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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(13)

 

 身長は、百八十にとどかないぐらいだろうか。体重は、下手をすれば七十を切るほどに絞られている。リーチは長いが、それをもてあましている感はない。

 距離を測りながら、同時に綾香は、相手の能力も測っていた。

 骨格は、むしろ細めで、ケンカの強い、ガタイのいい素人というわけではなさそうだ。

 最初の攻撃からもわかるように、十中八九は打撃系、しかも、試合ではお目にかかれない、トリッキーな動きをする。

 弱くない、いや、むしろ強いと言い切れるほどの動きができるだろう。喰らう相手としては、十分だ。

 自分がトリッキーな癖に、綾香の出方をはかっているのか、クログモは手を出して来ない。フェイントもかけずに、ただ距離を開けてゆっくりと動いているだけだ。

 それに、綾香は多少なりとも違和感を感じた。これはケンカであって、試合ではないのだ。試合では、それがルールに縛られれば縛られるほど、駆け引きや、ペース配分が重要になってくる。

 かなりルールの広いエクストリームでもそうなのだが、ケンカは違う。

 駆け引きはあるだろうが、少なくともペース配分などない。一対一の実戦では、だいたい一撃が入れば終わる。一撃でひるんだところを、追い打ちをかければいいのだから。倒れようが、場外に出ようが、それで止めてくれる審判はいないのだから。

 私と戦おうって言うのなら、事前に研究ぐらいしてきてると思うんだけど……

 綾香には相手の出方は読めないが、クログモには綾香の出方がある程度読めるはずだ。それを読まれても問題にならないほどの攻撃を出す自信が綾香にはあるが、それと相手が様子を見ている理由が、つながらない。

 試合を止める審判も、倒れたときに守ってくれるルールも、ここにはないが、反対に、攻撃しないからと言って減点されることもない。攻撃しないのなら、何分だって、何十分だってそのままだ。

 じりっ、と綾香が距離をつめると、クログモはその分だけ距離を取る。まるで、攻撃する意志がないと言わんばかりだ。

 これぐらいでじらされる私じゃないけど……

 街灯の光が、綾香を後ろから照らす。多少なりとも、相手には逆行になって見づらいだろう。無意識でも、綾香の身体は有利な方に動くのだ。

 そして、綾香の歩は、ぴたりと止まった。

 しかし、それは襲いタイミングだった。綾香ともあろうものが、ここまで気付かなかったのは、仕方ないとも言えるのだが。

 しかし、綾香の中に、警報が鳴ったのだ。この、公園という場所で、今いる場所が、どういう意味があるかを考えても、しかし、普通の人間なら、危ないとさえ思わなかったろう。

 ふいに、クログモ素早く動き、木の陰にその身を隠す。

 それは、手品でも見ているかのようだった。大して太くもない木の幹は、クログモの身体を完全に隠すには足りていないはずなのに、右から木の陰に入ったクログモの身体は、左には出ては来ずに、消えたのだ。

「っ!?」

 綾香は、反射的に、身をかがめていた。

 ビュオンッ!!

 クログモの、上からの身体ごと落ちてくるような踵落としが、空を切り、そのまま、ガッ、と鈍い音をたてて木の幹に当たる。

 いや、ような、ではなく、本気でクログモの身体は、上から降って来たのだ。木を支点にして、体重を一気に回転力に変えて繰り出された、踵落とし、ではなく、胴体回し蹴りだ。

 上からと言うより、後ろからと言った方が正しいほどに、その打点は高かった。高すぎた。綾香でさえ、その打点で打撃を繰り出すことはできない。

 木をつかみ、そこを支点としたのは嘘ではない、ただ、それは二メートルも上だったのだ。

 木の影に入り込みながら、隠れるように木に登り、上からの一撃を繰り出す。よく出来ている、まさか、上から来るとは、綾香も予測していなかった。

 というより、それは、不可能ではないだろうが、しかし、実際にやるとなると、無茶にもほどがある動きだった。

 綾香も、消えた以上、上か下、またはそこにいると判断して、逃げる必要のある上だけを警戒したのだ。消去法であり、本気でそれに気付いた訳ではない。

 思考力の回転の速さに助けられたが、危ないところだった。

 ここは、遮蔽物が多すぎた。一番最初のリーチをかせぐ動きから、まわりにあるものを使う、というのはわかっていたはずなのに、綾香としてはうかつな話だった。

 少しだけ早く、それに気付いた分、避けることはできたが……

 どういう身体の構造をしているのか、腕を後ろに向けて、背中ごしに木の幹につかまっているというのに、クログモは何ら辛い様子を見せていない。

 そのために、格闘家にしては絞っていたわけか。

 脂肪は、重しではあるが、操れる体重は威力につながるし、相手の攻撃の威力を分散させてくれる。スピードのために、削るのは当然としても、完全に削るのは、あまり良いとはされていない。

 改めて見ると、その筋肉は、格闘家というよりも、体操の選手のようだった。

 しかし、元来身体が小さく、体重の軽い者がなる体操と違い、この男にはリーチも上背もある。

 かなり無茶をしてきたみたいね。

 合わないものを、無理矢理身体に詰め込んだ、そんな印象がある。しかし、そのリーチと、体操選手のような身のこなしは、両方がそろえばかなりの驚異となるだろう。

 これで、素人ってんだから。

 綾香は、クログモが捉まっている木の下に走り込む。その動きを見て、クログモは、木を蹴りつけると、その長い身体を、上に引き上げた。

 上にいるのなら、着地を狙うのが、一番の得策。しかし、こんな戦いを見せる人間が、そんなお粗末なことをするわけがない。

 木の幹に隠れるようにして降りれば、所詮攻撃できる隙などほとんどない。

 それよりも、綾香は綾香らしい手を使う。

 なるほど、木の幹に隠れるようにして、木に登るという芸当は、永遠にできないとは言わないが、少なくとも練習をしないと綾香でも無理だ。

 木に登った場所から出される打撃の打点は、高すぎる。それは、綾香でも出すことはできない。

 しかし。

 綾香は、迷うことなく勢いを殺さずに、木の幹に足をかけ、蹴った。そして、二歩、三歩。

 ワイヤーでもついているのでは、と思える動きで、綾香は木を走り登った。

 綾香がそれよりも高い打点で攻撃できないのは、自力でジャンプした場合だけだ。壁や木の幹を使うのなら、もっと高くまで、その翼は届く。

 そして、そのまま宙で回転しながら、木の上にいるクログモに向けて、蹴りを放つ。

 常軌を逸した、サマーソルトキック。

 クログモは、その隠された顔を驚かせながらも、素早く動いた。

 ドガシィッ!!

 綾香の大きいとは言えない身体の一撃が、クログモの長い身体を、上にはじき飛ばした。

 

続く

 

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