作品選択に戻る

最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(216)

 

 単調、と言うほど動きが決まっているわけではないのだが、吉祥寺の連打は、淡々と続けられた。

 相手の意表をつくという手段は少しも用いていない。フェイントこそ織り交ぜるものの、その程度ならば、葵がひっかかることはない。

 だが、葵は一方的に守りに回されていた。

 見様によっては、一方的に攻撃を繰り返す吉祥寺の攻撃を、葵が華麗に避けきっているように見えなくもないが、葵が手をあまり出せていないのは確かだ。

 しかも、連打と言っても、フックとストレートで組み立てられており、そこに威力の弱いジャブや、連打が難しいアッパーはほとんど含まれていない。

 威力が高く、かつ連打できる、ストレートかフックしか使って来ない。

 そこから、上半身を大きく動かしながら、打ち出す。腕だけではなく、上半身を使うことで、パンチの角度を変え、攻撃が単調になるのを防いでいるのだ。

 一度たりとも、同じ角度から打撃が来ないというのは、葵としても防御し辛いことこの上なかった。それでも何とか逃げてはいるが、正直、手が出せない。

 打撃を連打すれば、葵がたまにやるラッシュと同じで、疲労は激しい。しかし、吉祥寺は、そこまで無理をして連打をしない。

 葵に攻撃の隙を与えても良い、と思っているとしか思えなかった。実際、葵は少しは手を出せている。

 しかし、それ以上に、吉祥寺のパンチだけの連打が、葵の動きを遮る。

 問題は、その一撃一撃が、十分にKOの可能性を秘めているということだった。でなければ、一度受けてでも、強力な一撃をこちらが当てれば、相殺以上の効果を出せるし、葵はそうしたろう。

 これも、打撃の可能性。

 吉祥寺が、打撃の可能性を示して来たのは、葵も試合を見てわかっている。必要に応じて、必要な種類の打撃を使い、相手を打破する。

 そして、これも打撃の可能性だった。

 葵が吉祥寺よりも優れているのは、その小さな身体だからこその素早さだ。そして、相手の懐に飛び込めば、リーチの長さはむしろ邪魔になる。

 そういう相手を仕留めるのに、必要な打撃。それは、大降りの威力の高い打撃ではない。隙が少なく、連打を繰り返せる打撃だ。それで、葵はもうほとんど懐に飛び込めなくなる。

 上半身をふって相手が自分を捕まえにくいようにして、かつ、自分のパンチをより広い範囲で使う。

 キックボクシングではなく、ボクシングのような戦い方だ。キックに対しては、無防備とさえ思う体勢だが、自分はキックを捨てることによって機動性を得、そして相手が使って来たとしても、それに対処するだけの自信はある、ということだ。

 葵は、正面から戦うのは得策ではないと思って、横にまわろうとしていた。打撃の撃ち合い、しかもパンチだけの撃ち合いとなれば、葵の方が不利だ。崩拳をいつも使えるのなら、そんなことはないのだろうが、葵の必殺技は、ハイキックであり、パンチでは分が悪い。

 横にまわろうとする葵を追うように、吉祥寺の左フックを、葵はかいくぐると、素早くローキックを吉祥寺の脚に入れる。

 バシッ、と音はしたものの、逃げながらのローキックでは、大したダメージを与えられない。と思っている間に、吉祥寺の返しの右フックが葵のガードの上を叩く。

 殺しきれなかったダメージが、葵の頭をゆらせるが、葵は体勢を崩すことなく、素早く距離を取る。

 ダメージとしては同等の結果だったが、これで、吉祥寺が軽い打撃では止まらない覚悟を持って来ているのが葵にもわかった。

 これだけ、パンチのみを使用して戦えるのを、今まで吉祥寺は隠していたというのだろうか?

 もし、そうならば……と、ネガティブな思考が葵の頭の隅をよぎるが、葵がそんな気持ちにとらわれたのは、ほんの一瞬だった。

 違う、確かに、吉祥寺選手はこの戦い方が、自分にとって一番いい対処方法だというのを、この試合を通して探したのだろうけれど。

 攻撃によれば、防御は落ちる。

 攻撃こそ、最大の防御というのは嘘ではない。しかし、言い過ぎではあるのだ。攻撃しようと、倒せないのならば、それは最大の防御ではない。

 そして、私は、まだ倒されない。

 葵は、構えを小さくした。それは、攻撃に寄るためだ。小さな構えから、爆発的に力を出すことによって、葵の小さな身体は、弾丸のように素早く動ける。

 しかし、これは防御を捨てるということ。

 攻撃を最大の防御と置く相手に、さらに攻撃のみで戦う。

 葵の選んだのは、そういう無謀な方法だった。しかし、無謀と言われても、葵の戦える方法は、これしかなかった。他の手もできるだろう、しかし、それで倒しきれるか、と聞かれれば、首を横にふる。ならば、倒しきれる方法を選ぶしか、葵にはない。

 吉祥寺は、一発にかけないことで、連打という形に持っていっている。スピードの速い相手を捉まえきるのならば、なるほど、それは正しい。

 だが、吉祥寺が連打の攻撃に寄るのならば、葵は、一発の攻撃に偏る。

 葵の考えを読んだのか、吉祥寺は動きを止めて、距離をつめようとはしなかった。止まって、息を整えている。

 攻撃に合わせてのカウンターを葵が狙っているのは、見てわかるのだろう。

 一発を避けられた後は、葵には攻撃はない。だからこそ、葵からは手を出せない。回復させる時間を稼げるのならば、稼いでおこうとしているのだ。

 しかし、それも数秒だった。吉祥寺は疲労はしていると言っても、動きを阻害するものではないし、時間がたてば、葵だって回復するのだ。悠長に待っていることはできない。

 時間切れになって、判定になれば、どっちが勝ってもおかしくないのだ。KOを狙うか、それとも、もう一撃、印象に残るような打撃を入れないことには、安心できない。

 そして、葵の方は、もちろん判定など、少しも狙っていなかった。勝つか負けるか、倒れるか立ったままか、葵の中では、それはシンプルなのだ。

 吉祥寺の攻撃は、ストレートか、フック。意表をついてキックという可能性もゼロではないが、葵はその可能性を捨てた。

 いや、捨てなくてもいい。それならばそれで問題ない。いかに吉祥寺がリーチを持っていても、全力の葵ならば、自分の間合いに打撃が来る前に入り、打撃が当たる前に自分も打てる。

 最後は、スピードと威力の問題だ。技の相性とか、そういうものを、葵は考えていない。

 お互いに、必殺を狙っているのが、観客にも伝わったのだろう。体育館の中は、シンと静まり返った。

 吉祥寺が、動く。真っ直ぐ、葵に向かって歩を進めた。

 肩が動く。ストレート、考えるよりも反射的に、葵の頭はそれを理解していた。それに合わせるように、葵の身体が前に出、腕をふるう。

 吉祥寺のストレートをかいくぐろうとした葵は、しかし、吉祥寺のストレートを避けられなかった。

 何故なら、吉祥寺は、ストレートの腕を引いたからだ。

 葵のかぶせるように打ったはずのクロスカウンターは、吉祥寺を捉えることができなかった。

 何故なら、葵は、その腕を、打ち抜かなかったからだ。

 フェイントの腕に、葵はフェイントで答えた。

 吉祥寺のフェイントを、葵は読んだのだ。一撃にかける、と言っても、来るだろうとわかっているフェイントに、一撃を入れる必要はなかった。

 返す刀で放たれた吉祥寺の左ストレートが、葵のほほをかすめる。

 そのストレートに合わせて、葵は吉祥寺の腕に、自分の腕をかぶせた。

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む