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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(9)

 

「私も、舞踏会で何度か見たことあるだけなんだけどね」

 ああ、舞踏会というのは、マスカの試合みたいなもの、とレイカは軽く説明してくれた。

「上位の舞踏会は人気高くて、なかなか見られないんだよ。結局行けたのは三回しかないしな。でも、凄かったよ、ほんとに」

 マスクの少女(だった)、ランの強さは、素人に毛が生えたようなものだから、それと比較すれば、凄いというレベルは、果たしていかほどのものか……

 と、坂下は、ここで一つ、いい例が近くにあるのを思い出した

「参考なまでに聞くんだけど、私よりも?」

 十分に手加減してやった、というのは伏せておく。今は、ほめられたいのではなく、その上位が、本当に強い格闘家なのかを知りたいのだ。

「え、うーん、悪いけど、ヨシエよりも凄いかな。いや、あんたが弱いって言ってるんじゃないよ」

「わかってるよ」

 聞きたかったのは、それぐらいなものだ。手加減しているとは言え、それでも自分より強いというのは、興味を惹かれた。何より、素人同然のレイカから言わせても実力に差があると思わせる動きをしていたということだ。

「興味ある話だね」

「まさか、ケンカ売るのかい? やめときなよ、マスカレイドは、そりゃつながりは弱いけど、外の敵に対しては、容赦ないよ」

 若い荒くれ者を集めての、ケンカのような試合を続ければ、当然恨み辛みは増えていく。スポーツマンシップなど気取らなくていいのなら、武器を持って多人数で囲んでしまうのが、一番いいのだ。

「人数集めて、リンチしようとしたやつもいたけどね、全部つぶされたよ」

「へえ、そんなに強いのかい?」

 少数で多数に当たるのは、兵法では愚かとされている。もちろん、これが百の単位になればそうは思うが、坂下なら、万全の体勢なら、素人の十人は怖くない。

 しかし、言ったように、愚かな行為だ。坂下は、今までの経験と、そして、何物にも代え難い、坂下から言うと、耐え難い話ではあるが、やはり、代え難い、怪物を知っている、という結果が、複数人数を怖がらせたりしない。

 しかし、一般的に見て、十人以上いるような相手を、素手で、いや、別に素手でなくてもいいのだが、一人で戦おうというのは、無謀を通り越しているように思える。

「別に、一人でやったってわけじゃないよ。ランキングの上位を狙ったらしいんだけど、同じ上位が、近くに二人いてね。三十人は集めたらしいけど、返り討ちさ」

「三人で、三十人ね……」

 最低、一人十人は相手をしているということだ。いや、そういう単純計算でもないだろうが、少なくとも、複数人数を怖れる要因はない、ということか。

「だいたい、そうじゃなくても、マスカの選手に故意に手を出すと、例えそこでやれても、後から、マスカレイドの選手が大人数で来るからね、割に合わないよ」

「なるほど。それが抑止力になるってわけか」

「いまいち難しい言葉はわかんないけど、マスカレイドの選手にケンカを売ろうってバカは、そうそういないよ。ま、尋常なタイマンなら、誰も文句は言わないけどね」

 しかし、おそらくはケンカ自慢が集まっているのだろうが、それだけ一方的に利益を得ると、むしろ勘違いしたバカが出てきそうなものなのだが。

 そこを坂下が聞くと、レイカは軽く答えてくれた。

「そりゃ、当然だよ。だから、ケンカを売ったらいけないことになってるし、こっちから挑発することも禁じられてる。やぶったら、即退会だ。マスカの選手って言えば、ここらじゃでっかいステイタスだからね。ケンカ売る人間もあんまりいないし、ケンカを売ることもできないから、安全なもんさ」

「へえ……」

 坂下は、それで少しマスカレイドというバカ騒ぎを、見直した。

 最初は、ヤクザか何かが、素人を相手にしている見せ物か、と思ったのだ。何より、どう言ったところで違法であるし、そんなものが普通の商売として成り立つとは思えない。

 人気があって行けない、ということは、チケットみたいなものがあるということになり、当然、それはお金で取引きされ、利潤が生まれる。それを食い物にする非合法な集団があってしかるべき話だ。

 だが、その目的はともかく、このマスカレイドに、全ての抑止力が働いているのは、簡単に話を聞いただけで理解できた。

 ランキングの下の人間はわからないが、上位の人間は、なるほど、遊びでは済まされないぐらい強いのだろう。

 一人で十人を相手取るなど、やれるだろう坂下が言うのも何だが、正気の沙汰ではない。それをやれる人間は、一般、不良も含めて、とはかけ離れているはずだ。

 そんな強い人間が、ケンカをしたら、または、こちらから手を出さずとも、売られたら、どうなるだろうか?

 坂下のように、ちゃんと手加減できる人間ばかりではなかろうし、手加減しない人間も、当然不良なのだから多かろう。

 怪我人までなら、よくはないが、まだいい。しかし、一つ間違えば、死人が出ても、まったくおかしくないのだ。

 強い者だけが打ち合えば、極度に危険は増えるだろう。しかし、そこは強い者同士、そう簡単にはやられたりしない。そして、そこにちゃんとした救護班を置いておけば……

「ねえ、怪我したらどうするんだい?」

「ああ、ちゃんとナース服着た救護班がいるよ。あのセンスだけは、どうしても好きになれないけどね」

 ……ナース服はともかく、ちゃんと救護班を用意しているわけだ。では、やはり死人や、酷い怪我人はかなり減るだろう。

 そして、何よりも、ランキングというわかりやすい上下をつけることにより、勝った人間に、より多くの快感を与える。不良でケンカが強ければ、自己顕示欲は高いだろうし、それを大勢の人間に理解されるというのは、気持ちいいものだろう。

 負けた者は、それ以上にストレスになるかもしれないが、マスカレイドの選手というだけでも、ステイタスとしては大きそうだ。その分差し引きゼロになれば、敗者、つまり弱い人間には十分ということか。

 何より、そうやって強い人間と戦い、勝って来た者は、こんなちんけな場所では収まりたくないと思い出すだろう。勝つためにも、才能だけではどうしようもないから、血と汗のにじむような練習を繰り返すだろう。

 そこまでくれば、一体、何人の人間が、不良などという社会から見ればはみ出したような場所にいようと思うだろうか?

 くしくも、世は格闘ブーム。テレビで放送される、スポットライトを浴びるような選手に、あこがれはしないだろうか?

 言ってしまえば、素人の中にいると危険な、強い人間を、効率良くそっちの世界に送り込む機能が、それにはある。

 ……ま、それは結局生まれた、単なる偶然なのかもしれないけどね。

 坂下は、そういう考えに至った結果、それにますます興味が沸いて来た。不良同士の抗争、という図式さえなければ、ごくごくまっとうな、異種格闘技戦とさえ思えた。

 だから、駄目もとで、レイカに向かって、頼んでみたのだ。

「ねえ、その舞踏会、私も見られない?」

 

続く

 

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