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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(201)

 

 ローキックを放ったはずの、葵の脚が、跳ね上がった。

 ズバシイッ!!

 長身の吉祥寺の身体が、横にずれる。

 葵のハイキックは、吉祥寺をガードの上から蹴っていたが、葵のハイキックは、例えガードされてもダメージを殺しきれるものではないし、吉祥寺は、葵の予測できないハイキックに、ガードが完璧とは言い切れない状態で受けた。

 入った!

 ガードの上でも、ダメージが当たるものは当たる。葵が脚に感じた威力は、ガードごしであろうとも、無視できないものだった。

 急激な変化をつけて蹴ったので、葵はバランスを完全に保っているということはできなかったが、体勢を立て直すやいなや、さらに追い打ちをかけようと、吉祥寺に向かって踏み込む。

 そのとき、葵の目は、吉祥寺と合った。

 ぞくりっ、と背筋に走った悪寒に、葵は素直に従って、前に出ようとする身体をひねっていた。

 シュバッ!!

 さっきまで葵のあごがあった場所を、吉祥寺のアッパーが打ち抜いていた。

 カウンターを狙われたのだ。もし、葵が吉祥寺の目を見ていなかったら、危なかったかもしれない。ダメージを受けた後だというのに、技の切れは衰えていなかった。

 回避に身体をひねったせいで、追撃することはできなかったが、とりあえず、少しでもダメージを当てたことに満足して、葵は多少距離を置いた。

 吉祥寺も、それをむやみに追おうとはしなかった。間を開けてくれるのなら、吉祥寺にしてみれば、そちらの方がいいのだから。

 この攻防は、葵が一方的に勝ったと言える。

 葵の取った作戦は、言うは安し、行うは難き。吉祥寺が見せた変則蹴りを、真似てやったのだ。

 前蹴りの変化は、まだわかる。おそらく、それがミドルキックなら、それなりの選手であればできるだろう。

 だが、ローキックの体勢から、ハイキックに変わるような変則蹴りは、葵だって正直見たことがなかった。

 やればできるという気持ちはあった。吉祥寺の技を見て、それは確信に変わっていただろうが、練習もなく技を行うというのは、葵の戦い方ではなかった。

 しかし、相手の意表をつくのには、十分な効果があった。

「……あ」

 それを見ていた浩之は、急に思い立ったものがあった。

「俺の作戦だな」

「そうね。浩之がよくやる手ね」

 見た技を、すぐに真似るというのは、浩之のやり方だ。

 通常、得意技、自分が一番練習した技というものは、その技に対しての守り方もうまくなっていくものだ。よくわかっているのだから、当然の話なのだが。

 しかし、相手がしてくる、してこない、という考え方では、まったく違った話になってくる。

 相手も、まさかさっき使われた技を、いきなり相手が使ってくるとは思わないだろう。そこをつくのが、浩之のやり方。

 葵は、それを真似たわけではないだろうが、吉祥寺の変則蹴りを、とっさに真似たのだ。ローキックで来ると思っていたのだろう吉祥寺は、それを避けることができなかった。

 その後に追撃できなかったのは痛いが、それは葵がどうこうと言うよりも、葵のハイキックをガードごしとは言え受け、それでもとっさにカウンターを決めようとした吉祥寺のうまさと執念が凄かったと言える。

「葵は、あんまりああいうことはしない方がいいような気がするけどね」

 綾香は、あくまで冷静に、葵の動きを酷評した。

「葵はほら、何度も何度も練習して、身体にしみこませるタイプじゃない。こういうことで味をしめて欲しくはないわね」

「葵ちゃんなら、そこは大丈夫だろ」

 一応、浩之はフォローのようなものを入れたが、本当にそう思っている。葵は、一度や二度の成功で、自分のスタイルを変えるような性格ではない。

「そもそも、俺だって、味をしめてるわけじゃなくて、技が圧倒的に少ないんだから、相手の技を盗むのも仕方ない話なんだよ」

 浩之は決まったスタイルを持たないが、それは、自由型のスタイル、というわけではなく、スタイルにはまるほどの練習を積んでいないからなのだ。

 それをも、浩之は有効に使おうとして、相手の技を真似たり、使ったこともないような技をぶっつけ本番で使ったりもしている。

 が、葵はそういうタイプではない。スタイルも、ちゃんと固まっている。進化させるのはいいが、質まで変えることは、意味を持たないだろう。

 そんなことがわからない葵ではないのと同様、葵がそういう人間だとわからない綾香でもなかったので、浩之はじと目で綾香を睨んだ。

「というか、綾香、お前、俺に対するあてつけで言ってるだろ」

「もちろんよ。私だって、葵の性格ぐらい、ちゃんと理解してるわよ」

 まったくこいつは、と思いながら大きくため息をついて、浩之は、試合場に目を戻した。

「仕方ねえだろ、不安定でも、そこまで練習できなかったんだから」

 目を放しても、文句は言っておく。味をしめているわけではない、苦肉の策なのだから、綾香に言われなくとも、その不安定さは重々承知していた。

 そんな不安定な戦い方を、葵は選ばないだろう。これは、吉祥寺選手が優位なまま試合が進むのを、葵が意識的に取り除きたかったから行った、強引な手なのだ。浩之はそう分析していた。

 これで、吉祥寺選手は、葵のローキックを余裕を持って受けることができなくなった。葵も同じ状況ではあるのだが、相手のローキックが、いきなり頭を狙い出すかもしれないのだ。ローキックだけには専念できなくなった。

 出せる技の種類が増えると、対応も当然難しくなる。守りながら戦うには、あまり向いていないのだ。

 葵が嫌ったのは、そのまま、吉祥寺選手が守りに徹して、決して無理をしない、そういう展開だろう。

 リーチが短い葵としては、吉祥寺選手に待たれると、それだけで少し不利になるのだ。だから、守りがあまり有利ではない、と相手に思わせないといけない。

 そういう意味で、変則の蹴りは正しい。要するに、攻撃とフェイントを同時に行っているのだから、受ける側としては、これほど嫌なものはない。

 そして、もう一つ面白い考え方もある。

 この変則の蹴りは、連続技をつなぐことができない。それは、後に隙が生まれるからだ。つまりは、隙ができる。

 その隙をつくために、前に出る意味が出てくるのだ。

 おそらくは、葵はもうこの変則蹴りをこの試合中では使わないだろうが、吉祥寺選手には、使う可能性はあると思われているだろう。

 変則蹴りは、確かに避けにくいが、しかし、避けることができれば、チャンスがめぐってくる。さっきも、吉祥寺選手には余裕があったが、葵にとっては、中に入るチャンスが生まれたのだ。

 葵は、吉祥寺に餌をまいているのだ。攻めて来た方がいい、と。

 それが功を奏するかどうかはわからないが、葵は、即興の技一つを使うにしても、ちゃんと考えているということだ。

 吉祥寺が前に出てくれば、それは、葵にとって、この作戦の成功を意味するのだから。

 

続く

 

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