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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(161)

 

 バシィッ!

 激しい打撃音と同時に、浩之の脚にズシリと来る鈍い痛みが走った。

 麻痺したように、脚が浩之の命令を聞き入れない。まるで、脚に重しをつけられたように、もちあがりさえしない。

 そして、動きの鈍った浩之を、英輔は逃す気などなかった。

 今度は、つなぐためではない、明らかにKOを狙った英輔の右拳が突き出される。

 浩之は、それを上半身だけ動かして避ける。

 ほほをかすったその腕を、浩之は必死に掴んでいた。脚が動かない以上、打撃の連打は無理だし、逃げることもかなわない。ならば、むしろ組み合った方がいい、と判断したのだ。

 しかし、今度は英輔が組み技に付き合おうとはしなかった。

 ドスッ!

 浩之の脇腹に、英輔のボディーブローが入る。

 一瞬、息がつまった浩之だが、しかし、それでも掴んだ英輔の右腕を放そうとはしなかった。それどころか、さらに距離を縮めて、密着する。

 鍛えた浩之の腹筋に一撃ぐらいでは効かないとは言うものの、まったくの無傷、とは言えないし、しかも、英輔の有利な組み技にわざわざ持っていかなくてはならなかったのは、浩之にとっては苦肉の策だった。

 しかし、片方の腕は、完全に浩之が有利になるようにつかめた。こうなると、いかに英輔が組み技が有利でも、浩之に分がある。

 英輔が、掴まれた腕をはがそうと、上半身に力を入れたのを見て、浩之はすぐに行動に移った。

 上半身に力が入って、動きが止まった英輔の顎に、アッパーを繰り出したのだ。

 ブンッ

 英輔は、力任せに浩之につかまれた腕を引きはがすと、後ろにそってアッパーを避けた。と同時に、後ろにたたらをふんで、距離を取る。

 追撃しようか、と浩之は考えたが、脚がついて来ないのがすぐにわかったので、あきらめた。

 脚が動けば、とも思ったが、脚が動かないというピンチを、何とか返すことができたのだから、今はそれで十分と言うべきだろう。

 まだしびれるような痛みが左脚に残っていた。

 まさか、ローキックが来るとは、浩之も思っていなかったのだ。だから、ガードもできずに直撃を受けてしまった。

 油断して、と綾香に怒られるのが想像できた。しかし、確かに、浩之の油断だ。英輔には打撃も十分あるとわかっていたにも関わらず、また打撃を許してしまったのだ。

 組み技のためにとっさに腰を落としていたので、余計にローキックのダメージを逃がすことができなかった。

 不幸中の幸いだったのは、やはり英輔は打撃のプロフェッショナルではなかったということか。太ももに入ったそれは、それだけで試合の決まるだけの威力はなかった。脚にはまだしびれたような感覚は残っているが、動かせないほどではない。

 それでも浩之のローキックとあまり変わりないほどの威力はあるのだが、蹴ったのがもし寺町だったら、一撃で試合が決まっていたかもしれないのだ。

 まったくなぐさめにはなっていないが、一撃耐えられるのと耐えられないのでは、大きく違う。英輔の攻撃ならば、一撃は耐えられるということだ。

 英輔は、浩之の脚のダメージが抜けきる前に決めるつもりなのか、体勢を立て直すと、すぐに腰を落として浩之に向かって突っ込んできた。

 休憩を入れれば、脚のダメージは消える。そうなれば、せっかく浩之の裏をついてローキックを入れたのに、無駄になってしまう。それをわかっているのだ。

 瞬間のダメージは抜けたものの、まだ自由に動かせるまでには回復していない浩之には、その英輔のタックルを、そのまま受けるしかなかった。

 もちろん、そのまま、と言っても、腰を落として、対処はしているのだが、英輔相手に、タックルを逃げることができないというのは、厳しい。

 今度は、英輔は何も小細工をしなかった。真っ直ぐに、浩之の胴に向かってタックルを仕掛けていた。しかし、だからこそ浩之のかぶせるような打撃を一瞬にしてかいくぐっていた。

 何かやられるよりも、今は正面からやられる方が、浩之には何よりも厳しかった。突っ込んできた英輔に、打撃をかいくぐられらときには、さすがに背中に悪寒が走る。

 だが、脚が自由には動かないなりに、浩之はとっさに腰を落としていた。今さっきはそのせいで英輔にローキックを許したのだが、そのせいで、その腰を落とすタイミングが遅れたのは、むしろ仕方のないことだったろう。

 浩之の身体が、英輔のタックルで、後ろに倒れる。

 もう、バランスを崩した時点で、浩之は耐えるのをやめていた。かわりに、英輔の胴体に脚をまわす方に意識を集中させた。

 ズダーンッ!

 浩之の身体が、マットに倒される音が、体育館の中に響く。

「センパイッ!」

 歓声の中で、葵の叫びにも似た声を、浩之はちゃんと聞いていた。それほどに余裕があるわけではないのだろうが、聞こえてしまったものは仕方ない。

 倒れるころには、すでに浩之は英輔の胴体に脚をまわしていた。受け身は、背中から肩にかけて取る。腕で取ってもいいのだが、それでは英輔につけいる隙を与えると思ったのだ。

 案の定、英輔は倒れた瞬間には、浩之の首に腕をまわそうとしていた。

 浩之の脇に入ろうとした英輔の左手首を、浩之は掴んでいた。つかんでも何ができるわけではないのだが、少なくとも英輔に攻められるのを少し押さえることができる。

 さらに首をつかもうとする右手を、浩之は空いた左手ではじく。いかに上にのられていようとも、つかみさえされなければ、技は決まらない。

 上にはのられたが、それでも浩之は英輔の胴体に脚をまわすのに成功していた。ガードポジションというやつだ。これならば、あまり不利な攻防にはならない。

 しかし、そこは英輔、やはりちゃんと考えている。相手の脇から手を入れて、そのまま相手の首と腕を一緒に絞める、肩固めを狙っていた。

 ガードポジションならば、確かに下でも不利にはならないが、しかし、肩固めは極まった。絞め技であるので、極まった後に逃げるのは不可能だ。

 だから、浩之はその格好のまま、何とか掴まれないようにしていた。しかし、それ以外の技はかかり難いはずなので、肩固めだけ警戒すればいいので、そこは精神的に楽だった。

 英輔は、それでも執拗に浩之を攻める。タックルを決めたのに、このまま逃がすのは惜しいとおもってのことだろうが、むしろ、それは浩之にとって有利な展開だった。

 浩之が、つかんだ英輔の左腕に両手をそえた瞬間に、英輔は大きく上体を動かして、浩之から、左腕をはがした。

 後一秒遅ければ、浩之は英輔の腕に変則の脇固めを極めていたはずだった。しかし、さすがは英輔、すぐに浩之の思惑にきづいてしまったのだ。

 この体勢は、むしろ英輔に不利と判断したのだろう、英輔はすぐに立ち上がろうとする。それを、浩之も邪魔しなかった。自分が不利にならないように気をつけながら、英輔が立つのを見逃した。

 

続く

 

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