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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(1)

 

 繁華街から外れた、狭い路地の路地の奥。

 まわりを古ぼけたビルに囲まれている中に、少し開けた部分があった。見上げれば、薄曇った空が、小さく見えるだけの、何の生産性も生まないようなさびれた場所。

 そういう場所には、ゴミがところ狭しと投げ込まれているか、あまり平和的でない若者が、まるで子供の秘密基地よろしくたむろしているのが普通だろう。

 しかし、そこは違った。

 排他的、などという言葉からは、大きくかけ離れた熱気が、そこには立ちこめていた。

 ほとんどは中学生、高校生、上でも三十は行っていないだろうという若者が、ゴミのかわりのようにところ狭しと、その一角に集まっていた。

 しかし、若いという以上に、その中に統一性は見られない。学生服のままの女子高生もいれば、私服の、どう見ても中学生の男子もいるし、スーツを着た社会人風な男もいる。

 奥に入ってしまえば、人垣がのくまで、出ることはできないだろう密度とは対照的に、その中央には、たった二人の人間だけしかいなかった。

 片や、スウェットスーツに身を包んだ百八十センチはあるだろう、背の高い、しかし、身体はしぼられている青年。

 片や、襟の切れ込みの深いシャツと、ジーンズを着込んだ、もう一人よりもさらに細身の、青年。

 その二人は、まわりの人間の熱気に背中を押されるかのように、じりじりと、距離をつめていた。

 しかし、本当に青年なのかは、正直見ただけではわからない。肌の感じや、身体から見るに、若いだろうと推測できるだけだ。

 何故なら、二人とも、その顔に、奇妙なかぶりものをしていたからだ。

 長身の青年は、中国の龍の書かれた緑色のマスク。

 細身の青年は、派手な赤色をした、「華」と左半面に描かれたマスク。

 どちらのマスクも、口から上をすっぽりと隠していて、人相はわからない。

 しかし、こんな奇妙な二人を囲って、若者達は、大いに盛り上がっていた。いや、二人が大して動いてもいないのに、その盛り上がりは、異常とさえ思えた。

 先に動いたのは、龍のマスクの青年の方だった。

 一瞬で脚が胸まで引きつけられたかと思うと、そのまま、腰を落として構える相手を、上から踏みつぶすような勢いを持って、脚がけり出された。

 長身を利用した、その踏み込みさえない距離の長い攻撃を、細身の青年の方は、横にころげるようにして避ける。

 隙が多いのは、どちらも同じ。長身の青年は、次の一撃を考えていなかったかのような一撃を避けられて、確かに隙を作ったが、大きく避けた細身の青年にも、手を出す余裕はなかったようだった。

「よし、目じゃねえぜ!」

「カリュウさ〜ん、がんばって〜!!」

 がらの悪い高校生が熱狂すれば、グルーピーに見える女子高生の一団が、黄色い声を飛ばす。

 混沌としている中にも、ここには、何か一体感があった。スポーツを観戦しているときよりも、よほどエキサイティングに、見ている者は盛り上がっている。

 シュバッ!

 素人とはとても思えないような、裏拳が、空を切る。長身の青年のリーチは、驚くほど長い。そして、太くはないとは言え、その大きな身体を、驚くほど素早く動かす。

「ジッ!!」

 舌打ちのようなかけ声と共に、その長い腕が、四方八方に振りまくられる。それだけを取れば、子供がだだをこねているようなものだったが、しかし、その正確さと、威力、何よりも、スピードが、子供のケンカなどとは、とても言えないレベルだった。

 四方八方から、まさに同時、と言えるほどのスピードで、ナックルハンマーが打ち鳴らされるのだ。正面にいる限り、その打撃を避ける術はない。

 ドドッ!

 細身の青年の、左前頭葉と、右肩に、拳が入る。

 が、その次の瞬間、長身の青年は、マスクで隠れてもわかるほどに狼狽していた。

 しかし、それも一瞬の話だった。狼狽するぐらいの時間しか、長身の青年が自由に動ける時間はなかったのだ。

 相手の打撃をものともせずに、細身の青年は、懐に入り胴をつかむと、脚をひっかけて、相手を素早くコンクリートの上に押し倒したのだ。

 ゴッ、と硬い音がしたが、倒れる勢いはあまりなく、それで大きなダメージを受けている様子はなかった。

 しかし、ひるむには十分な威力であり、それだけで、事は足りた。

 仰向けに倒れた長身の青年の腹の上に、細身の青年は座っていた。

「やった〜!!」

「くそっ、終わりかよ!」

「あきらめんじゃないよっ!」

 見ている若者達が、口々に、歓声や喜び、舌打ちやわけのわからない言葉をあげる。

 しかし、大半の者が、この戦いはもう終わったものだと認識しているようにしか見えなかった。そこから帰ろうとする者はいないが、声に出すのは、細身の青年の勝利を確認するような言葉ばかりだったのだ。

 しかし、この瞬間、そこからどうしようもないことを誰より知っていたのは、上に乗られた長身の青年だった。

 そこからの逆転を願う者もいるのだろうが、どうしようもない、というものだ。

 さきほどから、鍛えに鍛えた身体のブリッジを使って、何とか抜けだそうとあがいているのだが、大して重くないはずの相手を、どうやっても動かせないのだ。

 打撃ばかりを練習してきた長身の青年にとって、今の状態は、まさに未知の世界だった。しかも、その未知の世界で、自分が下になっている、というのは、生きた心地がしない。

 腕を使えば何とか逃げられるかもしれないが、ガードを外せば、そこを狙って殴られるのは目に見えていた。だから、頭をついてブリッジをするしかなかったのだ。

 こんなに、マウントポジションというものは、怖いものなのか。

 恐怖が、背筋を上ろうとしたその瞬間に、長身の青年は、上にいる相手に、拳を打ち込んでいた。腕力にも自信があり、腰の入らない状態でも、並の相手なら退けられるつもりだったのだ。

 しかし、細身の青年は、その拳を、あっさりとはじくと、攻撃で開いた穴に、掌打をたたき込んでいた。

 細身の青年の、黒い革手袋をした手が、下にいる青年の顔面を、マスクの上から、叩く。

 その一撃で、長身の青年はブッ、と鼻血を出したが、それはむしろ、見ている若者達を喜ばすだけだった。

 鼻血を出したにも関わらず、まったくひるむ様子も見せずに、長身の青年は、さらに拳をたたき込もうとして、やはり簡単に、受け流される。

 今度は拳が、上からたたき落とされた。その勢いは、拳をふるうために、上体を起こしていた長身の青年の頭を、コンクリートの上に叩き付ける。

 抵抗の無くなった長身の青年の顔面に、もう一発掌打を入れて、細身の、赤いマスクをかぶった青年は、立ち上がった。

 そして、長身の、龍のマスクをかぶった青年は、立ち上がって来なかった。

 まわりを囲んだ若者達から、勝者に惜しみない歓声が沸き上がる。しかし、一つだけ、第三者がそれを見たなら、酷く違和感を覚えることがあった。

 それは、そこに、歓声はあれど、拍手はなかった。

 血で汚れた拳を、高々と持ち上げ、細身の青年は、若者達の歓声に応えた。

 

続く

 

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