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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(2)

 

「浩之ちゃん、大丈夫?」

「ん? ああ、平気だって。腕を動かさない分にはな」

 心配そうなあかりの言葉を他所に、浩之は全然平気な顔をしていた。

「でも、鎖骨にひびが入ってるんだよね?」

 言わば名誉の負傷とは言え、実際にそれを聞いたあかりは気が気ではなかった。しかも、浩之は腕をつるわけでもなく、いつもと変わらない格好で学校に来ていたのだ。あかりとしは、心配するな、という方が無理だった。

 それが、三位に入り、エクストリーム本戦に行けるようになった名誉の負傷と言えども、あかりには関係のない話だ。

 もちろん、それが誇らしいのは嘘ではない。自分の、誰がどう否定したところで、これだけの事実は変わらない、自分の浩之が、世間に認められる結果を出したとしても、あかりは、むしろ遅かったとしか思わないのだ。

「ま、一週間の辛抱だからな。負担にならない程度の筋トレはしてるが、むしろ身体がなまってるぐらいだ」

 それは、浩之としてはむしろ驚きだった。結果を報告しに、武原道場に顔を出したのだが、そこで、師匠でもある雄三に、治るまで無理な練習は止めろと言われたのだ。

 スパルタン、と言うわけではないが、雄三にしても、兄弟子の修治にしても、骨にひびが入ったぐらい、怪我のうちにも入らない、と言うと思っていたのだ。

 しかし、実際はむしろ厳しく練習を禁止され、かわりに、鎖骨のヒビに影響しない筋トレや柔軟を、ゆっくりしろと教えられた。

 ただ強くなることを念頭に置いた武原流ではあるが、その強さの階段の半ばで息絶えるようなことを望んでいるのではなかった。到達できる位置は、高ければ高いほどいいが、怪我は、無理をしてもその最高の位置を落とすだけで、何も得るものがない。練習をせずに、怪我の回復を待った方が、いいというわけだ。

「もう、無茶した駄目だからね」

 あかりが、本当に心配なのだろう、浩之の腕を取ってしかる。浩之からは妹にしか見えないのだが、たまにこうやって姉ぶることがあるのだ。

 と、浩之は、あかりの方を見るでもなく、そっぽを向いた。

「聞いてる、浩之ちゃん?」

 しかし、あかりはそう言ったものの、浩之のその顔が、酷く真面目になっていたので、それ以上は何も言わなかった。

「あかり、俺から離れるなよ」

 いつにない浩之の真面目な声。普通は、絶対に出さない声だ。

「う、うん」

 あかりは、無意識に浩之の右に動く。浩之に守ってもらおうというより、浩之の怪我をした右肩を守るような位置だ。そこで、学生服の脇を、ギュッと握り込む。

 殺気、と言えばいいのだろうか? とにかく、浩之は、平常ではない人の気というもの、しかも、あかり上等とは言えないものを感じていた。

 綾香ではないのだから、人の気配を簡単にわかったりはしないものの、過酷な試合を経て、その先に進んだのか、それとも、相手がまったく隠すことなく、こちらに気を向けていたからだろうか、とにかく、危険だと判断したのだ。

 怪我をしているとは言え、今なら不良の二、三人、浩之にとってはものの数ではない。まともな道場で鍛えたのなら知らないが、浩之の師匠は、葵であり綾香であり、実戦を良しとする武原流だ。そして、浩之自身、ケンカの経験がないわけではない。勝てなくとも、あかりが走って逃げる時間は稼げるだろう。

 しかし、浩之のそんな予想はあっさりと外れた。

 公園の、暗がりの中から出て来たのは、十人近い、女の子達だった。

 もっとも、それは短いスカートの女子校ではなく、レディースとか、そういう類の根性の入った格好で、思い思いの武器を手にしているのだから、気を抜くのはどうかと思うが、実際、浩之の気は抜けてしまった。

 本当に強い者もいるのは知っているが、素人の女性に負ける気はしない。むしろ、怪我をさせないように、そちらに気を使う方が大変なぐらいだ。

 その一団は、どう見ても浩之達を見ていた。あかりが、不安そうに身体を寄せる。

 まあ、怖がるほどのものじゃねえと思うけどな……

 あかりはまあ、仕方ないとしても、浩之はこれぐらいの相手は怖がる必要はない。武器の一つや二つで今更驚くほど、葵も綾香も修治も雄三も、甘くはないのだ。

「藤田、浩之だね?」

 前にいた、リーダーらしき少女、と言っても、身長は浩之と同じぐらいあって、白い特攻服に木刀という、何とも頼もしい格好をしているので、少女というのはどうかと思うが、とにもかくにも、その少女があまり友好的ではない口調で、浩之に話しかけてくる。

 浩之は、それにあっさりと答えた。

「いいや、違うぞ」

「……」

「……」

 二秒ほどの沈黙。その沈黙に耐えきれなくなったのか、顔をひくつかせながら、その少女はひきつったように笑った。

「……ハッ、ハハ、いい度胸してるじゃないか」

「いいや、だから違うって。人違い、マンミステイク、俺は田中一郎だ」

 適当な(それこそいいかげんな)英語と、偽名とわかるような偽名を言いながら、浩之はあかりをつれてさっさと逃げようとする。

「まちやがれっ! てめえが藤田浩之ってのはわかってんだよ!」

 虚をつかれた少女も、さすがにすぐに回復して、浩之の肩をつかむ。

 これだから、素人さんは。

 格闘経験三ヶ月弱の浩之は、自分のことは棚に上げて、少女の隙だらけの姿を見た。

「肩をつかむな。腹も顔面も、胸、も隙だらけだ。せめて、密着しろよ。相手の打撃は、それでほとんど無効にできるぜ」

「なっ!?」

 少女は、慌てて浩之の肩を放すと、胸元を隠した。確かに、特攻服の下は、サラシ一枚で、非常に無防備だ。しかも、浩之もついつい、胸、と強調してしまうほど、大きな胸だった。さらしをまいても、隠しようがないほどだ。うん、とても大きかった。

 しかし、密着されるのは、それではそれでうれしい……いやいや、単純に腕力勝負になるので、男相手にはどうかという作戦だが、浩之はそこまでは考えてやるつもりはなかった。

 とりあえず、とどめを刺しておくことにする。

「で、俺は藤田浩之じゃねえって」

「こ……ここ……この……っ!?」

 少女は、肩をぷるぷるとふるわせながら、顔を真っ赤にして羞恥に耐えているようだった。いつ手に持った木刀が飛んできてもおかしくない状況だ。

 多勢を相手にしたときのセオリー、トップの人間に、一対一の状況を作らせるという、もちろんトップの人間を倒せればこその作戦、を実行にうつしているだけのはずなのだが、どうも横のあかりの目も冷たくなっているような気がした。

「浩之ちゃんの、エッチ」

 あかりが、ちょっと身体を離す。あかりのつつましやかな肢体も悪くないのだが、浩之もさすがにそれを口にする気はなかった。浩之とて、命は惜しい。身も知らない特攻服の少女を挑発する方がよほど安全だ。

「く……あ、後から覚えとけよ。別にあんたをタコ殴りにするのが目的じゃねえんだ」

 そりゃ、そうなのか。と浩之は少しだけ驚いていた。武器を持って十人ぐらいで出て来られては、それ以外の目的など思いもつかなかったのだが。

「で、何の用だ?」

 しらばっくれるのをやめて、浩之は

「何、大した手間じゃねえよ。てめえに、戦って欲しい相手がいるだけさ」

 調子を取り戻したのか、少女は、ニヤリ、と笑った。

 

続く

 

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