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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(25)

 

 道場の中を、私は踊るように飛ぶ。

 いつも動かしていなかった箇所を動かして、いつもよりも疲労は溜まっているという自覚はあった。それでも、捉えられるとは思っていなかった。

 池田先輩の腕も脚も、自分には届かない。リーチとスピードで、自分は上回っているのだ。しかも、空手である以上、つかむなどの私にとって天敵である行為もできない。

 そして、私の蹴りを、池田先輩には避けさせない。受けられてもいい、しかし、確実に当てていく。そうすれば、ダメージは蓄積するし、その反動で、逃げることもできる。

「しゅっ!」

 口から強く息を吹き出しながら、私は飛ぶ。距離は十分、威力も乗せられている。

 私の飛び回し蹴りを、池田先輩が、一歩後ろに下がって避ける。

 受け続けていても、効果がないと判断したのだろう。飛ぶ私を捕まえるには、まず避けるしかない。

 しかし、それは私の予測範疇内だった。何より、私の飛び技は、来るとわかっていればモーションの大きい技なのだ。何の作戦もなしに、連打したりしない。

 私はあせらず身体をそのまま回転させながら床に足をつき、さらに、下に落ちる。

 回転の勢いを殺すことなく、そのまま使用した飛び回し蹴りからの地面スレスレの水面蹴り。高度差のあるコンビネーションだ。

 しかも、空手で水面蹴りなど使う人間がいるとも思えない。これは池田先輩にとっても、受け辛いはずだ。

 案の定、池田先輩は何とか後ろに下がって私の水面蹴りを避けるが、それはもう反撃のできる距離ではない。

 その隙に、私は体勢を整えて、後ろに飛ぶ。

 しかし、さすがと言えよう。さっきから、私が色々な技で攻めているというのに、池田先輩はクリーンヒットを避けている。さきほどの飛び回し蹴りからの水面蹴りも、けっっこうとっておきの技であったのにも関わらず、池田先輩を捉えることはできなかった。

 やはり、弱くはない。気を引き締めていかないと、これはこっちがやられるかも……

「池田……そろそろいいよ」

 私の思考を遮ったのは、そんなヨシエさんの声だった。

 何のことだ、と私は思いながら、しかし、池田先輩から、目を放すことができなかった。

 空気が、変わる。そう感じた。

「もう、ランに合わせてやらなくてもいいからさ」

「もっと早く言って欲しいね、まったく。このままやってたら、私でも危ないよ。この子、強いわ」

 そう言うが早いか、池田先輩は、自分の前で腕を十字に構えていた。

「カハァァァァァッ!」

 十字を開くと同時に、池田先輩の強烈な息吹が、鍛えられた腹筋から放たれる。物理的に力はないはずなのに、空気がピリピリと震える。

 手を抜いていた? そんな様子はなかったのだが、しかし、ヨシエさんと池田先輩の言葉を総合すると、今まで私の様子を見るために、実力を押さえていたように聞こえる。

「いくよ」

 私の思考を、池田先輩は一言で止め、あまりに不用意に私に向かって飛び込んできた。しかし、不用意ではあったものの、私はそれに一瞬対応が遅れた。声までかけられらにも関わらずだ。

 ドンッ

 池田先輩の、腰を溜めた下段突きを、私は受けて流すしかなかった。私は大きく、後ろに飛ぶ。池田先輩の方が、体格的には恵まれているのだ。飛ばされるのは仕方ない。

 しかし、池田先輩も、私を捕まえる気があるのなら、下段突きではなく、フック系にすべきだったのだ。私は、相手の打撃に逆らわない。何故なら、距離が取れた方が良いからだ。

 懐に入れたのに、その私をわざわざ吹き飛ばすなど、チャンスを殺しているようなものだ。しかも、さきほどの一撃では、私にはダメージなどほとんどない。

 打撃は強烈だが、クリーンヒットでもない限り、後には引きずらない。

 私がそこまで判断して後ろに下がったそのときだった。

 池田先輩が、また不用意に前に出てくる。今度は、一気に距離をつめるのではなく、いくらかゆっくりとした動きでだ。

 問題ない、十分逃げることができる。私は、そう判断して斜め後ろに移動を開始する。

 しかし、その判断が間違いだと思ったのは、その五秒後だった。

 いつの間にか、私は試合場の端まで追いつめられていた。雰囲気に押されて、自分が後ろに下がっていた自覚はあったが、こうも簡単に追いつめられるとは思っていなかった。

「ふっ!」

 しかし、だったら相手を吹き飛ばせばいいだけのこと。私は前蹴りで池田先輩を蹴り飛ばそうとする。

 それまで、受けると言ってもガードであった池田先輩は、いきなり私の前蹴りを受け流す。勢いを殺し切れず、私の身体が前に浮く。

 まずい!

 私は、とっさに足を浮かせていた。

 ズバンッ!

 と同時に、私の胴に池田先輩の横殴りの回し蹴りが入る。

 私の身体は、まるで羽でもついているように、軽々と跳ね飛ぶ。しかし、それは私がわざと足を浮かせたからだ。

 ダメージは、殺せた。横に動くだけでは逃げられなかったので、床に足がつくと同時に、前に飛ぶ。攻撃のためではない。池田先輩の横をすり抜けるためだ。

 だが、簡単には逃がしてくれない。

 ドガシッ!

 私のガードの上に、振り向きざまの池田先輩の正拳突きが入る。ガードしたとは言え、ガード越しに頭に強い衝撃が走る。

 二、三歩、私はたたらをふみながらも、何とか体勢を立て直して距離を開く。近づかれると、本当にまずい。

 が、すでにそのときには、池田先輩も私に向かって動いていた。

 このっ!

 私の放ったやぶれかぶれの回し蹴りに、何故か池田先輩は前進を止める。

 と思った次の瞬間には、冷静に私の回し蹴りが通り過ぎるのを待ってから、さらに私の内に飛び込んでくる。

 シュバッ!

 すれすれで池田先輩のストレートをかわしながら、私はころがるように逃げることしかできなかった。

 酷く、試合場が狭く感じる。私が動く場所が、ない。まるでカゴの中に捕らえられた虫のような気持ちになってくる。

 しかし、そこまで私を追いつめた池田先輩は、私にとどめを刺すでもなく、しかし、きっちりと残りの時間、私をずっと追いつめていた。

 まるで、なぶるように。

「やめっ!」

 人の静止の声に、これほどほっとしたのは、私の人生で初めてだった。

 

続く

 

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