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最強格闘王女伝説綾香

 

四章・成長(220)

 

 無事に、というには怪我人が多すぎる気もするが、それ以外はおおむね無事に、エクストリーム予選は、つつがなく終了式を迎えた。

 まあ、いかにスポーツマンシップにある程度のっかっているとは言え、学生の大会のように賞状が出るわけでもなし、そのクラスの勝った者から上三人を、前に並べているだけだ。

 賞状やトロフィーが欲しければ、本戦でそれなりの結果を出せば、いくらでももらえるし、もっと現実的に考えて、賞金もかなりの額が出る。

 ……そう言えば、何か賞金について見たことねえなあ。

 一番前に予選優勝者の北条桃矢、次に浩之に勝った寺町、最後に、三位の浩之が並んでいると、例え舞台に上がっていても、前二人の大きな身体にさえぎられて、浩之などどこからも見えない。

 それをいいことに、浩之はおもいきりだれていた。一応は表彰式と言っていい状況で、賞金のことを思い出すような状態だ。

 しかし、それも無理からぬことだろう。

 ……ああ、早く家帰って寝たいな。

 浩之の身体は、すでに今日一日の過酷な試合の連続に、すでに限界に達していた。綾香に頼んで、車で迎えを頼んだほどだ。この状態で電車に乗れば、絶対に寝過ごす自信があった。

 当然、セバスチャンが迎えに来るだろうし、そうなれば、色々と車の中で小言を言われる可能性もあったが、今なら例え道路工事の目の前だって熟睡できる自信があった。

 ちらり、と前に目を向けると、寺町は、チョークスリーパーでKOを食らったにも関わらず、そして、その相手が目の前にいるにも関わらず、背中が生き生きとしている。

 反面、一番前の北条桃矢は、すでにいつ倒れて寝転けてもおかしくないような疲労が、背中からでも伝わって来る。

 とりあえず、バカな寺町は置いておいて……

 何も、こんな状況で、お偉い人の話をしなくてもいいだろうに、と浩之は本気で思っていた。いや、ここに並んでいる人間、寺町はまあ、バカなので人間以外としても、の誰しもがそう思っているだろう。

 入院の必要はないとは言え、浩之は鎖骨にヒビが入っていたのだから、せめて早めに帰らさせてくれと思うのだ。

 いや、浩之だけではない。骨折や、打ち身、疲労、その他人体が傷つく、という例としては、これ以上ないくらい、ここにはサンプルがそろっていた。

 これも、寺町以外、ふらつかない人間はいない、という有様だ。

 ふと、心配になって、浩之は少し離れて、先頭に立つ葵に目を向けた。自分はともかく、せめて葵ちゃんぐらいは座って休ませろと、本気で思ったりもしないでもなかった。

 葵は、気丈にも、ちゃんと立っていた。まあ、ふらついてもいないので、客観的に見れば、浩之よりはよほど状態はいいのかもしれない。

 さっきまで、葵と死闘を繰り広げていた吉祥寺は、言うまでもなくフラフラだ。もし身長の高い吉祥寺がしゃんと立っていたなら、葵の姿を見るのに、もっと苦労したろう。

『……であるから、より真剣に人生を生き抜くために……』

 お偉方のお話は、まだ続いている。伝説の空手家、北条鬼一ならともかく、今前で大してためになるとも思わない内容をくっちゃべっている人間の名前など知らなかったし、興味もなかった。最初に紹介があったような気もしないでもなかったが、そんなことを律儀に聞いている浩之ではない。

 ああ、脚だりい。てか、頭がガンガンするんだが。

 言うなれば、これはまるで朝の朝礼のようだった。毎回と言っていいほど、貧血を起こして倒れる者がいるにも関わらず、何故か絶対にやめないその恒例行事のようなものだ。

 しかも、室内だから日光にさらされるわけでもないし、もともとそんなひ弱な人間はここには並んでいないだろうとは思うが、それよりも絶対に過酷な状況であるのは確かなのだ。

 ぱちぱちぱち、とまばらな拍手が出たところで、やっとお偉方の話が終わったのを、浩之は理解した。というか、話を聞いていないと、ここからは二つの壁のせいで前が見えないので、どうなっているのかもよくわからないのだ。

『それでは、最後に、本大会の主催者であります、北条鬼一館長から、終わりのお言葉をいただきたいと思います』

 それを聞いて、だらけていた、というよりも、死にそうだった選手達が、少しなりにも身体を正す。浩之は大してそんなことを思わないが、やはり北条鬼一は、格闘家にとってはビックネームなのだろう。

 寺町はよけいにやる気を出したように見えたし、北条桃矢にいたっては、むしろだらけたようにも見えたが、それは人それぞれというものだろう。

『皆、疲れているだろうから、簡潔に行こうと思う』

 北条鬼一は、のっけからさっきのお偉い人への皮肉のような言葉を言ってから、言葉を続けた。

『今日は、非常に私も楽しめた、レベルの高い試合だった。今日の試合を、タダで見れた人は、幸運だと言っていいだろうね』

 どっ、と軽い笑いが、観客達から起こる。まあ、誰もそれには異存はないだろう。

『もちろん、勝った者もいれば、負けた者もいる。しかし、負けること、それこそが、勝負の厳しさであり、かつ、面白いところでもある』

 ここまでは、別段、おかしなことは言っていないようにも聞こえる。

『どうも、私ぐらいの年になると、勝ってしまうことよりも、負けてしまうことを願うようになってくるのだよ。少なくとも、負ければ、自分よりも強い相手と戦えたと言う、何よりの証拠であるわけだしね』

 ……て、おいおい。

 伝説を誇る北条鬼一でなければ、いや、伝説を誇っていようと、こんな自信過剰な言葉、おいそれと吐けるわけがない。しかし、北条鬼一は、それを何も躊躇せずに、言い切った。

『ここに勝ち残った選手達も、多くは、本戦で負けることになるわけだが……もちろん、この中から優勝者が出ることもあるだろうが、その多くは負けるだろう』

 てか、何だ、必死で勝った選手をいじめに来たのか、このオヤジは?

 しかし、独特のその雰囲気に飲まれて、無茶苦茶を言う北条鬼一に悪印象を持っているのは、浩之と、北条桃矢ぐらいのようだった。

『しかし、ちょっと考えを変えてみれば、負けるというのも、案外悪くないものだ。少なくとも、私はそう思っているよ。試合を楽しめるには、やはり強敵ってものは、絶対不可欠だからね』

 ……ああ、なるほど。

 目の前でうきうきしているバカを見ながら、北条鬼一の態度が、誰にそっくりなのか、浩之はよーくわかった。一日で、嫌になるほど思い知らされたのだから、仕方ない。

『というわけで、安心して本戦で負けたまえ。何にも、誰にも恥じることはない。強い相手と戦って、負けるのは当然。それに誰も後ろ指など指さないよ』

 北条桃矢が、もうこれでもか、と言うほど嫌な顔をしている。さすがに、ここまで来ると、勝ち残ったのは大なり小なり、負けず嫌いな人間であり、いかに雲の上の人物だとは言え、そこまで言われて、まだ惚けている人間はいなかった。

 まあ、浩之はむしろもうどうでもいいやと思っているのだが、それは特殊な状況だろう。特殊な人間まで、北条鬼一も考えに入れる気持ちは、毛頭なかったのだろう。

 というのは、にやりと、人の悪い笑みを作りながら最後の締めの言葉を言った北条鬼一の態度で、よくわかった。

『それでは、負けず嫌いの人間への、激励をこれで終わる。皆、本戦で、せいぜい負けて来てくれ』

 その締めの言葉にも、浩之はさして感動も激怒もせずに、ただ、こう一言思った。

 ああ、長かった……

 エクストリーム予選が、やっと終了した。

 

四章 終わり

 

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