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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(116)

 

 葵は期待していた。

 打撃の効かない、とまでは言わないでも、効き難い相手はいる。

 将子もそうであったが、今の吉祥寺の相手も、かなり打たれ強い。吉祥寺でも、打撃で倒すのは簡単にはいくまい。

 相手も、直撃だけは避けてくるのだ。そういう相手を倒すのは、打撃格闘家にとっては、酷く難しいことだ。

 しかし、その解を、吉祥寺は持っている、と何の根拠もなく、葵は感じていた。

 相手選手が、じりっと距離をつめる。

 打撃を恐れなくなった以上、止まる必要はないということだ。カウンタ−は怖いが、高等技術である以上、相手選手の動きにまでそれを使えるとは考えなかったのかもしれない。。

 いや、よしんば、吉祥寺がカウンターを合わせてきても。

 その一撃で倒れないという自信が、相手選手にはあるのだろう。

「でも、攻めるっ言っても、どうやってだ?」

 そこまでの前提があっても、浩之には、その方法が思いつかない。

 吉祥寺は打撃のプロフェッショナルと言ってもいい。組み技に関しても、攻めるのはともかく、守って自分の有利に進めるには十分の腕があるように思える。

 力だけで、吉祥寺ほどの選手を攻めるのは、難しいと、浩之は思ったのだ。

 ドカッ!

 しかし、相手選手は、それを無視するように、力任せに、吉祥寺のガードの上を叩いていた。

 ドカッ!!

 もう一度、決してスピードが速いとは言い難い相手選手の拳が、ガードの上を叩いていた。

 無駄な攻撃。浩之にはそう写った。

 いかに力を入れようとも、打撃格闘家に、ガードの上から打撃を入れても、対して意味のないことは、分かり切っていた。

 だが、相手は吉祥寺のガードを叩くのをやめない。

 ドカッ、ドカッ、と遅くだが、それは連打されていた。

 洗練された打撃ではない。打撃格闘家から見れば、威力はともかく、稚拙な打撃だった。それに意味があるとは、とても思えない。

 だが、吉祥寺選手は、何故か防御にまわっていた。その腕をもってすれば、打撃を全て受け流して、反撃する余裕さえあるのではないか、と浩之は思ったが、事実、吉祥寺は守りに入っていた。

 前進しながら上半身だけで拳をふる相手に合わせて、吉祥寺選手は後ろに下がっていた。まるで、相手選手のプレッシャーに押されるように。

 いや、事実、押されているのだ。

 打たれてもいい、という前進だけなら、むしろいいお客様と言っていいほど簡単に倒せるだろうが、そこに倒されることはそう簡単にはない、という自信と事実が含まれると、打撃格闘家にとっては酷く不利な話になる。

 打たれることを覚悟して前にでる相手はただでさえ厄介であるのに、そこに、本当に打たれてもそう簡単には倒れない、という事実まで入ると、手の出しようがないのだ。

 下手に手を出せば、つかまる。それこそ、相手の思うつぼだ。

 将子相手の方が、むしろ吉祥寺にはやりやすかったもかもしれない。将子の攻撃は、確かに一撃は凄いが、よけてしまえばそれまでだ。

 だが、今回の相手は、打撃を連打する。吉祥寺に反撃のチャンスを与えるつもりは、まったくないようであった。

 このまま、吉祥寺に攻撃のチャンスを与えず、判定に、いや、KOさえ狙っているのかもしれない。

 しかし、悪くない戦法だった。

 普通に考えれば、吉祥寺選手と打撃の打ち合いは不利なのだが、それを打たれ強さと腕力でカバーするというのは、あまりにも素人じみているので思いつかない。

 実行しようとなど、誰が思うだろうか?

 だが、総合格闘技なら、それもありうる。腕力は、やはり大きなファクターであるし、いかに吉祥寺選手でも、組み技は不利なのだ。

 バシッ!

 吉祥寺選手が、手を出す。スピードの速いジャブだ。ほとんど自分の守りを阻害することのないそれを、相手選手は顔で受ける。

 だが、ジャブ程度では止まってくれない。

 相手選手をひるませるには、少なくとも、少しの隙は覚悟しなければならないだろう。そして、それさえ無視して、または最小限の守りで受け、反撃をするつもりで、相手選手はいるのだ。

「無茶な戦法だな」

「嫌ではあるけどね」

 やられると嫌なのだが、所詮は無理のある戦法にしか浩之には見えなかった。いつもは綾香を見ているからだろうか?

「打撃は、フェイントだと思います。相手をつかむのが本命で、吉祥寺選手は、それで懐に入るのをためらっているんだと思います」

「つかむんだったら、あのガードとかできるんじゃないか?」

 吉祥寺選手は、さっきからほとんどの打撃をガードや受けでさばいているのだ。避けられているならまだしも、つかむ隙はあるのように見える。

「難しいと思います。柔道は、柔道着を着ているのでつかみやすいですけど、掴む服もなく、離れた状態で身体の末端を持っても、それから逃げるのは簡単な話ですから」

 吉祥寺選手をじらしている、というのが、実際のところ葵の予想だ。

 相手選手が接近戦をしたいというのを、吉祥寺は理解して避けている。打たれ強かろうが、遠くからの打撃を何度も何度も受ければ、いつかは倒れるだろう。

 だから、稚拙な打撃なのだ。遠距離では、打撃を打っても、打撃格闘家でない相手選手では、多くを求められない。

 だが、リーチと腕力で、吉祥寺選手に手を出させなくすることはできるのだ。

 それに吉祥寺選手がしびれを切らせて、前に出てくるときを狙う、葵にはそう思えた。もっとも、葵が気付くのだから、吉祥寺選手は気付いているもの、と思ってもいいだろう。

 葵なら、ここはじれても動かない。吉祥寺選手は、それでも反撃を考えてか、あまり後ろには下がっていないが、葵なら素直に下がる。

 そうやって、相手を疲労させてから、じっくり攻めるだろう。

 将子との試合で、葵も自分のスタミナと、相手をさばき続ける自信がついていた。だからこそ考えられた作戦だ。

 ……そうか、吉祥寺選手は、反撃をすでに狙っている。

 相手の作戦が理解できているのに、なお吉祥寺選手が下がらないのは、吉祥寺選手も、すでに決めようと考えて、反撃の隙をうかがっているのだ。

 しかし、チャンスは一度だ。一回懐に入って打撃を打てば、つかまるのは避けきれないだろう。そこからの打撃では、なかなか相手選手を倒すのは難しいと思えた。

 組み技、おそらく投げ技に絶対の自信があるからこそ、打たれてでも相手をつかまえようとする相手選手。

 打撃に、やはり絶対の自信を持ち、打たれ強い相手の懐に入っての一撃を狙う吉祥寺選手。

 どちらが有利とも言えない。

 だが、どちらが強いかと言えば……

 バシッ!

 相手選手の拳を、吉祥寺選手が左のフックで打ち落としていた。打撃でもない相手の打撃を、打撃で切って落とすことぐらい、吉祥寺選手にとってはおてのもの、ということだ。

 当然、そこで生まれる相手選手の隙。

 そこに、吉祥寺選手は、飛び込んでいた。

 ガッ!

 鈍い音が、試合場に響いた。

 

続く

 

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