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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(19)

 

 クログモは、自分が異質な格闘家であることを理解していた。

 いや、そもそも、クログモは格闘家でさえない。ベースはそれなりにしっかり作ったつもりではあるが、ケンカ屋の域からは、脱していない。

 どんな大会で、木や建物の立体を使って戦う選手を許してくれるだろうか?

 武器を使わない、というだけで、クログモの戦い方は、スポーツマンシップには、まったく乗っ取っていない。

 しかし、だからこそ、地の利がある場所ならば、何十人相手だって、互角以上に戦える自信があった。この、異質さは、それを可能にする。

 しかし、そのクログモの異質さを持ってしても。

 何だというのだろう、この、異質さは。

 クログモとはかけ離れた下の、地面の上で、その少女は、自分を見上げている。

 こう見えても、表現は古いかも知れないが硬派、と自負しているクログモでも、一瞬心を奪われるような、埒外の美少女。

 スカート姿のそれは、どう見ても、こんな暗がりの公園で、木の上を飛び回る異様な男と、正面から戦うようには見えない。

 クログモは、自分の身体を、その少女の視界から隠す。通常、視界から隠してしまえば、それはクログモにとってだけ有利になるのに、この少女相手では、こちらから相手が見えないという恐怖が付きまとう。

 目を離した次の瞬間には、同じ位置にいられても、おかしくない。そういう異質さ、というより、異常さを、その少女からは感じていた。

 落ち着け、大丈夫だ。

 まともに正面から戦えば、自分では長くはもたない。噂には聞いていたし、試合のビデオは見たが、見た、そして予測した、それ以上の強さだ。

 それでも、地面ではなく、高い位置に足がついているのなら、自分の方が有利だ。

 慣れ、という部分で、「空上」戦では、自分はあの異常な少女を、来栖川綾香を上回っている。それが証拠に、彼女は登って来ない。

 ずっと相手よりも上を取ってきたクログモだからわかるのだ。相手に上を取られることの不利と、相手の上を取ることの有利を。

 普通なら、懐に入られると不利なのだが、空を歩くクログモには、その懐がない。一方的に、近づいて、攻撃して、逃げることができる。

 クログモは、クログモなどというネーミングセンスの欠片もない通り名をつけられたが、しかし、本当にあこがれていたのは、いわゆるモンスターだ。

 RPGの敵のことではない、洋画のアクションホラーで出てくるような、影に隠れて忍び寄り、相手を喰らって、また姿を消す、そんなモンスターにあこがれたのだ。

 子供の頃の話だ。しかし、クログモは、実際に、そのために、身体を鍛えた。そして、それをできるまでになった。自分が名乗りをあげずに近づけば、並大抵の相手どころか、かなりの使い手だって、気付かれることなく倒せる。

 そのために、気配を消し、音もなく空を歩くのだ。

 この異常な少女であっても、それは同じのはずだ。

 しかし、すでにクログモは少女の視界に一度入っており、そこから、さらに気付かれないように近づくのは、さすがに無理だ。

 それでも、一瞬、ほんの少しの距離ならば。

 どんな使い手でも、相手が予測外の場所から出てこられれば、どうしても反応が遅れる。クログモは、長いリーチを持つが、それ以上に、隠れて動ける場所、それ全てが、クログモのリーチと言ってもいい。

 木をゆらし、たまに姿を見せながら、隠れながら近づける場所まで、相手を誘導する。

 そんなことが必要なのは、せいぜいマスカの上位ランキングの相手と戦ったときぐらいだが、それでも、クログモはそれを実行する。

 脚を伸ばせば、正確には、枝をつかんで、身体ごと伸ばせば、脚が届く位置まで、綾香はクログモによって誘導された。

 その瞬間、クログモは、綾香の視界から、消える。

 ガシイッ!

 綾香のガードの上に、クログモのドロップキックに似たキックが打ち込まれる。

 追撃など、クログモは狙っていなかった。綾香がダメージを殺すために、大きく後ろに飛んだのを見て、すぐに身体を木の上に持っていって、また姿を隠す。

 ザザッ、と地面につく音で、クログモは綾香のだいたいの位置を把握した。

 姿を隠せば、見えないのは綾香もクログモも同じなのだ。しかし、ガードごしの綾香と、ちゃんと目標を見ていたクログモでは、予測する精度に差が出る。しかも、クログモは隠れられる場所だけとは言え、自分でその場所を決められるのだ。

 ガードごしの感触に、クログモは、多少なりともダメージが綾香に当たっているのを理解できた。

 しかし、それでも、さすが、という言葉しか、思いつかない。

 クログモは、何度も隠れては出て見せたのだ。それまで隠れなかったのなら、隠れた瞬間に相手は警戒するだろうが、その警戒が解けるぐらいは、何度も見せたのだ。

 しかも、そこから、相手の斜め後ろにまわっての攻撃だ。普通なら、音もなくそんな位置にまでいけるものではない、と警戒さえしない方向からだった。

 それでも、綾香はガードをしたのだ。ダメージを殺すために、宙に浮くしかなかったとは言え、追撃できる余力はクログモにはなかったわけで、まるでそれを読まれたようで、正直、クログモとしてはあまり気持ちのいいものではなかった。

 ガードさえなければ、いや、その後に、ダメージを殺すために浮かれさえしなければ、さっきの一撃は、勝負を決めるには十分な威力だったはずだ。

 その確信がある以上、クログモも、腹をくくるしかなかった。

 持久戦しか、ない。

 変則のリーチを伸ばす方法にまで、カウンターを、しかも打撃に合わされたが、神出鬼没のヒットエンドランに関しては、カウンターなど取れるわけがない。

 高等技術には、それまでの下地が必ず必要になり、姿を隠しながら、全方向から攻撃できるこれは、下地を用意するのを許さない。

 反対に、いかにクログモと言え、ずっと上から攻撃することは難しい。地面に立っているのとは比較にならないほど、何かにつかまっての攻撃は疲労が激しいのだ。

 休憩しようにも、気配を殺すために、激しい息づかいはできない。だから、クログモはそれを克服るために鍛えてはいたが、この異常な少女と、根気勝負となると、勝てないかもしれない。

 しかし、どこから攻撃が来るのかわからない以上、相手はずっと気をはりつめていなければならず、その精神的疲労は、バカにならない。

 クログモの体力と、相手の精神力、どちらが上か、ということだ。

 リスクの高い戦法だが、それを決心させるほど、綾香の反応はずば抜けていたし、一歩間違えば、自分があっさり倒される可能性を、クログモは否定できなかったのだ。

 気配を消し、綾香がいると予測している。そして、事実いる場所に近づく。姿が見えなくとも、音や息づかいで、相手がどこにいるのかは大まかには予測できる。そして予測してしまえば、経験上、どうやって攻撃していいのか、クログモにはわかっていた。

 そして、狙いをさだめ、クログモは、身体を降下させた。

 一瞬で、クログモは相手との距離をつかみ、攻撃を修正……

 ビュンッ!

 出来ずに、クログモの腕は空を切った。

 

続く

 

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