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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(10)

 

 綾香は、繁華街を、一人で歩いていた。

 目的地はない。少なくとも、誰かを血祭りにあげよう、などと思って歩いている訳でもなかった。

 一人でウィンドウショッピングをしてみたり、軽くゲーセンに入ってみたりと、ただだらだらと時間をつぶしていた。

 ちょっとゲーセンで某連打系のパンチングマジーンのラ王を五度ほど倒したが、もちろん、それは遊びの範囲でだ。

 うん、だいぶ落ち着いてきた。

 身体の奥のうずきは消えていないものの、かなり落ち着いて来ていた。

 戦いの欲求は収まることはなかったが、綾香だって、無法者ではない。いきなり修治を襲いに行くなどという選択肢は取らなかった。

 結局、少しでも気が晴れるのでは、と街を一人で歩くことにしたのだ。

 友達の多い綾香としては、セバスチャンから逃げているときでもない限り、一人で街を歩くことは少なかったりするのだが、今は友達と遊ぶ気にはならなかったのだ。セリカさえ連れて来ていない。

 綾香が一人で歩いていれば、近づいてくるナンパをしようとする男には事欠かないが、完全無視だ。いつもと同じなのだが、今日は徹底している。

「ねえ、君、一人〜?」

 また、三人組の男が声をかけてくる。

 綾香は、まるで聞こえないようにそちらに視線を向けることもなく、通り過ぎる。

「つれないねえ、ねえ、こっち向いてよ」

 綾香の肩に手を伸ばすが、その手は空を切った。綾香が素早く動いたようにも見えなかったので、狐につままれたような顔をしている。

 綾香はその間に、人混みの中に消えた。綾香の歩法を使えば、人混みの中を素早く動くことなど、大した苦労ではなかった。

 うまく逃げれたみたいね。

 すでにナンパしていた男達からだいぶ離れてから、綾香は一息ついていた。

 別に、男達が怖い訳ではない。あんなひ弱な人間、例え十人だって怖くない。十秒で倒しきる自信がある。

 しかし、だからこそ、危ない。

 今の綾香は、本当に危険なのだ。本当にやりたいことを、ごまかしているに過ぎない。ここで、少しでもその気になれば、一瞬であの男達は血を吐いて倒れていたろう。

 手加減ぐらいはできるけど、そういう問題でもないわよねえ。

 死なない手加減であり、怪我までの保証はしない。今の綾香はそういう気分なのだ。だから、逃げたのはあの男達のためと言える。

 そんなに危ないのなら、街を歩くこと自体に問題があるのではないかと思うのだが、それぐらいの無茶を平気するあたりが、綾香らしいと言えば綾香らしい。

「うーん、でも、ストレスたまるわ、これ」

 綾香は、猫のように大きく背伸びをする。まわりの男の目が、綾香に集中する。動き一つが、躍動的で艶めかしい。

「やっぱ、セバスチャンでも襲うべきだったかな?」

 それが一番正しい選択肢のような気もした。セバスチャンなら、綾香と対等に戦えるし、よしんば怪我をしたとしても、酷い話ではあるが、問題ない。

 まあ、セバスチャンの場合、本気で戦ってくれないのが問題であるのだが……

 ふと、綾香は歩みを止めた。

 そして、まわりをきょろきょろと見渡すと、また歩き始めた。さっきまでは、あてなくふらふらしていたのにも関わらず、まるで目的地を見つけたように、真っ直ぐ。

 綾香の歩みは速い。そして、すでにその綾香に声をかけようという、勇気のある男はいなかった。

 そして、綾香もそんなどうでもいいものには、目もくれなかった。

 繁華街を抜け、近くの公園に、綾香は入っていく。すでに、日は完全に落ちて、いやに明るい街灯の光だけが光源だ。

「それで、何のご用?」

 綾香は、ふわり、とスカートをなびかせながら、振り返った。人気のない場所までついてくろとは思っていなかった半面、期待していたところもあったのだ。

 そして、公園にまで入って来たのを感じて、綾香は確信していた。

 今の自分を満たすものを、こいつが持って来ると。

「初めまして、来栖川綾香さん」

 背の高い、赤みがかった色眼鏡をかけた男だった。

 綾香は、その男を、ゆっくりと品定めするように観察する。

 まず、手足が長い。そして、もうけっこう暑い季節だというのに、長袖で身体を隠しているが、鍛えた筋肉の盛り上がりまでを隠せている訳ではない。

 普通に立っている姿は、隙だらけのようにも見えるが、しかし、それが偽装であることを、綾香はあっさりと看破していた。

 表情は、軽薄そうだが、頭が悪い訳ではないようだった。むしろ、悪巧みのうまそうなタイプだ。

「どちら様でしょうか?」

 綾香の口調が穏やかなのは、力まかせに、身体からあふれ出しそうな獣性を押さえ込んでいるからだ。

 自分の名前を知っていたこの男のことを、不可思議に思うことはなかった。ここまで自分を追ってくるのだ。単に容姿に惹かれただけならば、綾香の放った殺気に怖じ気づいているはずだった。それもわからないような鈍感な男なら、まあ、ここで綾香にかまれても、自業自得というものだ。

「いや、それにしても……」

 その男は、名乗るつもりはないのか、綾香の姿をこちらもしげしげと見つめながら、口元に苦笑を浮かべる。

「凄い殺気だね。さすがに人気のない場所に向かってるのに気付いたときは、逃げたくなったよ。熊だってこんな殺気は出せないんじゃないかな。ハハハハ」

「あはははは」

 綾香も、男の言葉に律儀に笑っておいてから、スイッ、と目を細めた。

「笑い事じゃないわよ。あなたの身の安全がかかってるんだから、そこらはちゃんとした方がよかったんじゃない?」

「いや、おっしゃる通り」

 男は、ぽんっ、と手を胸の前で合わせると、にっこりと裏のありそうに笑った。

「綾香さんとお話するのは楽しいのですが、まずは名乗っておきましょうか。私は格子八積と言います。一部では、この色眼鏡から、赤目などと呼ばれているみたいですが、センスのないことですね。いや、そう呼びたいのなら、別に問題ありませんから、どうぞ」

「ふーん、で、その赤目さんが、私にどんな用事?」

 わざわざセンスがない、と言われた呼び方をしてから、綾香は軽く目を伏せた。

 ふい、と綾香は左足を前に一歩だし、左手を切った。

 たったそれだけ、それだけで、綾香の戦闘準備は完全に終わっていた。構えというにはささやかな動き、それで十分だった。

 色眼鏡の男、赤目は、慌てたように、両手をふる。

「いや、ちょっと待ってくださいよ。私が戦うわけじゃないんですから。まずは、こちらの話を聞いても、悪くはないと思いますよ」

 綾香は、その言葉に、ごく簡単に、答えた。

「お断りよ」

 

続く

 

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