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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(4)

 

「面白そうなことしてるじゃないか」

 彼女は、浩之のピンチに、さっそうと現れた。

 あかりは、いきなりの登場にきょとんとしている。顔は知っているのだろうが、面識はないのだろう。

 浩之は女の子の知り合いが多いので、浩之よりも浩之を知っていると言われるあかりもその交友関係を全て知っているわけではない。まあ、今回はあかりも交友関係を知っている相手ではあったのだが。

 その広い友好関係でも、こんな場合に、こんなことが言える女の子は、少ない。

 坂下好恵。女だてらに空手部の部長であり、県下でもその実力は一、二と言われている。素人同様の浩之となど、比べものにならないぐらい強い。

 と言っても、別段浩之は極端なピンチというわけでもないだろうし、さっそうと言っても、たまたま居合わせただけなのだが。

「綾香も、けっこうよくケンカ売られたらしいよ。だいたい相手を半殺しにするらしくて、噂になって誰もケンカは売りに来なくなったみたいだけど」

 ありそうな話だった。何せ綾香は自身の能力だけでも飛び抜けているというのに、社会の立場というものも強いのだ。ケンカを売ってくる相手には、きっちりと立ち直れないようにしていることだろう。

「よお、部活の帰りか」

「まあね。ちょっと面白そうな声が聞こえたんで、寄り道してみたんだけどねえ」

 坂下は、構えを解かずに、警戒するように坂下を睨み付けるマスクの少女を見た。

「……藤田、あんたの節操なしは知ってるつもりだけど、今度はまたかなり色物に手を出したわね」

 色物、と言われても、マスクの少女に反応はない。

「ちげーよ。向こうから手を出して来たんだよ」

 脚だったかもしれないが、同じようなものだ。それに、守備範囲の広いと思われる浩之でも、さすがにマスクをかぶった少女、というのは守備範囲外だろう。何せ顔が見えない。

「しっかし、こんな素人に手を出すぐらいなら、空手でも柔道でもちゃんとやって試合に出た方が、強い相手と戦えると思うんだけどねえ」

 つい、と坂下は挑発するように、マスクの少女をにらむ。しかし、やはり少女に反応はない。

「ちょっと、あんた誰よ、邪魔すんな!」

 マスクの少女のかわりに声を張り上げたのは、リーダーらしき少女だった。

「何だ、よってたかってやろうとしてたんだ?」

 まわりのレディースっぽい少女達がリーダーの声に反応してそれぞれの武器を構えるのを見て、坂下の目が怪しい光を帯びる。少なくとも浩之にはそう見えた。

「うちらにケチつけるつもりかい? いいがかりはよしてくれ、こっちは、この子一人でタイマンだ。邪魔すんなよ!」

 坂下は、そのリーダーらしき少女の剣幕に、「へえ」と相づちを打つと、今度は浩之の方を見る。

「藤田、あんた、肩は?」

 坂下が、何を言いたいのか浩之は気付いて、頷く。

 普通の女の子がそんなことを考えていたのなら、浩之は自分の身の危険も顧みずに、自分から戦っていたろうが、坂下は、そんな心配はなかった。

 坂下は、マスクの少女に何を言っても無駄だと思ったのか、リーダーらしき少女に言う。

「こいつ、鎖骨にヒビが入ってるんだよ。そんな状態でタイマンだって言っても、仕方ないと思わない?」

「鎖骨にヒビ?」

 それを聞いて、リーダーらしき少女は、困った顔をした。

「本当かい?」

「ああ、三位決定戦で、肩から投げられたときにな」

 浩之は、素直に答えた。もう、ここぞとばかりに襲われるという心配をする必要はなくなったからだ。

「そういうこと。だから、今のこいつにケンカ売っても、無意味ってことだよ」

 完調の浩之に勝たなければ意味がないと思っていたのか、リーダーの少女は顔をしかめる。マスクの少女も、反応は無くとも聞いていたのだろう、構えを解いた。

 普通なら、これで解決だ。もしかしたら、怪我が治ればまたケンカを売られる可能性があるが、それはそのときの話だ。あかりさえいなければ、浩之は戦うことも逃げることもできるのだ。

 しかし、今は、それで解決しない問題があった。

「だから、私が相手してやるよ」

「はぁ?」

 リーダーの少女は、それを聞いて、しかめた顔を、よけいにしかめた。

「何だ、ケンカ売ってたのかよ」

 今度は、リーダーらしき少女がまわりに目配せをする、と同時に、レディースの少女達は、武器を構えた。

「悪いけど、無名のやつにタイマンしかけても、何もうまくないんだよ」

「無名、ね」

「おいおい、坂下。わざわざケンカ売るなよ」

 浩之の言葉に、坂下はまったく従う気はないようだった。

 確かに、坂下は一般的な知名度など、エクストリームの大会に出場するようになった浩之にも劣るだろう。

「言っておくけど、私はこいつよりも強……」

「あーーーーっ!!」

 レディースの中の一人が、大きな声をあげたので、坂下の決めの言葉は、途中でかき消された。

「何だい?」

 いきなり大声をあげた仲間に、リーダーも面食らっているようだった。

「姉御、こいつ、坂下好恵ですよ!」

「坂下ぁ?」

 リーダーの少女の頭の中にはない名前なのか、怪訝な顔をする。

「藤田浩之の通う高校の、空手部の主将らしいですけど、それは表の顔で、裏では学校を仕切る番とかで、あそこの学校不良がほとんどつぶされてるんですよ!」

「「ブッ!」」

 むしろふいたのは、それを聞いていた浩之や坂下の方だった。慌てて、こそこそと裏の方で話をする。

「坂下、お前そんなことしてたのか?」

「ご、誤解だって。そりゃちょっと御木本と一緒に不良をなぎ倒したことはあるけど、番なんて言われるのは心外以外の何物でもないって」

 不良をつぶしたのは本当の話らしい、しかもなぎ倒したらしい。さすがは綾香の親友と言っていい人間だ。常識が通じない。

「坂下さんって、そういう人だったんですか」

 あかりがそのひそひそ話の横で納得していた。それは、不良をなぎ倒すような人間は、あかりの目から見れば、番であろうがなかろうが関係ないだろう。

「ああ、私のイメージが……」

 実際のイメージとまったく離れているようには浩之には見えなかったが、とりあえず黙っておくことにしておいた。

 とりあえず、実物に極端に近い嘘を聞いたリーダーらしき少女は、あっさりとそれを信じた。十人以上のレディースに取り囲まれた中に、平気で入ってくるような女子高生を、当たり前だがカタギの人間だとは思わなかったのだろう。

「そうかい、有名人ってわけか。じゃあ、そっちの藤田浩之は今回は置いておいて、まずはあんたからにしようか」

 その言葉を待っていましたとばかりに、マスクの少女が構え直し、今度は坂下の方にその視線を向けた。

「さあ、やっちまいな!」

 リーダーの声に反応するように、マスクの少女が、ダッ、と坂下に向かって走り込んだ。

 

続く

 

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