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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(7)

 

 現代において、ファミレスというものは、けっこう頻繁に使用される。

 普通に食事をするのもそうだが、待ち合わせに使ったり、時間つぶしに使ったりと、その用途は広い。

 だからこそ、けっこう色々な人間が来るので、このファミレスでバイトをしている少女Aも、けっこうな耐性がついているものだと、自分では思っていた。

「いらっしゃいま、せー」

 しかし、その集団を見たときは、さすがに一瞬、言葉が止まった。

 白い長ラン、いわゆる特攻服を着た少女が、十人ばかり入ってきた日には、驚かない方が無理というものだろう。

「何名様でいらっしゃいますか?」

 固まった少女Aの代わりに、ベテランの女性が、営業スマイルを崩さずに接客している。このときほど、先輩を頼もしく思ったことはなかった。

「えーと、十二か?」

「お煙草は?」

「吸うよ」

 どう見ても未成年だろうという者が大半だが、その先輩のウェイトレスは、動じることなく、その風変わりな少女達、簡単に言えばレディースの女の子達を、空いている席に案内する。

「先輩……」

「まだまだね。普通に対応すれば問題ないわよ。武器も持っていないし、大丈夫よ」

 不安げな少女Aに対して、先輩のウェイトレスは、あまりなぐさめになっていない言葉で、その不安をかき消そうとしたが、逆効果にしか思えなかった。

 ウェイトレスって、怖い商売なんだ。

 少女Aは、このバイトは止めようか、と本気で悩んでしまった。

 そうやって、坂下の知らないところで、苦悩する少女がいたりするが、それは置いておいて。

 

「その格好で、ファミレス入るかい?」

 坂下も、さすがにそれにはあきれていた。

「ん? 別に普通だろ。武器も下のバイクのところに置いて来たんだ。むしろ社会規則を良く守ってると思うんだけどねえ」

 リーダーの少女は、本気そう思っているのか、動じた風はなかった。本人はどうあれ、外見的特徴で言えば一般人の坂下としては、肩身が狭い。

 せめてもの救いは、マスクの少女は、さすがにマスクを外していたというところか。

 マスクの下から出て来たのは、十分かわいらしいと言える少女だった。マスクさえ外せば、一番普通っぽいのは間違いない。

 その少女は、落ち着きなく下を見ながら、ちらちらと坂下の方を見ている。KOしたからには、恨まれたりしてもおかしくないと思っていた坂下としては、意外な反応だった。

 ちなみに、ここにいるのは、まわりを囲っていたレディースの女の子達と、マスクの少女と、坂下だけだった。

 浩之は、あかりもいたので帰したのだ。浩之一人ならともかく、もしかしたら罠かもしれないものに、あかりも連れて行くわけにもいかなかったからだ。

 しかし、一応は浩之とあかりを帰したものの、坂下はあまり危機感は感じていなかった。

 十人ぐらいならば、本気で相手を殺す気でやれば、一人で相手をできると考えたのもあるが、そもそも、リーダーらしき少女には敵愾心を感じなかった。

 一番強いだろうマスクの少女に関しても、マスクを外した後は、おどおどしているだけで、何ら障害になるとは思えなかったのだ。

 しかし、別にそれを抜きにしても、さっさと家に帰ればいいものなのだが、坂下は、リーダーの少女の言葉に興味を持ったのだ。

 軽く食事と、ドリンクバーを頼むと、リーダーの少女が、坂下の方に向き直った。

「とりあえず、自己紹介しとこうかね。私はこのレディースチーム『魅狐』でヘッドをやってる、レイカってんだ。で、こいつが私の妹のラン」

 マスクを脱いだ少女、ランの頭を、リーダーの少女、レイカが、くしゃりとなでる。レイカの姿が特攻服でなければ、仲の良い姉妹にしか見えなかったろう。

「私は、好恵でいいよ。しかし、私はいつの間に、そんなに有名人になったのかねえ」

「しかたねーんじゃないの? ガキだって言われても、ケンカの強い弱いは、私らには重要なんだよ」

 くだけた口調だが、別に坂下は気にもならなかった。気風良く話すこのレイカとい少女のことが、坂下は嫌いではなかった。

「で、『マスカレイド』について詳しく聞きたいんだっけかな?」

「ああ、そうだよ」

 坂下は、レイカを気に入っただけで、ここまでついて来たわけではなかった。その、大仰な名前を持つものに、興味が沸いたからだ。

 坂下は、空手をケンカに使うのを全面的に良しとしているわけではないが、話を聞く限り、戦いの場であろうそれに、興味がわかないほど、自分の強弱に興味がないわけでもなかったのだ。

 もっとも、マスクの少女、ランの強さを見る限り、そこまで凄いものではなく、多分半分格闘技をかじった人間がケンカをしたくて集まっているだけなのだろう、とは思っていたのだが。

「んー、まあ、ケンカだな」

 レイカの言葉は、そんな坂下の予想とぴったり合ったようだった。

「ただ、スポンサーがいてねえ。許可なく戦うことができないんだよ」

「スポンサー、ねえ?」

 それだけを聞けば、普通の格闘大会と何も変わりがあるようには聞こえないのだ。

「で、スポンサーに晴れて認められると、マスクをかぶってから、指定の場所でタイマンってわけさ」

「マスク?」

「ああ、結局のところ、ケンカだろ? 後から恨みを買って大人数でリンチされかねないからね。必要最低限の防御策だってさ。ま、うちみたく、ちゃんとしたグループに所属してるやつらは、そんなこと気にする必要もないんだけどね」

「ふーん」

 簡単に説明されただけなので、坂下にはいまいち全容はつかめなかったが、スポンサーや、許可が必要なところから、それなりには選別しているように感じ取れた。

「ランも、やっとマスカ、『マスカレイド』の略だけどね、でデビューできるようになったんだけどさ、やっぱり、デビューできるなら、何か箔が欲しいじゃん。だから、とりあえずエクストリームに出場する選手を、一人狙ってみたんだけどね」

「返り討ち、ってわけか」

「それを言われるとねえ。私だって、ランがそう簡単に負けるとは思ってなかったんだけどね。マスカの上位のランキングの人間にゃ、そりゃ無理かなとも思うけど、たかが予選三位に負けるとは思ってなかったんだけどね」

 結局、浩之とは戦えなかったが、正直坂下の目から見て、ランに勝ち目はなかった。浩之が、相手が見知らぬ少女だからと手加減して負けることはあれども、実力で浩之が負ける要素はない。それだけの死闘を、浩之は戦い抜いて来たのだ。

 レイカの話に、坂下は、ひっかかるものを感じた。

「……上位のランキング?」

「ん? ああ、ランキングがあってね。上のやつらは、そりゃ強いんだよ。こいつら人間か、って感じでね」

 レイカの不用意な言葉は、坂下の闘争心をくすぐるには、十分な内容だった。

 人間じゃない、つまり、怪物。

 本物を知っている坂下であるからこそ、それは看過できない内容だった。

 

続く

 

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