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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(14)

 

「見せてって言われてもなあ、私らも、そう気軽に見られるもんじゃないんだよ」

 坂下のぶしつけな願いに、レイカは苦笑しながら答えた。

「もっと下位の試合なら、けっこういつもやってるし、三十位以下はチケットいらないから、見ることはできるけど……ヨシエが満足できるとは思えないね」

 それは、元マスク少女のランの強さを見て言っているのかどうかはわからないが、坂下としても、そうだろうとは思っていた。

「ランだって、タイマンじゃ、女には負けたことないし、男にだってランキング二十八位の二メートルの巨漢に負けただけだよ。それをあっさりやっちまうヨシエが、凄いのはわかるけどね」

 そう言って、横に座るランの頭をぽんと叩く。

「ごめん、姉貴」

 負けたことにだろう、ランは小さな声で謝った。坂下は、ランのしゃべる声を初めてちゃんと聞いた気がするが、とても気弱そうな声だ。さきほどの、怒りをあらわにして坂下に蹴りかかって来た姿を、そこから想像するのは不可能だ。

「いいんだよ、ラン。あんたが悪いわけじゃない、ヨシエが強かっただけさ。今でも、あんたは、私らの誇りなんだよ、ちゃんと胸を張ってなよ」

 へえ……

 その、本当にいい姉としか思えないレイカの笑顔と、言葉は凝っていなくとも、心のこもった言葉に、坂下は感心していた。

 レディースなど、一般的に、不良、社会不適合者と言われそうな一団のはずなのに、しかし、そこにはちゃんと血が通っていて、今時ないぐらい、それは健全にも、微笑ましくも思えた。

 悪気なんてのはなくて、ただ、子供なだけなんだろう。

 素直に生きるのには、生き難い世の中だ。何かにつけ、曲げろと要求してくる世間に、それでも何かを曲げられなかった人間達が、こうやって集まったのだろう。

 それは、ここにいる誰の目にも、ランを責めようなどという気持ちがないだけでも十分わかる。

 ランは、しばらくレイカに頭をなでられるままになっている。その顔には、気落ちは取れるものの、くすぐったいような笑顔がある。

 レイカの手が頭からどくと、ランは、どこか純粋な目を、初めてはっきりと坂下に向けた。怒りに燃えた目よりも、こちらの目の方が、坂下をひるませる。

 何事かと坂下が思っていると、ランは、意を決したように、頭を下げた。

「ありがとう、ございました」

 体育会系で、その手の言葉には慣れている坂下にとっては、元気もないし、声も出ていなくて、他の部でなら、やり直しをさせられるようなか細い声ではあったが、気持ちは、坂下に十分伝わってきた。

 ただ……ねえ?

 何に対するお礼なのか、そんなことはむしろどうでもよくて、坂下としては、あまり居心地のよくない場面だった。何せ、坂下は男にはともかく、女にはけっこうもてたりするのだ。後輩のおっかけに近い女の子達と、同じような目で見られるというのは、あまり気持ちのいいものではなかったりするのだが。

「こ、これに懲りず、ちゃんと練習していれば、もっと強くなれるよ」

 しかし、相手は、道は外れ気味とは言え、武術を志す同士のようなものだ。坂下も、一応はアドバイスらしいものをしてみる。

 多くは、教えるつもりはない。練習と言っても、ちゃんと理にかなった、しかも厳しい練習をすれば、という意味だ。闇雲に、または適当にやって強くなれるものではない。

「はい、がんばります」

 それは、かっこいいお姉様にあこがれる後輩、というよりは、強い人間にあこがれる少年のようであったから、まだ救いはあると言えるのかもしれない。

 しかし、坂下は、別の意味で、少し居心地が悪くなってきた。

 その、純粋な視線は、坂下に、葵を思い出させるのだ。いつの間にか強くなって、一度とは言え、自分を負かした、大切な後輩のことを。

 葵に負けたことは、やはり坂下にとっては、大きなトラウマだ。もちろん、それがいつも表面に出ているわけではないが、むしろ、本人ではなく、こういう似た人間こそ、それを思い出させる。

 もう、完全に超えられただろうか?

 それとも、まだ、私の方が強いだろうか?

 実力が近いならなおさら、一回や二回で勝負がつくとは思っていない。真剣勝負とは言え、試合や練習なら、何度でも戦うのだ。当然、勝ったり負けたりする。

 坂下と葵なら、坂下が勝つ方が確率的に言えば、断然多い。

 しかし、次もそうだろうか? いや、今は?

 レベルの高い試合を超えて、弱点である経験不足を、かなり補えたはずだ。それでも、まだ自分の方が強いだろうか?

 ふん……ガキとは、よく言ったもんだわ。

 誰がガキかと言われれば、坂下こそが、本当のガキだ。勝った負けた、強い弱いに一喜一憂して、大切な青春の時間を浪費している。

 そして、それをわかってなお、そこから外れようなどと、つゆも思えない。

 坂下は、戦いの痛さを、練習の厳しさを、そして勝つことの難しさを、何より、負けることを、誰よりもよく理解している。そして、それと同時に、勝つことの喜びを、やり抜くことの快感を、そして、戦うことの熱さを、芯から理解して、それに陶酔している。

 だから、まだ、私は強くある。いつか、葵が私を完全に超えたとしても、それでも、脚にしがみついてだって、その地点に到達してやる。

 自分の、大したことのない夢に比べれば、それは、不可能ではないはずだ。

 坂下の、低くも、情けない夢。それは……

「上位ランキングになると、試合が少なくなるからね。でも、丁度いいと言えば、丁度いいよ。ほんと、ついてるね、ヨシエは」

 レイカの言葉で、坂下は我に返った。

「ん? 話聞いてる?」

「ああ、聞いてるよ。運がいいってことは、見られる可能性があるってわけだ」

「見られるっていうかね」

 ふふん、とレイカは意地の悪い笑顔を作る。坂下は、悪気はないのだが、誰かに比べると、意地の悪さが全然なっていないな、などと思った。

「今月はファン感謝祭でね、とっておきのプロモーションビデオが配布されるんだよ。しかも、今日、撮れたてらしいよ。仲間が、そろそろ帰ってくると思うんだけど」

 ファン感謝祭って何だ、とは思いながらも、坂下には、興味のわく話だった。

「パソコンで見られるんだけど、見てみる?」

「いいのかい?」

「なーに、ヨシエの頼みだ。特別だよ」

 自分の宝物を見せる子供のような顔をして、レイカが笑う。

 それから、三十分ほどしてだろうか、はっきりレディースとわかる格好をした少女が、手に不釣り合いなノートパソコンを手に、ファミレスに入ってくる。

 特攻服に、丸メガネ、とあまり合いそうにない出で立ちをした少女が、レイカ達の前にパソコンを置いて、電源を入れる。

「守備はどうだったい?」

「上々ですよ、リーダー。で、そこのパンピーが、ランをやったやつですか?」

 レイカが頷くと、その丸メガネの少女は、レイカよりもよほど意地が悪そうな、しかし、誰かさんよりはよほど平和的に、笑いながら名乗る。

「初めまして。あたいは、ゼロ。チームの情報班ってところかな」

「パソコンなんて使うんだ」

 ちなみに、坂下はパソコンはあまり詳しくない。

「もちよ、もち。今日び、パソコンの一つも使えないとね。世の中は情報の時代、ケンカ屋だってレディースだって、情報戦から戦いははじまってるっとね」

 と言いながら、慣れた手つきでパソコンを動かす。

「ほら、とっておきの野外舞踏会、見るんだろ?」

 見たことのないツールを使って、ゼロは画像を動かす。

 ザザッ、と画面が揺れ、画面に映し出されたのは、意外に鮮明な画像だった。

 その画面が映し出された瞬間、本能的に、坂下の中に、熱いものが、あふれ出した。

 

続く

 

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