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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(189)

 

 ダメージを受けてまわらない頭でも、桃矢はできるだけ冷静に寺町の動きを読んだ。

 脚への攻撃は、まずない。あったところで、むしろダメージが分散されていいぐらいだ。

 一瞬でそれを判断、脚の守りは捨てる。

 間違っていない選択だ。ローキック一発や二発では、桃矢は倒れない。それに、寺町がローキックを使って来るとは思えない。

 ならばその分、上半身の守りに徹した方がいい。

 次に、胴体の守りを消去。

 ミドルキックは苦しいだろうが、後ろに飛んで逃げればいいだけだ。腕で守る必要はない。頭部さえダメージを受けなければ、KOはされない。

 鬼の拳は、このまま。ただし、腕を少し前に出す。

 頭部を守るだけならば、むしろ普通よりも強固な構えだ。同時に、拳を握らずに、手を相手の方に向ける。

 アッパーも選択外。打ち下ろしの正拳と、横からの打撃にのみ専念。アッパーが来たときは直撃の可能性が高いが、他に選択肢がない。

 寺町が桃矢との距離を縮める間に、桃矢はそれだけの選択を行った。

 重心は後ろへ。しかし、後ろには下がらない。ここで勢いづかせるのは致命傷になる。一瞬でも、寺町の前進を止めてから、後ろに逃げる方が得策だ。

 左脚を浮かして前に構えた。突撃してくる寺町に対して、少しでも動きを牽制するために、前蹴りを放つつもりだったのだ。

 しかし、前蹴りを放った時点で、逃げるのが不可能になる。それを桃矢は痛いほどわかっていたので、できない。

 かわりに、突っ込んでくる寺町の足に合わせる。

 マットに寺町の足がついた瞬間に合わせて、寺町のつま先に、自分のつま先をぶつける。

 ダメージは期待できないが、これならば反則にもならないし、少しでも寺町の前進を止められる。

 確かに、寺町の前進の勢いは少し殺される。力を込めていた部分を予測できない方法で押されたので、バランスが崩れたのだ。

 だが、倒れるほどではない。それに、あくまで桃矢が最小の動きしかできなかったからこそ行った、焼け石に水の行動だった。

 寺町の右脚が跳ね上がる。胴体ではなく、頭部へのハイキックを、桃矢は腕でガードしてしのぐ。

 ガードは完璧で、勢いも逃がしたというのに、それだけで頭の中が引っかき回されたような感覚がした。ダメージの抜けきっていないところに入れられたハイキックは、ガードしても予想以上に厳しい。

 しかし、頭部のみをガードしていなければ、それで倒れていたはずだ。

 ぐっ、と桃矢は脚に力を入れる。頭が揺れたが、まだ脚には力が入る。これが、脚に来てしまったら、もう終わりだ。

 続けて、コンビネーションのようなスピードで、左の正拳が、桃矢のみぞおちに入る。普通なら左半身を取っているので、そこには入らないのだが、右のハイキックで、身体を飛ばされ、みぞおちを寺町にさらしてしまったのだ。

 ズムッ、とまるで刃物が突き立てられたような音を立てて、桃矢の身体がくの字に曲がる。鍛えられた腹筋は、急所を覆い隠していたが、それでも殺しきれなかった威力が、深く深く桃矢の内部に達する。

 しかし、桃矢は息を吐き出さなかった。みぞおちに深々と入った寺町の一撃にも、耐える。わかっているのだ、これが最後ではないということを。

 寺町の本命は、これしかありえない。

 みぞおちさえガードするのをやめてフリーにした腕。それは、次の一撃を受け止めるためだった。息を吐き出さないのは、次の攻撃に対処するため。

 桃矢の目は、寺町の上に構えられた右拳に釘付けになっていた。

 わかる、次に来るのは、あれだ。

 避けるだけの脚はすでにない。さばくだけの動きもできない。であれば、ガードして、正面から受けるしかない。

 桃矢は、満を辞して待っていた両腕を、十字に構えた。十字受け、空手でも一番硬いと言われる守りの構えだ。動きは遅くなるが、ここで受ければ、どんな攻撃だってガードできるはずだ。

 しかし、それだけでは心許ない。

 桃矢は、もう後ろに逃げる必要もなくなった左脚を胸元に引きつけた。そして、前に突き出す。蹴りというには弱い動き。だが、ダメージはなくとも、脚がつっかえ棒の役目をしてくれるはずだ。

 後は、覚悟だけだった。一度受けた威力に、身体が恐怖する。硬直した身体はダメージを逃がしきれない。だから、桃矢はありったけの力を込めて、覚悟を決めた。

 と同時に、寺町の右拳は、桃矢の十字に守られた腕に当たっていた。

 ドッ

 桃矢は、両腕に渾身の力を入れ、脚を前に突き出していた。

 力の入っていない脚は、つっかえ棒になることもなく曲がり。

 全力で固めたはずの両腕は、まるで強風の前の紙くずのようにあっさりとはじき飛ばされ・

 ガッ

 しかし、それでも桃矢はその拳に目を奪われていた。一瞬でも、その拳から目を放したくなどなかった。

 何と強く、何と無茶苦茶で、そして何と……

 ンッ!!

 桃矢の首が、大きく後ろに跳ね飛ばされる。それの後を追うように、桃矢の体躯は、マットの上に投げ出された。

 何と、楽しそうな拳なのだろう。

 走馬燈のように桃矢の頭に流れたのは、昔見た光景。

 楽しそうに、人を殴り、拳を振るい、そして殴られ、そして殴り返す父の姿。

 今はもうすでに伝説と化している北条鬼一の戦う姿だ。殴り返されているのを見ると、相手はかなりの手練れらしい。昔のことだ、それが誰だったかなど、桃矢は覚えていない。頭の中を流れる映像でも、顔はぼやけて見えない。

 しかし、両方とも、楽しそうだった。鼻血をたれ流し、奥歯を吐きながら、しかし、それでも楽しそうに殴り、殴られる。

 何を思って、父がこんな姿を自分に見せたのか、わからない。道場破りでも来て、そのときに自分がたまたまそこにいただけなのかもしれない。

 その姿は、教育者としても親としても、どうかと子供ながらに持った姿だった。

 しかし、同時に、桃矢はうずうずしている自分に気付く。今でさえ、その光景に、胸がうずうずする。

 あんなに、バカみたいに楽しく戦いたい。子供ながらに思った、純粋な欲求だった。

 まず子供だったから、父の拳、鬼の拳と言われるその構えから、見よう見まねで入った。そのころは、楽しかったのかさえ思い出せない。

 しかし、今、目の前で拳を振るい、そして自分を殴り飛ばした相手は、実に楽しそうだった。まるで昔の父のようだった。

 それで、桃矢は、やっとはっきりと理解した。

 自分の鬼の拳は、この男に、負けてしまったのだと。

 

続く

 

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