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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(160)

 

 浩之は、英輔との距離を縮めていた。

 構えが、組み技のそれではない。フットワークを使い、拳も引き気味になっているそれは、完全に打撃を狙うそれだった。

 しかし、それを英輔も受けて立った。腰を落とさずに、打撃の構えで浩之の突撃に対応する。

 ヒュッ!

 浩之の左のジャブが、空を切った。

 距離を測るための、威力のないジャブだったが、当たればそれで距離を取った浩之の全力の右ストレートが襲っていただろう。

 英輔は、距離さえわからせないつもりか、それを後ろにスウェイして避ける。

 しかし、浩之も浩之で、そこからワンツーにはつなげない。身体を反らせて避けたということは、脚は残っているということだ。そこを、浩之はローキックで狙う。

 バシッ、と小気味良い音が響くが、英輔は脚をあげて浩之のローキックを受けていた。脚をあげて浮かした状態で受ければ、ローキックのダメージの多くは軽減できるのだ。

 そして、英輔もやられてばかりではない。さらに右ストレートを放とうとした浩之のそれにタイミングを合わせて、自分も右拳を打ち出す。

 シュバッ!

 両方の拳のうなる音が、同時に響く。

 鋭い音をたてたのは浩之の拳だった。体勢も十分で、最初からコンビネーションを狙っていた浩之は、体勢十分だったのだ。

 反対に、ガードにまわった英輔は、少し体勢を崩していたが、しかし、うまくカウンターとして浩之の右ストレートに合わせたので、威力は十分だった。

 もちろん、両方当たっていれば、少なからず戦いに支障のあるダメージを負っていただろうが、二人が二人とも、その拳をかいくぐっていた。

 しかし、かいくぐったことによって、二人の距離は縮まっていた。

 クロスカウンターのように腕が絡まっていたところを、そのまま英輔は浩之の腕を掴んでいた。と思った瞬間には、浩之の右腕を、関節技に取ろうとしていた。

 極まる、と思った瞬間に、英輔の脇腹に、強い衝撃が走った。

 ドンッ!

 重い、と感じる音を響かせて、英輔の身体が横にずれていた。

 浩之の左のフックが、英輔の上脇腹にヒットしていた。その衝撃をやわらげるために、英輔は浩之の腕から手を放して、横にとぶしかなかったのだ。

 それを耐えれば、確かに関節技が極まり、英輔は勝っていたかもしれない。しかし、極まらない可能性があった以上、逃げるしかなかったのだ。そのまま飛ばず、放さなかった場合、英輔の脇腹の骨は折れていたかもしれないのだ。浩之のフックの威力はそれほどであったし、そしてそれ以上に、狙いがえげつなかった。

 とっさに身体をひねって何とか受けを取っていたので、英輔にはダメージはほとんどなかった。反対に、一瞬極まったかと思った浩之の腕にも、あまりダメージはない。

 横に飛んだ英輔は、そのままわざと倒れ、マットに手をつきながら、後ろに飛びずさるようにして距離を取った。打撃相手に、後ろに下がるときは攻撃をされたくはなかったのだ。倒れたのも、ただ勢いがついていたからにしか見えないだろうから、採点にも影響しない。英輔のそういう細やかな戦い方は、さすがと言えよう。

 浩之も、一瞬は追い打ちをかけようと思ったが、手をつきながら英輔が距離を取る以上、打撃で攻撃するわけにはいかず、止まっておくしかできなかった。

 後ろに下がる相手には、打撃は決まりにくいのだが、しかし、それで勢いがつくことは確かだった。勢いがつけば、そのまま押し切ることができるかもしれない。英輔はそれを嫌ったのだろうことは、浩之もわかった。

 お互いに、ほとんどダメージを受けなかった攻防だが、観客はそれでも沸いた。

 二人の技量は、どちらがエクストリームの本戦に出たとしても、十分に戦えると思えるほどに、確かなものだった。

 さっきまでの、組み技だけで戦う浩之は、単なるフェイクだったのかと思わせるほどの、華麗な立ち回りに、観客達は嫌でも盛り上がる。

 もちろん、フェイクではない。

 それどころか、一ラウンド目に、今の状態で戦ったとしても、ここまで互角に戦えなかっただろう、と浩之は考えていた。

 少なくとも、互角にやりあえるようになるために、浩之は、一ラウンドをテンションをあげるためだけに使用したのだ。

 そのまま一ラウンドで負けることだってあり得たが、浩之は、その賭けに勝った。テンションのあがった浩之は、やはりいつもの実力以上の力を発揮できている。

 しっかし、英輔も打撃の使い手ではないくせに、よくもまあここまでやるもんだな。

 左ジャブからの、右ローキックのコンビネーションを使った浩之は、心の中で、あきれるような勝算の言葉を英輔に贈っていた。

 左ジャブから、右ローキックは、一番距離の離れているコンビネーションであり、それだけに、守り側としては嫌なコンビネーションのはずだった。

 左上に意識を持ってこられたのに、そこから右下に持ってこられるのだ。野球の投げ分けと同じで、酷く対処し辛かったはずだ。

 だが、英輔はそれを完璧に受けて、さらに次の右ストレートにカウンターを合わせて来た。さらに、避けてもそれで腕が交差した瞬間に、こちらの腕を極めようとした無駄のない攻め。

 やっぱ、流石だよな。

 素直に賞賛の言葉を思う。しかし、英輔の実力は、今更疑うものではなかったし、何より、英輔が強ければ強いほど、浩之のテンションは上がるのだ。

 英輔が、また打撃の構えを取る。浩之よりは幾分腰が低いが、それはカウンターだけを狙う英輔に取ってみれば、そんなに問題にはならない。

 ……大丈夫だ、まだ、俺はそんなに多くの打撃を見せていない。いかに英輔だろうと、そう簡単にタイミングを読めるものじゃない。

 だからこそさっきのカウンターも、浩之は避けることができた。完璧に決まるカウンターほど、避け難いものはないのだ。避けられるということは、まだ英輔は浩之のタイミングを読み切れていないということになる。

 すっ、と英輔が、浩之との距離を縮める。フットワークではなく、柔道のすり足ではあるが、そのスピードは決してフットワークに劣るものではなかった。

 英輔の肩が動く、そのときには、すでに浩之の身体は英輔が何をしようとしているのかわかっていた。

 バシッ

 オーソドックスな左ジャブを、パリング、つまりガードではじく。腰の入っていないそれに、ガードがはじかれるようなことはなかった。しかし、ガードした分、浩之は後手にまわったことになる。

 距離を縮めるつもりか?

 打撃は、あくまで英輔にとっては次の技につなぐためのものでしかない。カウンターはKOの可能性もあるが、他の打撃はそう警戒するほどのことはない。

 だから、浩之はすぐに英輔が飛び込んでくると思って、それに対処できるように、腰を落とそうとしていた。

 その対応は速く、すぐに英輔がタックルをかけてきたとしても、おそらくは耐えられるだけの準備が一瞬にしてできていた。

 バシイッ!

 浩之の予想に反して、強い打撃音が、体育館の中に響いた。

 

続く

 

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