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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(133)

 

 バシィッ!

 葵の拳が、篠田選手の顔面を捉えていた。

 篠田選手の身体が、後ろにのけぞる。逃げようと一瞬後ろに動いたので、葵の拳に跳ね飛ばされるような格好になったのだ。

 そのため、葵の拳の威力は弱まったが、それでも、試合の流れを決めるには十分な威力があった。

 回転させた身体をさらに回転させて、左のストレートが、篠田選手のガードの上を叩いた。

 ズドンッ!

 ダメージを殺し切れていない、間違いなくダメージの通った感触が、葵の腕に伝わる。

 たたみかけるように、葵は左のローキックを放つ。今まで篠田選手に掴まれるのを懸念して封印していた技だが、今出さないで、いつ出すというのだ。

 バシンッ!

 このローはもろに篠田選手の太ももに入った。そして、篠田選手はローキックの威力を殺すこともできず、また、葵の脚を取ることもできずに、がくっ、と膝を折る。

 無防備な篠田選手の頭部に、葵は渾身の力を込めて右を打ち込もうとして、しかし、素早く頭をそらせていた。

 篠田選手は、そのままがっくりと膝をつく。葵の完璧に入ったローキックの威力に脚が耐えられなかったのだ。

 このローキックは篠田選手の動きを著しくそぐだろう。

 スピードの殺された相手ならば、葵にとってはものの数ではない。それが篠田選手であってもだ。

 ただ、組み付きにはいかなかった。篠田選手からダメージで膝をついたのだから、今は攻めるときなのかもしれないが、それでも組み技になったときに、勝てる気が葵はしなかった。

 自分の有利な世界で戦うのは当然のことだ。今の篠田選手相手なら、例えこの後立たれても、打撃で決着をつけられる。

「ワンッ、ツーッ」

 葵が組み付きにいかないのを見て、審判が、カウントを始める。

 連続技の決めはローキックになったが、最初に直撃させるために葵が使ったのは、バックハンドブロー、つまり裏拳だった。

 篠田選手に一度背中を見せるという暴挙を犯す必要はあったが、その動きを篠田選手が予測できないという自信もあった。

 裏拳は、スナップだけで打ち込むそれはともかく、回転を入れて打つ、言わば回転式とも言える裏拳は、まっとうな格闘技ではあまり見かけない技だ。

 威力はともかく、狙いはつけづらいし、背中を一度見せないといけないし、振りが大きいので、まずかわされてしまう。

 いや、踏み込まれでもしたら、肘の禁止されたエクストリームでは、自分の方が圧倒的に不利になる。

 それでも、エクストリームではたまに見かけることもあるのは、そのトリッキーな動きが相手を翻弄する可能性を秘めているからだ。

 事実、篠田選手は、反応できなかった。まさか、背中を見せるような技を使ってくるなどとは思わなかったのだろう。

 前蹴りの結果を見て、葵は篠田選手が何をやってきたのかをだいたい把握できた。

 篠田選手は、効率のいい打撃技に対して、多くの時間をかけている。反対に言えば、効率の悪い打撃技への対応は、おざなりになっているのだ。

 裏拳は、前蹴りよりもよほど隙があるから、おそらく、もう一度使えば、捉まるだろう。だが、一度のチャンスで、葵には十分だった。

 そして、実際に喰らうことにはおそらく慣れていないであろうローキックにつなげるのに成功したのだ。葵は、勝ちをかなり近くまで引き寄せることに成功している。

「シックス、セブン……」

 しかし、篠田選手は、まだ立ってきていた。カウントぎりぎりまでダメージを消すために休憩はするだろうが、すでに立ち上がっている。

 最後のフィニッシュを葵が打たなかった、いや、回避行動をしたのは、篠田選手に、何とカウンターを合わされたからなのだ。

 拳を突き出すだけの、打撃としては練りの少ないものであったが、フィニッシュを狙って一発に力を込めた葵が、カウンターを入れられたら、ただでは済むまい。

 絶対的に負けているあそこで勝つためには、カウンターを取るしかないのはわかっているが、篠田選手がそれを実行してきたのは、葵も驚いていた。

 いや、むしろ、打撃に関しては、それだけを狙っているのかも知れない。

 カウンターは難しいかもしれないが、技の切れは他の打撃に対して、なくとも威力を出せる。どうしても、打撃を使うとなると、威力をあげるという修練は必要になるのだ。

 それよりも、当てるだけに練習を集中させ、打つときは、牽制やフェイント以外では、カウンターだけ。

 思い切った戦略だが、そのおかげで、篠田選手は一命をとりとめたのだ。あなどれないセンスだった。

「やれるかい?」

「はい、やれます」

 審判の言葉に、篠田選手は案外はっきりした口調で答えていた。しかし、それもそのはず。受けたのは左脚にローキックだ。意識ははっきりしているだろうが、脚が今までと同じように動くとは到底思えない。

 相手の蹴りの引き脚に合わせられるほどの反射神経を持ってのカウンター。おそらく、脚が動かないので、腕だけで打てるものとして使ったのだが、それでも怖い技だった。

 だが、もう葵に負ける要素などなかった。

 相手のダメージは、頭に多少と、左脚は致命的。十秒そこらで回復するものではない。おそらく、このラウンドは間違いなく引くダメージだ。

 そして、立ってしまった以上、そこは葵の世界。打撃で戦わなければいけない世界だ。

 篠田選手は、おそらく左脚が言うことを聞いてくれないのだろう、右半身になって、構えを取った。もちろん、半身は深くしており、正中線は隠してある。

「はじめっ!」

 審判の試合再開の合図と共に、葵は突っ込んでいた。

 来るとわかっているカウンターにひっかかるような葵ではない。かなり練習はしてきているのだろうが、それでも葵にとっては恐ろしいものではない。

 そして、組み付きが許される時間、葵は篠田選手を自由にしておくつもりなどなかった。

 葵の突っ込む姿にも、篠田選手は動じずに、腰を少し曲げていた。脚はそのままだ。

 片脚では、膝を曲げるのも辛いのだ。

 勝てる、そう思って、葵が突っ込む。

 ふいに、篠田選手の身体が、前に倒れるように動く。片脚しか動かないのだから、仕方ない動きだった。左脚は、ついてきていない。

 タックル、にくるには、脚が動いておらず、何より、まだ間合いが遠い。

 しかし、その顔面の位置は、葵が前蹴りを放つのに格好な位置であった。

 誘われているのか、と一瞬葵は疑ったが、しかし、今なら自分の動きの方が速いと判断して、前蹴りを放つ。

 倒れ込むように前のめりになっていた篠田選手の身体が、その前蹴りを、腕ではじきながら、身体をひねって、よけていた。

 うけられたっ?!

 しかし、篠田選手の腕は葵の前蹴りを捕まえることはできず、そして左脚も前に出ることはなく、そのまま横倒しに倒れる。

 そして、葵の、前蹴りを放った方とは別の、左の足に、感触があった。

 

続く

 

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