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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(118)

 

 葵と浩之は、構えて対峙していた。

 葵がいつもの左半身なのに対して、浩之はかなり腰を落としていた。打撃は完全に捨て、タックルのみを狙う構えだ。

 そこに、葵が前蹴りを、放つ。

 ヒュンッ!

 浩之が後ろに下がったので、葵の前蹴りは空を切った。

 と、葵の引き脚に合わせて、浩之は前に出た。あっさりと、葵の脚に浩之の手がつく。

 とっさに、葵は上から拳を振り下ろすが、そこを浩之は葵の脚を軸にするように、横にまわる。

 完全に、横から脚を取った状態になった。

「……こんな感じか、葵ちゃん」

 浩之は、すっと葵の脚から手を放すと、立ち上がった。

「はい、ありがとうございます。ほとんど期待通りの動きです」

「そりゃよかった。いや、確かにこれはいいな。本気なら、葵ちゃんの引き脚に合わせることはできねえから、意味ないけどな」

 綾香を除く三人は、次の葵の試合のために、作戦をねっていた。綾香も、まったく参加する様子はないが、近くからそれを見ている。

「スピードは比べる間でもないけど……」

「悪かったな」

 浩之は、とりあえず坂下に文句を言っておいた。浩之は、次の葵の相手、篠田選手の試合を一度も見ていないので、そのスピードがどれほどのものかわからないのだが、坂下が言うからには、篠田選手のタックルは浩之よりも速いのだろう。

「まあ、藤田にそこまで求めてはいないよ」

「へえへえ」

 しかし、タックルをやるとなれば、浩之が一番慣れているというので、坂下と葵に説明してもらって、ためしに篠田選手のタックルをやってみたのだ。

 相手が蹴った後の引き脚に合わせて、前に出る。そして、打撃をかいくぐるように、横に回りこむ。

 もちろん、葵は蹴りの引き脚のスピードも、その後の張り付いた相手に対するパンチも、手加減はしている。そうしないと、浩之が合わせれないからだ。

「よく考えてるな、これ。蹴りの引き脚に合わせられると、膝は出せないもんなあ」

「そうですね。膝は、正直後が隙だらけになるので使わないに越したことはないんですが、やれるとやれないでは、大きく相手に対するプレッシャーが違ってきますから」

 タックルに膝を合わせるのは、威力は高いが、不安定な技で、避けられる可能性が高い。だが、威力は高い、まさにそれがネックだ。

 タックルをかける相手にとって、膝を合わされられると、それ一撃で終わる可能性が高い。いかに当て難いとは言え、当てられたら終わり、という技を相手が出せないというのは助かる。

「キックにコンビネーションが組み込めないってのも意味があるだろうね」

「ああ、そうか。キックの後に、パンチを入れるコンビネーションなんて、あんまりないもんな」

 キックはコンビネーションの最後に入る可能性が高い。バランスを崩しやすいからだ。

 バランスを崩しやすく、後に連携が続かない、しかも膝も出せない、まさに、組み技にとってはこれ以上ないおいしい状況だ。

「ただ……蹴りの引き脚に合わせてくるというのは、難しいと思います」

 動きが理にかなっていることなど、今更恐れることはない。ここまで来ている選手、誰しも理にはかなって動いているのだ。

 理にかなわずに、ここまで来ているのは、せいぜい浩之を倒した寺町ぐらいだろう。後は、なるべく有利な技を追求してきている。

 だから、怖いのは、その技そのものではなく、それを使ってくる選手なのだ。

「蹴りの引き脚に合わせるか……無茶するもんだな、その選手も」

「おそらく、それだけでもかなり練習したんだと思います」

 理にかなっているのと、それが実行できるのとでは、大きく隔たりがあるのだ。

 篠田選手が相手の引き脚に合わせられるからこそ、その技が成り立つ。浩之なら、見てはいないが、正直本気の相手の足の動きに合わせられるとは思えない。

 これでわかるのは、最低、それだけのことができる選手であるということだ。

 唯一の救いは、これができる選手、というのがわかっている以上、対策をねっておくことができるということか。

 しかし。

「対策……か。んなものできるのか?」

「難しいのは重々承知です。そう思って、何か思いつくか、センパイにかけてもらったんです」

「で、何か思いついたのか、葵ちゃんは?」

「……」

 葵は、首を横に振る。

 そもそも、この動きは、相手に合わせる動きなのだ。後の先という言葉が空手にあるが、これはまさにそう。

 打撃に対する、組み技のカウンター、と言っていい。

 自分に合わせて動かれた以上、それからさらに合わせて動くというのは、酷く難しい。

 カウンターの対抗策、というのは、考えるのは難しいのだ。しかも、相手は毛色の違う組み技。葵が頭を悩ませるのは当然だった。

「キックの後にコンビネーションを考えないでもないんですが、あまり有効には思えないんです」

「……そうだよなあ、蹴りの後に、前にでる相手へのコンビネーションなんて、ありえないよなあ」

 想像してみれば浩之にもすぐにわかった。

 蹴りを放った後に、続ける打撃というのは、前に出ながらのものしか考え付かない。しかし、相手が前に出る以上、自分は下がらなければならない。

 しかし、下がりながら出すキックなど、何の意味があろう。しかも、相手はかなり低い位置 にタックルをしてくるだろう。それでは、一体どこを狙って打撃を、いや、何の打撃を狙えばいいのかさえ、さっぱり思いつかない。

「これ、やっかいな話だな。どうしても、キックが封じられちまうな」

「はい。私も、どうしてもキックは控えようと思いますから」

 蹴りの引き脚に合わせられるなら、蹴りを出さなければいいだけのこと。しかし、それこそが相手にとっては嬉しいことだろう。

 葵のキックは、バランスもよく、威力もあるし、スピードも速い。それを封じることができる、完全にではなくとも、回数を減らせるという効果は、凄いの一言だ。

 対策をねって、ドツボにはまるとでも言おうか。葵はかなり煮詰まっていた。

 タックルを怖がって蹴りが出せないのでは、意味がない。しかし、出せば、合わせられる可能性があり、そうなれば、やはり葵は不利だ。

「……まあ、私なら、対抗策を実行できないこともないけど」

「お、さすが坂下。歳の功だな」

「……」

 坂下は、葵とは一才しか違わないし、だいたい歳のことを言われるような年齢ではない。

 ごいんっ

「こんなバカは放っておいて、葵。これぐらいは、自分で考えるんだね」

 浩之を黙らせておいて、坂下は葵に、しかし教えてやらなかった。

 それを、浩之にしたことも含めて、葵は、意地悪だとは思わなかった。そう、いつも浩之や坂下がそばで相談にのってくれるわけではないのだ。

「はい、自分で、がんばってみます」

 何より、もうとっくの昔に、大事なことは坂下から教えられているのだから。

 

続く

 

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