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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(112)

 

「あー、考えてみりゃ、もう葵ちゃんは俺と同じところまで勝ちあがってきてんだな」

 四人が集合すると、浩之は思い出したようにそう言った。

「そうですね、ナックルプリンスとナックルプリンセスの試合数は同じみたいですから」

 たった二試合、この二試合を勝った葵は、すでに準決勝に入るというこになる。

 だが、たったとはとても言えなかった。

 一試合目こそけっこうな余裕があったが、二試合目の将子は、油断どころか、本気でやってもやっと勝てた相手だ。

「地区大会を優勝するまで、後二回も勝たないといけないと思うと、ちょっと不安になってきます」

 珍しく葵が力ない笑いをする。

 まあ、優勝などという言葉を口にすれば、まわりの他人もその自信に振り向こうというものだが、その姿を見て、妙に納得して視線をそらす。

 スペシャルゲストの来栖川綾香に紹介された選手だというのを、誰しもが覚えているということだ。

 しかも、優勝候補であった枕将子選手を、二試合目で破ったとなれば、その実力を疑う者は誰もいない。

 だが、不安になるのもわかる。

 二試合目で、葵はかなり疲労していた。ダメージもないとは言えないし、毎日鍛えているような人間と体力勝負をしたおかげで、体力はかなり削られている。

 葵も葵でいつも倒れるかというぐらい練習をしているので、スタミナには自信があるし、回復も早いが、次の試合まではそんなに時間があるわけではない。

「まあ、ダメージがあんまりなかったのが不幸中の幸いだな」

「ないわけじゃないんですけど……そうですね、センパイが準決勝を向かえたときよりは、状況はいいと思います」

 葵の無邪気な言葉がちょっとだけ浩之にささっていたりもするが、おおむね事実だ。

 葵も、三ラウンド目に直撃を受けたが、しかしそのダメージはそこまで後を引いていない。葵は身体に似合わず打たれ強いのだ。

 体力も、休んでいれば復活する。ダメージも抜けるだろう。四肢の方には、ほとんどダメージを受けなかったのは運がよかったと言えよう。

 万全、とは言えないまでも、動きを阻害するようなものがないというのは、試合をする上では十分な状態だ。

「もうちょっと苦戦した方が主役っぽいのにねえ」

 とは一応最近出番の少ない、ついでに苦戦の少ない主役の人の言葉。

「主役って……その前に、苦戦したかないだろ。俺は嫌だぞ」

「浩之は、苦戦だけなら主役ね」

「てことは、今回の負けは一回目の挫折ってわけか」

 はっきりほめられていないのは確かだったので、浩之はこめかみを押さえながら、そう返した。

「そうそう、ここから、特訓をしてエクストリーム優勝……」

 と、そこで綾香は浩之の顔をまじまじと見て、ふっと笑った。

「さすがにそれは無理ね」

「言われなくてもわかってるよ」

 非常にむかつく話だが、事実は事実。

 綾香や修治ほども強ければ、優勝、という言葉も現実味を持って受け止めるのだろうが、浩之が言ったところで、単なる絵空事でしかない。

「確かに、俺には優勝は無理だ。だけど、こっちには葵ちゃんがいる。葵ちゃん、俺のかわりに綾香をぼこぼこにしてやってくれ」

「えーと、さすがにぼこぼこは無理だと思いますけど。一応、綾香さんが目標なので、ここで勝てませんとは言いません」

 今は、まだ葵は綾香に届かない。葵はそれをわかっていたが、勝てない、とは、言えない。それこそ、目標に対して失礼だ。

 葵は勝つ気でここまで来ているのだ。例え今やれば結果が見えていたとしても、嘘をついてでもそれを認めるわけにはいかない。

「ちょっと弱気な返事だな。よし、じゃあ、坂下」

「私?」

 いきなりわけのわからない会話に呼び込まれて、我関せずを決め込んでいた坂下は驚いた。嫌いではないが、こんなバカ話につきあうつもりはなかったのだが。

「お前、空手の全国大会で優勝して来い。てか、できるだろ?」

 坂下の実力は、浩之の見る限り、化け物の綾香はともかくとして、浩之の知る限り、化け物達の次に強い葵と同等、下手をすればそれ以上なのだ。

「そうね、私もいないんだし、できるでしょ」

 綾香も横からはっぱをかける。こうまで言われれば、坂下もできると言いたいのだが。

「無理。KOだけならできないでもないけど、判定があると弱いのよ、私」

 坂下は、試合でも完全KO狙いなのだ。だから、まだ実力に差がある相手ならいいのだが、同等ほども強い相手になると、すかされたり、判定勝ちを狙う相手には、どうしても試合の結果としては遅れを取ってしまう。

 強豪ながら、弱点が読まれているので、全国大会では対応されてしまうのだ。

 坂下も、そういう相手への戦い方を心得てはきだしているのだが、すぐにどうこうできるものではない。それに、例えそうであっても、坂下は今の戦い方を変えるつもりはないのだ。

「県大会優勝、ぐらいなら約束してもいいけど」

 最近、とみに自分の実力があがってきているのを感じる。もう、県大会では例え対応をされていたとしても、遅れを取るとは思えなかった。

「うーん、いまいちねえ。もうちょっと大きなこと言えないの?」

「努力は、する。けど、結果を約束するなんて不誠実しないよ」

 勝負は水もの。絶対の自信のあるものならばともかく、確率で言えば半分以下のようなものを、口約束でもできない。

「そんなもの、約束する方が不誠実だろ? 結果は、出してからじゃないと嘘みたいなもんでしょ」

 やれやれ、とそれに綾香は肩をすくめた。

「あーあ、堅いわねえ、相変わらず」

 それには、坂下もかなり反論があった。いわゆる、あんただけには言われたくない、というやつだ。

「あんたが柔らかすぎるんだよ」

 というか、綾香と浩之が柔らかすぎるのだ。葵は、むしろ坂下よりも堅いかもしれない。

 そこで、綾香の顔が、何か悪いことを思いついた顔になった。その危険度は、横の浩之をおびえさせるには十分なものだ。

「じゃあ、賭けない?」

「賭けは嫌いなんだけどね、何を?」

「もちろん」

 綾香は、軽く笑って、大きく意地悪な言葉を言った。

「私がエクストリーム優勝したら、好恵が県大会優勝するって」

 それが、賭けが成立する同等の確率だ、と。坂下が約束できるほどで、自分は、優勝すると。

 

続く

 

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