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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(204)

 

 殺しきれなかった威力によって、後ろに跳ね飛ばされた葵は、しかし意識ははっきりしていた。そして、不幸中の幸いと言うべきか、倒れたことで、かなりのところの勢いを殺すことができたのだ。

 だから、すぐに葵の身体は反応していた。

 相手が打撃系の選手であっても、ゆっくり回復をはかるような時間はない。すぐに、たちあがらなくてはいけなかった。

 葵のその判断は、正しい。葵なら、倒れた相手に追い打ちはかけない。何故なら、残念ながら組み技で相手を倒す方法を、葵は習得していないからだ。吉祥寺に関しても、葵と同じようなものだというのも、予想できる。

 しかし、それが組み技ではなく、打撃なら、話は変わって来る。

 吉祥寺は、相手の頭をかかえて、そこに膝を落とす技を持っている。それは何も、相手のタックルを捕まえるしかないというわけではないのだ。

 倒れた相手に上からのしかかって、頭を捕まえてしまえばいいのだ。倒れている相手には、打撃は反則だが、そんなもの、持ち上げてしまえば関係ない。

 どんなに葵がねばろうとも、吉祥寺は頭を捕まえたが最後、必ず持ち上げてくるだろう。そして、一度でもあの膝蹴りを喰らえば、葵だってどうなるかわからない。

 だから、葵は後ろに倒れて、手で受け身を取りながら、そのまま勢いを殺さずに、肩をついてクルリと回転し、膝をついた状態で動きを止めた。

 ダメージがなかったわけではないが、ここで悠長に倒れている方が、何倍も危ない。その判断で、多少無理をしてでも、足をついたのだ。

 葵が顔をあげると、吉祥寺がこちらに走り込んでくるのが目に入った。しかし、倒れるのを無理矢理引なしにした体勢では、立ち上がることはままならない。

 ならば、迎撃!

 立ち上がることを切り捨てると、葵は膝をついた体勢で、左拳を胴に構えた。

 立ち上がって、体勢を直して立ち向かえない以上、体勢が悪くとも、攻撃する方を選んだ、と浩之には見えた。

 しかし、横で見ている浩之にわかっても、これは吉祥寺には見えにくい打撃になる。葵の頭を捕まえるために、吉祥寺は打撃のときよりも、低い体勢にある。しかし、葵の身体は、それよりもさらに低い位置にあり、かつ、身体で胴に構えた拳を隠している。

 のるかそるか、という状況だが、葵の方が、自分の動きを隠している分、有利に思えた。もちろんそれは、一度外せば、後がないからこその有利なのだが。

 長い時間隠す必要は、なかった。吉祥寺は、葵が左拳を構えて、迎撃の体勢に入っているのに気付かないのか、素早い動きで突っ込んでくる。

 吉祥寺が自分に突っ込んでくるタイミングを測って、葵は、左拳を打ち上げた。

 ヒュンッ!

 体勢が悪い形から繰り出されたアッパーは、軽い音をたてて、空を切った。

 ギリギリのところで、吉祥寺は前進を止めていた。前に出る以上、アッパーは必ず当たるのだが、しかし、ボディーでは効果が薄い。確実に、あごにあてなければ、意味がなかった。

 その分、葵はアッパーを繰り出すタイミングが早くなり、結果、それを吉祥寺に察知されたのだ。

 勝利の確信を持った吉祥寺が、アッパーをやり過ごし、そして、前進を開始し、そこで、さらに無理矢理吉祥寺は前進を止めようとした。

 気付いたのは、そのアッパーが、あまりにも軽すぎるから。起死回生を狙っているはずなのに、そのアッパーは、ほとんどジャブのようなものだったからだ。

 だが、加速しようとした瞬間に、同時に減速しようとした所為で、前進を止めることができなかった。

 葵は、そこでやっと、残しておいた脚、立ち上がる力を、前に開け放った。

 ドガシィッ!

「くうっ!」

 立ち上がる勢いを前に乗せた葵の右の手刀が、吉祥寺の肩口に叩き込まれていた。

 葵はそのままたちあがり、吉祥寺は、この大会初めて、痛みに声をあげて、その場に膝をついた。

 前に押し出した勢いのまま、葵は膝をついた吉祥寺の横をすり抜け、すぐに吉祥寺に向かって向き直る。

 吉祥寺も、肩口を押さえながらも、カウントが始まる前に立ち上がった。

 オオオォォォォ、と二人の攻防に、遅ればせながら感嘆の歓声があがる。

 チャンスと見るや、真っ正面から全力のハイキックで葵を押しつぶそうとした吉祥寺。

 不利である上に、技を読まれながらも、それすらフェイントとして、起死回生の手刀を吉祥寺の肩口に入れた葵。

 どちらも、予選ながら決勝戦にコマを進めただけのことはあった。

 浩之などは、危なくて見ていられないのだが、だからこそ観客には受ける、というわけだ。

 まさか、葵も吉祥寺がハイキック二連発で来るとは思っていなかった。もっと小手先の技ならば、葵は打撃の威力で相殺する自信さえあったのだ。

 しかし、吉祥寺は、ガードもかまわない、確実にダメージが与えられる、派手な方法を選んできた。実際、葵はガードが間に合っているが、だからこそ、避けようのないダメージを受けることになった。

 その後は、葵もよく考えて攻撃したつもりなのだ。作戦など、一瞬で考えて、自分が本当に考えたのか、ただ自然に身体が動いたのかわからないが、有効な手だった。

 わざとアッパーを隠して、それをおとりに使い、本命の手刀を入れる。アッパーの威力を考えないのならば、後に前進の威力を込めた手刀も打てる。

 しかし、本当ならば、吉祥寺の前進の力が加わり、さらに、もっと後頭部に近い位置に入るはずであった。

 それを、吉祥寺は寸前のところで察して、前進を無理矢理に止め、さらに身体をひねって、後頭部よりは、肩に近い場所で手刀を受けた。肩の筋肉の上では、致命傷とはとても言えない。

 結局、この攻防は痛み分け、いや、最初の最初、ローキックを受けてしまった分、葵の方が不利とさえ言える。

 やはり、この人は、強い。

 決められる技を、決めさせてくれない。油断しているわけでもないのに、いきなり自分がピンチに陥らされたりする。

 どうして、こうエクストリームの選手は強いのだろうか?

 脚の重い痛みが、少しずつ薄らいでいるのを、葵は自覚していた。受けてから、時間がたったのもある、が、それよりも、精神の高揚に引きずられて、痛みを身体が忘れているのだろう。

 吉祥寺も、決められたなかったという悔しさ、というよりも、むしろ恨みにも似た表情を浮かべているが、しかし、どこか笑っているようにさえ見えた。

 ……うん、そうだと思った。ただ、綾香さんへの復讐心だけで、こんな舞台に立つわけなんてないんだ。

 彼女も、強い相手と戦うことに、喜びを覚えているのだ。必殺と思った瞬間を切り抜けられたのに、それでも、悔しさよりも先に、喜びを感じる。

 それが、今お互いに、わかるのだろう。吉祥寺はもちろん、葵も、喜びを含んだ、不思議な厳しい顔をして、相手をにらみつけた。

 

続く

 

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