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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(146)

 

「すみません、センパイ……」

「いや、気にしなくていいって」

 頭を下げる葵に、浩之は気楽に話しかけた。

「そうそう。むしろ浩之にサービスした格好じゃない。葵、思いっきり浩之責めてもいいのよ」

「そんな……」

 さっきまで、葵の取っていた格好を思い出して、葵は顔を赤くした。

 まさか、浩之に膝枕をされるとは思っていなかったので、予選の決勝進出のご褒美としては、破格の値段と言っていいだろう。

 しかし、葵はそれで謝っているのではない。

 確かに、葵も予選の決勝を戦うことにはなっているが、その前に、浩之は三位決定戦を戦わなくてはいけないのだ。

 しかも、浩之はそれに勝てば、エクストリーム本戦に出場できる。葵は、もし次で負けても、もちろん負ける気などないが、本戦に進めるので、むしろ正念場なのは浩之の方なのだ。

 それなのに、浩之は準備運動をして身体をほぐすことより、葵を膝枕しておくことを選んだ。葵としては、浩之の足を引っ張ってしまったようで、非常に申し訳ない気持ちになっていた。

 だが、浩之はそんなことなど気にせずに、葵が起きてから、おもむろに準備運動を始めた。柔軟をしながら、それでも葵や綾香と話している。

「あの、センパイ。集中が乱れるなら、少し他をまわってきますけど……」

「だから気にしなくていいって。それに、よしんば集中が乱れたとしても、綾香は全然気にしないに決まってるからな」

「当然」

 それぐらいのことを綾香自身が気にしない以上、わかっていても相手に気を利かせてやるなどということを、綾香はすまい。それは、本人も主張している。

「ま、まだ時間はあるしな。ゆっくり仕上げていくさ。どうせ、準決勝のダメージがでかいんだ。無理にやって身体を痛めることもないだろうしな」

 午前が終わってから、浩之は綾香から逃げる以外の運動をしていない。筋肉が硬直することよりも、ダメージを少しでも消す方を選んだ結果なのだが、こうなるとエンジンがかかるのに、けっこうな時間を要する。

 確かに、まだ時間はある。そろそろ三位決定戦が始まるところもあるが、浩之の番までは、まだもう少しあった。

 葵が焦ってしまうほどに、今の浩之には余裕があった。負けたとは言え、厳しい試合を終えたからだろうか、一回りも二回りも、浩之は落ち着いているように見える。

「で、柔軟中にちょっと作戦会議をしたいんだけど、いいか?」

「私はかまいませんけど……」

「そう来ると思った。たまには、葵みたいに、一人で勝ってきなさいよ」

 綾香があきれ顔で言ったが、それを葵が止める。

「そんな、綾香さん。私は、一人で勝てたわけじゃありませんよ。センパイや、綾香さん、好恵さんのアドバイスや、練習での指導や、応援が、私を勝たせてくれたんですから」

「……ねえ、葵?」

「はい?」

「そんなスポ根みたいなセリフ言って、恥ずかしくない?」

「そんなには」

 もともと、根っからのスポ根体質の葵にとってみれば、普通の言葉のような気がした。それに、それ以外に、この感謝の気持ちを述べる方法がないような気もする。

「そういうときは、自分の力で勝った、ぐらい増長しても、誰も文句は言わないわよ。いくらアドバイスがあったって、それを役立てるのは、その本人の資質でしょ?」

「まあまあ、綾香。そうてれなくていいから。葵ちゃんの言葉、素直に受けとっておこうぜ」

「てれてなんかないわよ」

 そっぽを向いた綾香は、本当に照れているのかもしれない。そういう綾香も新鮮で、浩之はなかなか好きなのだが、そんなことを言えば、照れ隠しに殴られるのは必至なので、あえて言わないことにしておいた。

 それに、一応浩之も必死なのだ。

「で、次の対戦相手の藤木英輔に勝つ方法なんだけど……」

 二人が、ちょっと驚いたような顔で浩之を見たので、浩之は一瞬ひるんだ。

「な、何か俺、変なこと言ったか?」

「あ、いえ、そういうわけじゃないんですけど」

「人間、変われば変わるもんだなあ、と思っただけよ。勝つ方法、なんてストレートな言い方、今朝までの浩之じゃ、出来なかったんじゃないの?」

「そうか? 俺はこんなもんだぜ」

 確かに、そうかも知れない。浩之は心の中で思っていた。

 英輔の力を見て、正直勝てる自信はなかった。今日、浩之はかなり自分が強くなったと自覚しているが、それでも、やはり英輔の方が強いのではないか、と冷静に思える。

 事実、英輔の方が強かろう。

 しかし、それでも勝ちたいと思った。単純に、今浩之の心は、勝ちに向いている。そのためには、いくらかの作戦と、やはりギリギリの賭けを必要とするだろうことも、想像に難くない。

 今朝の自分は、こんなに素直に、勝ちを狙えたとは、到底思えない。りきみすぎたり、何かにこだわり過ぎたりしていたような気さえする。

 今の浩之の心は、酷く素直だった。自分がひねくれ者だという自覚があるだけに、それはいっそ気持ちのよいものであった。

「ま、正直言って、勝つのは難しいんじゃないかなあとか、俺も思ってるんでな。プライドよりは、勝ちを優先させるべきだろ?」

 そもそも、プライドが持てるほど自分が強いなどと、浩之は思っていない。綾香や葵に助言してもらって勝てるのなら、いくらでもプライドなど切り売りする気でいた。

「いい心がけね。かっこいいかどうかは別として」

「そんな。私は、かっこいいと思います」

 葵は全面的に浩之の味方であるし、綾香もそう言いながら、悪い風には見ていないようだ。開き直った浩之のその開き直る方向が、良い方向に進んでいる、と思えたのだろう。

「もちろん、俺も考えるし、試合中は俺が考えないと戦えないしな。でも、俺は今の自分の技は、ほとんど出し切ってしまってるからな。何とかして、相手をだますのか、超えるのか、その方向を、今までの中からひねり出さないといけないんだ。知恵を、貸してくれ」

 素直に、浩之は二人に頭をさげた。そこまでする必要はないのかもしれないが、浩之の覚悟のほどを、二人に知って欲しかったのだ。

「力になれるかどうかわかりませんけど、喜んで」

 葵は即答した。迷うこともない。

「いいけど、後悔しないでね」

 綾香は、楽しそうに笑いながら、不吉な笑みを浮かべる。魂をかける人間でさえ、少し気後れしそうな邪悪な笑みだったが、浩之も、それにうなづいた。

 自分の中にないのなら、外からもらってくればいい。

 それこそが、今の浩之のプライドなのだ。勝つ。負けるのは、もう嫌なのだ。何が、何でも勝つ。勝って、本戦に進む。

 そして……

 

続く

 

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