーションも素早く、ボクシングのそれの威力を超えていた。

 水嶋選手の、連続の蹴りが空を切る。篠田選手が今ひとつ前に出ないので、とらえきれていないが、それでも、そのスピードは目をみはるものがあった。

 間髪置かず、水嶋選手は二連続の蹴りを放つ。

 一体、どういう身体の構造をしているのかさっぱりわからないが、何度蹴りを放っても、水嶋選手の身体はバランスを崩すことがなかった。だから、何度も連撃が打てるのだ。

 水嶋選手は決して弱い選手ではなかった。そのキックには戦慄さえ覚える。しかし、それでも。

 それは、あっという間の出来事だった。

 水嶋選手は、篠田選手に横にまわられて、片脚を取られていた。

 葵だって見切るのは難しいと思った蹴りを、最初は一方的に避けていた篠田選手であったが、気付いたときには、それに一瞬で合わせていた。

 相手が蹴り脚を引くのにあわせて自分も前に出たのだ。

 水嶋選手のキックは、多彩で、連続で放つことにより、容易に相手に読ませないだけのものがあった。

 だが、コンビネーションの癖、それは普通ならそんなに問題になるようなものではないのだろうが、それを見つけ、それに合わせた。

 結果、篠田選手は相手の片脚を抱える格好になった。

 こうなっては、もう蹴りは出せない。いや、他の打撃技はもちろん、組み技を使う選手にだって不利な体勢だった。

「決まったね」

 坂下も、そう冷静に判断を下した。

 水嶋選手は、慌てて横に向かって腕を振り下ろす。これぐらいしか当てる打撃が放てないのだが、篠田選手の頭の位置が低い以上、頭を直撃する可能性もあった。

 だが、篠田選手は、その動きに対応して、相手の後ろにまわっていた。しかも、片脚は持ったままだ。

 と、後ろに移動するのにあわせて、残った脚をかる。

 あっけないほど簡単に、水嶋選手は前につんのめるように倒れていた。我慢とか、そういうものとはまるで無縁な技の入りだったのだ。

 しかし、倒れても、とっさに水嶋選手は身体をひっこめようとした。

 倒れた者への打撃が禁止されているエクストリームでは、うつぶせに倒れた状態は、致命的な状況とは言えない。

 だが、あくまでそれは普通の場合ならばだ。

 今回は、篠田選手は相手の片脚を取っている。一箇所でも完全につかまれれば、守りは非常に困難になる。

 そこからひっくり返すこともできるし、その部位に対しては技がかけられるのだから、当然だ。そして篠田選手は、やはり一番効率良く、そのまま脚をかためる。

 うつぶせになった相手にのしかかるようにして、相手の脚をたたんで、腕で締め上げる。

 鮮やかなまでの裏アキレス腱固めだ。

 仰向けになった相手にも技のかけやすい、そしてかかってしまえば、まずギブアップを奪える、そしてさらに言えば、脚関節をわかっている選手でなければ、防ぐことさえ考えることができないであろう、効率の良い技だ。

 そのまま、篠田選手は肩で押さえつけるように、アキレス腱を締め上げる。

 パンパンッ

 時間にすれば、わずか数秒だった。

「それまでっ!!」

 審判が、篠田選手の勝ちを判定した。

 決まって、ほんの二、三秒だったが、我慢しろ、とは誰も言えないだろう。関節技が本当に決まれば、耐えるなど不可能だし、耐えたところで、痛めて、さらに抜けれずに負けるのが関の山だ。

「思ったよりあっけなかったね」

「はい。というより、篠田選手が、予想以上に強かったんですね」

「そうだね、あの打撃に対する対応は、並じゃないね」

 むしろ、相性が悪かったとも考えれる。これがボクサーならば、篠田選手はもっと苦戦していたのではないだろうか?

 テコンドー自体は、確かに異種格闘技となると心もとなくなってくるが、打撃のみ見ればけっこうやっかいな相手だ。

 その蹴りの自在さは、打撃経験者でもかなり戸惑うだろう。そしてスピードを重視しても、やはり蹴りは蹴り。当たれば一撃で決まる可能性は高い。

 だが、どんなに多彩で、速くとも、そこはキック。どうしても、戻しがパンチより遅くなる。打撃格闘ならば、そうであってもちゃんとガードをしていれば、決められることはないのだが。

 篠田選手には、その戻しにあわせるだけのスピードがあった。そして、一度つかまえてしまえば、打撃しか知らない、知っていても純度が極端に違う、相手をどうこうするなど、簡単な話だったということだ。

 私なら、どうなるだろう?

 葵は、ついついそれを考えていた。いや、ついついなどではない。真剣に、考えねばならない内容だった。

 私なら、戻しをもっと速くできる? それとも、相手が出てくるのに合わせて、打撃を繰り出せる。

「……ああ、次の相手になるんだね」

 固まって何かを試案する葵を見て、坂下は思い出したように言った。

 葵も、生粋の打撃格闘者だ。篠田選手とつかみ合いになれば、分が悪かろう。

「私なら、どうやって勝つか考えています」

「うん、いい心がけだよ」

 坂下は、少し嬉しくなった。葵が、どうやって戦う、かではなく、どうやって勝つ、ということを口にしたからだ。

 格闘技は、途中経過も確かに大切ではあるけれども、やはり、勝敗が大切なのだ。

 戦う、ではなく、勝つ、という言葉が自然と口から出てくるということは、その心構えが十分にできているということだ。

 やっぱり、葵は成長している。技や身体、経験もそうだけど、心も。

 綾香の助言など、もう必要ない。わざわざ綾香が成長のためにそれをしない意味もないのではないだろうか?

 葵自身の努力もあるが、今まで試合をしてきた選手や、認めたくはないが、綾香や浩之の存在もプラスになっていることを、しぶしぶ坂下は認めていた。

 あんたも、決して弱い選手じゃないと思う、ううん、強い部類に入る選手だとは思うけど。

 試合場を去っていく篠田選手の背中に、坂下は、同情し、そして、どこかうらやましいものを見るような目で見た。

 あんた、葵に負けるよ。

 

続く

 

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