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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(3)

 

「何、大した手間じゃねえよ。てめえに、戦って欲しい相手がいるだけさ」

 少女はそう言うと、道を開けるように動く。それに合わせて、十人ばかりの人だかりが、横に避けた。

 そこにいたのは、一人の少女だった。いや、顔が見れないので、本当に少女かどうかは怪しい部分もあったが、浩之が見たところは、自分と同じぐらいだろうと判断できる。

 身長は、横によけたリーダーらしき少女の方が大きい。多分、百六十センチはあるだろうが、現代の少女としては、大柄というほどではないだろう。横も、筋肉こそ発達しているように見えるが、太いというほどのものではない。

 Tシャツにジャージという、酷くラフな格好で、部活動の最中だと言えば、一カ所を除いて誰しも納得しただろう。

 その一カ所は、顔だった。口から上をすっぽりと隠すように、白いマスクをかぶっていたのだ。

「……」

「……」

 突然の奇妙な格好の少女に、浩之とあかりは、しばらくあっけに取られた。

 他の少女達の格好も、確かに普通ではないのだが、マスクというファッションは、どう見積もっても、中で一番間違っているように感じる。

「……あー、いや、悪いとは思うんだけどさ」

 マスクの少女からはつとめて目をそらしながら、リーダーらしき少女に、浩之は話しかけた。

「俺、マスクマンには知り合いいないんだよな」

 プロレスラーには知り合いがいたりもするが。

 今の浩之にとってみれば、いきなりレディース風の少女達十人に囲まれるよりも、マスクをつけた少女を目の前にした方が、どういうリアクションを取っていいのか困るのだ。

「あん?」

 浩之の戸惑いがわからないのか、リーダーらしき少女は、怪訝そうな顔をしたが、すぐに目的を思い出したのか、マスクの少女を指さす。

「こいつと戦ってくれればいいんだよ。あたしらは手を出さないから、一対一でね」

「いや……そう言われてもなあ……」

 少女達の目的が何なのか、いまいちわからないし、何より、マスクをかぶった少女の、そのマスクをかぶる真意がさっぱり浩之にはわからなかった。

 あかりも、同じ気持ちのようだった。さっきまでは緊張していたのだが、浩之の戸惑いがうつったのか、微妙な笑顔になっている。

 はっきりしない浩之に、リーダーらしき少女は、木刀をつきつける。

「あんた、エクストリームに出るんだろ? 素人ぐらい、相手でもないんだろ!?」

 浩之は、やっとのこと、ぴんと来た。言われて初めて、目的が見えたのだ。

「ああ、なるほどな。エクストリームに出るからって、見込まれちまったわけか」

 浩之自身、いまいちエクストリームの本戦に出られるという実感がないものだから、自分が一応は世間で、というより格闘技の世界で、ほんの少しでも知名度が出てきたことが、いまいち理解できなかったのだ。

 そう考えれば、わからないでもない。つまりは腕試しだ。テレビにも映るような大会に出る選手に、路上でも勝てば、強いという証明になる、というわけか。

「理解したかい、じゃあ……」

「嫌だ」

 浩之は、一刀のもとに切り捨てた。理由がわかったからと言って、浩之がそれを受けてやる言われはなかった。

 そんなわかりやすい解答を予測していたなかったのか、リーダー以下全員が、面食らっているようだった。

「お、女にケンカ売られて、すごすごと逃げるのかよ!」

 慌てて、リーダーらしき少女が、浩之を挑発するが、浩之としては、そんなもの挑発でも何でもなかった。

「ケンカ売られたって、ケンカだろ? 何でやらないといけねえんだよ。俺だって色々あるんだ。そんなバイオレンスな生活送る気はねえよ」

 ケンカの強さを誇るというのも、わからないでもないが、その標的にされたのでは、たまったものではない。

「だいたいなあ、俺は今怪我……」

 と、全てを言い終える前に、マスクをつけた少女が動いたのを目の端に捉えて、浩之は反射的に前に出ていた。

 ドカッ!

 浩之の金的を狙った蹴りを、浩之は両腕でブロックした。

「え?」

 少女の動きが、あかりには理解できなかったのだろう。浩之も、あかりが反応できるわけがないと思って、あかりから離れるように前に出たのだ。

「くうっ!」

 浩之の右肩に、痛みが走る。ブロックに使っただけなのだが、どうしても衝撃は鎖骨のヒビまで届く。

 しかし、ガードは完璧だった。自分の不意打ちのはずの金的をガードされて、マスクの少女は、油断なく浩之から距離を取った。

「こいつ、できるよ」

 そして、ぼそりとつぶやくように、浩之を評価する。浩之はその声で、思うよりもその少女が幼いのに気付く。

 と、同時に、少女は足を踏み出していた。それが飛び込みの動きではなく、言葉通り、飛ぶ動作だというのを、浩之は瞬間で判断していた。

 シャッ!

 浩之の顔面すれすれを、少女の飛び後ろ回し蹴りの踵がかすめる。かすめたほおから、血が流れた。

「浩之ちゃん?!」

 何が起こっているのかわからなかったあかりも、浩之の出血で、瞬間に我に返る。血を見ても怖れないどころか、血を見たからこそ、あかりは正気に戻ったのだ。

 マスクごしに、少女の目が驚愕しているのが、浩之には見て取れた。自分の後ろ回し蹴りを避けられたのが、ショックだったのだろう。

 正直、うまい攻撃だった。そもそも、後ろ回し蹴りというのは、素人にはまず避けられない打撃なのだ。おそらく、今まであっさりと避けられたことはなかったはずだ。

 それに、足には足首でがっちりと固定するようなブーツをはいている。しかも、固定しているとは言っても、足首の自由を阻害しないようなブーツだ。

 足首が自由な上、硬いブーツで足を保護していれば、おそらく決まれば、男であろうとも一撃だろう。現に、かすっただけの浩之のほおからは、血が流れている。

 しかし、残念ながら、技が悪かった。浩之は、もっと無茶苦茶な後ろ回し蹴りを何度も体験しているのだ。そのレベルから見れば、大したことはない。

 鎖骨のヒビがなければ、かすりもしなかっただろう。決してレベルが低いわけではなかったが、完調ならば、浩之は負ける気はなかった。

 ただ、今は鎖骨にヒビが入っている。攻撃は、そのまま浩之にダメージとして跳ね返って来るのだ。こんな状況でケンカができるわけがない。

 さて、それを説明して、納得してくれるかどうか……

 運が悪ければ、ここぞとばかりに攻撃される可能性もないではないのが辛いところだ。怪我をしていようが、勝ちは勝ちと言えるからだ。

 とりあえず、言うだけ言ってみるか、と思って浩之が構えを解いて一歩前に出たときだった。

 マスクの少女と、浩之の間に、割って入る人影があった。

「面白そうなことしてるじゃないか」

 

続く

 

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