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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(153)

 

 不利の連続だったが、それでも、浩之の考えることは、状況とはまったく反対のものだった。

 そうだ、もっと手を出せ。そして、これに慣れるんだ。

 浩之の腰を落とした構えに、英輔はかなり対応した構えになっている。しかし、所詮は、組み技を、正確に言えばタックルを狙う構えだ。いかに英輔が同じような構えを取って、打撃を受けやすい格好になっていたとしても、十分な打撃を打つ前に、英輔は体勢を整えるだろう。

 だが、それでも浩之は英輔を誘っていた。守りに徹することもなく、英輔の攻撃を何とかさばけることがわかって、その策戦は、むしろかなり成功しつつある。

 一つに、浩之が英輔の攻撃に慣れだしたというのもある。もとから、反射神経は抜群の浩之だ。慣れてしまえば、そうそう遅れを取るものではない。

 とにかく、必死でも英輔と組み技で戦える、と言っても一方的にやられているだけなのだが、のは、大きな意味がある。

 浩之の策戦では、しばらくは英輔の組み技に付き合わなければならないのだ。

 しかも、自分も攻めなければいけない。いや、攻めることこそ、この策戦の一番重要な部分だった。

 浩之は、また腰を落として、英輔に向かって飛び込む。それを迎え撃つように、英輔の腰が落ちた。

 バシッ、と肩と肩のぶつかる重い音が響く。しかし、それも一瞬のこと。それを支点にするように、英輔の身体が、浩之を捉えるために横に動く。

 それを、浩之は身体を押し込んで止めると、果敢にも英輔の腕を取りにいくが、取った英輔の腕は、ぴくりとも動かない。

 本当は身体でかかえるようにしたいのだが、英輔の身体の位置取りがそれを許さなかった。握力だけの力では、英輔の腕を取るなど、夢のまた夢の話だ。

 そうこうするうちに、英輔は浩之の下に潜り込んで、脚を取ろうとするが、これを浩之は上から後頭部をなぐりつけ、英輔がそれを後ろにかわすことによって、一瞬距離が開く。

 そこで一息つく間もなく、英輔が、次は腰を落とさずに、浩之の首に腕を入れていた。その細腕からは考えられないほどのパワーで、浩之は引きつけられそうになって、ぐっと首に力を入れる。しかし、その瞬間に、浩之は動きを止めてしまった。

 バシッ!!

 浩之の反射神経がいかに鋭くとも、硬直した筋肉を動かしてでは、素早い動きはできない。その隙を狙って、浩之の首をかかえるうようにした英輔のパンチが、浩之の顔面を叩いた。

 そう、英輔は組み技専門ではあるが、だが、打撃が使えないというわけではないのだ。

 顔を突き抜ける衝撃に、浩之の力が緩む。その間に、浩之の身体は英輔に引き寄せられていた。重心は、まったく安定していない。これでは投げてくれと言っているようなものだった。

 ふっ、と英輔の身体が下に落ちる。そのまま浩之に背を向けるようにしながら、英輔の片膝がマットに付く。その間も、浩之の首を捉えた腕は放されていなかった。

 浩之の頭をまえつのめりにしながら、マットの上に叩き付けるように落とす、柔道でも危険と言われる、体落としだ。

 が、浩之はそれを両手をついて耐える。英輔の動きに合わせるように、素早く浩之自身も身体を下に落としたのだ。勢いがつけば突き指や捻挫も覚悟しなければいけないが、同じように腰を落とせば、腕で耐えることもできる。もとより、片手で無理をしてかけた技だったので、耐えるのもそんなに難しくなかった。

 もちろん、耐えることができたのは、浩之の抜群の反射神経があってこそだ。

 ついた腕を取られる前に、浩之か身体を揺するようにして英輔の腕を逃れると、素早く距離を取っていた。上からそのままかぶさる手もないわけではなかったが、英輔はすぐに向き直って、ガードポジションを取っていたのだ。

 正直、寝技で英輔に勝てる気はしなかった。ガードポジションを取られればなおのことだ。浩之は、素直に距離を取ることを選択した。

 素早い攻防で、浩之は一撃だがダメージを受けていた。KOを狙えるような打撃ではなかったものの、少しはダメージがあったし、はたから見れば、精神的にはいくらかダメージを受けているのでは、と思えた。

 打撃を半分封じて戦っているところに、組み技系の選手から打撃を使われ、しかもダメージを受けてしまったのだ。

 不得手の部分でおされるならまだわかるが、得手の部分まで向こうの方が上手に使いこなすとなれば、不利は必死だ。

 だが、ダメージを受けたにもかかわらず、そして、ずっと攻め負けているにもかかわらず、浩之の表情は変わらない。

 いや、浩之は、表情を変えるわけにはいかないのだ。そんなことをすれば、策戦は完全に英輔に路程してしまうだろう。

 何かをすると英輔も感じてはいるだろうが、それが何なのか、そしていつなのかを、わざわざ教えてやる必要はない。

 そう、次の攻撃こそ、浩之の狙っているものを行うチャンスなのだ。というより、これ以上英輔の攻撃を捌ききる自信がないというのも確かな話なのだが。

 しかし、焦っているのなら、もう試していたろう。だが、浩之は、ギリギリの状況だろうとも、焦りはしなかった。どうせ、この策戦だけでどうかできるとも思っていないし、言わば、無理で当然なのだ。

 さて、どれだけ、俺の策戦にひっかかってくれているか……

 ひっかかるだけなら、英輔はそれなりにひっかかっているだろう。相手の動きで、目的を判断するその眼力には驚かされるが、所詮は人の目だ。考えの及ばない部分までは、当然思いつくわけがないのだ。

 また、性懲りもなく、という言葉がしっくり来るように、浩之は腰を落として構えた。何が何でも、打撃から攻撃を始めるつもりはないとでも言わんばかりだった。

 英輔も、また腰を落とす。このまま戦う限り、英輔は負けることがないのをよく心得ているのだ。だから打撃も最小限にしか使わない。しかし、必要とあらば、使うこともまったく辞さない考えなのは、さっきの攻撃で明白だった。

 何度か浩之はフェイントをかける。簡単なフェイントにかかって、不用意に英輔が飛び込んできてくれれば、この体勢からだって、打撃で対応できるだろう。だが、英輔はそんな見え透いたフェイントにはひっかかってなどくれそうになかった。

 覚悟は、しなかった。その表情を読まれて、何かしら対応されるのが嫌だったからだ。浩之は、また何の変化もないように、英輔に向かって飛び込んでいた。

 英輔は、それをやはり腰を落として対応する。タックルにとられさえしなければ、自分の有利は覆らない、と思っているのは、間違いではなかった。

 いや、間違いではなかった、はずだった。

 二人は同じほどまでに腰を落としていたので、また肩のぶつかる音が響くかとも思われた。しかし、音は響かなかった。

 かわりに、体育館の中に、歓声が響く。

 英輔は、浩之に捕まっていた。一瞬、何が起こったのかわからなかったのか、英輔が、試合中だというのに、それに反応出来なかったのだ。

 浩之は、英輔に覆い被さるようにして、有利な体勢で、英輔を捕まえていた。

 策戦は、見事に成功していたのだ。

 

続く

 

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