作品選択に戻る

最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(26)

 

 いつになく、私の息はあがっていた。

 正直、倒されなかったのが奇跡と言ってもよかった。それほど、私は追いつめられていた。というより、もう負けていたと言っても嘘ではない。

 確かに、ケンカで負けたこともあったけど、ここまで技で一方的に押されたのは初めてだった。自分で言うのも何だが、私は昔から運動神経が良かった。真面目にやらなくても、運動で負けることなどなかった。

 身体が大きい相手になら、スピードで対抗する。それが私のやり方だったはずだ。しかし、池田先輩には、それすら通用しなかった。

 結局、私にできたのは、逃げ回ることだけだった。

 くやしい、正直、くやしい。

 体格がいい訳になるほどの差もない。しっかりと時間をかけて、差を見せつけられたのだ。口には出していないけど、勝てると思っていたのだ。

「沢地さん、凄い〜」

 しかし、息も切れ切れで立ち上がれない私に近づいてきた部員達の言葉は、私の予測とは違う言葉だった。

 私は、驚いて顔をあげる。

「池田先輩とあれだけ接戦するとはなあ」

「ほんと、凄いよね」

「坂下先輩が連れてきたんだから、ただ者じゃないと思ったけどな」

 どちらが強いのか、見ていればわかりそうなものなのだが、それすらわからなかったのだろうか?

「池田先輩、この部では坂下先輩の次に強いのよ。五分もやって倒せなかった相手なんて、ここだと坂下先輩と御木本先輩だけなんだから」

 そう田辺さんが教えてくれた。逃げ回っても、逃げ切れた部員はほとんどいないということだ。

「ほら、あんた達は組み手やってて」

 ぱんぱん、とヨシエさんが手を叩くと、「押忍〜」と気の抜けた返事をしながら部員達はぞろぞろと私のまわりから放れていく。

「先輩、私の相手は……」

「池田、田辺の相手してやって」

 田辺さんは露骨に嫌な顔をしながら、「押忍」と答える。確かに、組み手で自分よりも遙かに上の相手とずっと相手をするというのは、辛いかもしれない。

 部員達が皆組み手を始めた中で、私とヨシエさんだけ、道場の端の方に移動する。

「どうだった、池田は?」

「……はい。強かったです」

 その一言しか言えなかった。どう強いのか、どうすれば自分が勝てるのか、考えつかない。戦っている間は頭に血が上って冷静な判断ができないことはよくあることだが、池田先輩に対しては、冷静に考えても、何が悪かったのか、池田先輩の何が強いのか、まったくわからなかった。

「最初の方は、それでも押してたみたいだけど」

「はい……スピードと距離で、戦えると思っていました」

 距離を取るだけで勝てるのなら、リーチの長さが強い者が絶対的に強い。そういう単純なものではないことはわかっている。しかし、私の戦い方は、私の距離を取れる戦い方を一番有効に使える技だ。あれ以上の距離を取る戦い方は、マスカの上位ランキング、クログモぐらいしかできないはずだ。

 あんな無茶苦茶な動きはできない。それに、もしできたとしても、こんな道場の中では、クログモのような戦い方を有効活用できるとは思えない。

「……あ」

 そうか、この道場は、クログモのような、そして私ような、トリッキー系には、あまり有利な場所ではないのだ。

 距離は十分だと思っていたのだが、考えてみれば、この数メートル四方の距離など、強い者にとっては大した距離ではない。

 ましてや、その距離でずっと戦ってきただろう池田先輩にとってみれば、自分の有利な条件で戦っていると言ってもいい。

 私の技は、あまり遮蔽物があるのも困るが、狭い、しかも見通しのいい場所では、確かに十分な威力を発揮できない。

「場所の問題、ですか?」

「まあ、それもないとは言わないけどね」

 ヨシエさんは、首を横に振る。それは、ヨシエさんが欲しかった答えではなかったようだった。

「うーん、どう言ったらいいのか……」

 ヨシエさんは、少しためらいながら、口を開く。

「ラン……あんたのこと、弱いとは思わないよ」

「……はい」

 しかし、その言葉で、言いたいことはほとんどわかった気がした。

 ヨシエさんは、私がやはり弱いと思っているのだ。それは間違っていない。というより、ここまでヨシエさんにも池田先輩にもやられたのだ。これでも強いなんて、自負があっても言えない。

「でも、正直、素足のランには、怖さはないんだよ」

「素足の……私ですか?」

 これは、正直私の頭にはなかった。いや、条件として、ブーツをはいていないことで威力が弱まっているというのはわかっていた。しかし、それで怖くない、と言われるとは思わなかったのだ。

 威力が落ちても、人を一人打倒するには十分な威力を持っている。それは、確かのはずなのだ。腕の三倍と言われる脚の力で打つキックは、入れば簡単に相手を倒せるはずだ。

「私のキックには、十分、威力はあると思います」

 だから、私は素直に言い返した。反骨精神とかではない。本心から、そうだと思っていたから言うのだ。

「うん、威力はあると思うよ。でも、それは怖いとは思えないんだよ。……あんまり、自信を喪失させるのもどうかと思うけど、はっきり言うよ。あんた、ブーツの強さに、頼ってるよ」

「え?」

「相手を倒したいんなら、武器でも銃でも持ってくればいいし、人を集めて囲めばいい」

 ヨシエさんは、そう言いながら、手を前に突き出し、力一杯握り込む。ミキミキ、と音が聞こえそうな握り方だった。

 それだけで、その拳は凶器と化していた。見ているだけで、痛そうな武器だ。もう、その拳は素手とはとても言えない。

「脚しか使わないのも、有利とは言えないけど、もっと大きな問題は、そこじゃない。あんた、ただ勝ちたいんじゃないんだろう?」

「……はい」

「だったら、自分の脚に、矜持がないとね。ブーツに頼ってるようじゃあ、池田ぐらいの選手になると、倒せないよ」

「そんなことは、ないです」

 そんなことはないと思う。例えそれが何であれ、倒れる威力を込められれば、人間は倒れる。頭の悪い私にだって、それはわかる。

 しかし、ヨシエさんは、それをあっさりと否定した。

「いーや、あんたも、まがりなりにも格闘家なら、わかってるはずだよ。心なくして、相手は倒せない。それとも、ただ痛いだけで、あんたは倒れるってのかい?」

「……」

 倒れない。私は、それでは倒れない。だから、今までケンカで勝って来たのだ。例え倒れそうなダメージを受けても、そこから立ち上がる。

「私がランに教えられるのは、唯一にして、最大の効果がでること。私が、その身体に、魂を、教えてあげるよ」

 凄く青臭いことを言っていると、正直思う。

 でも、そんなヨシエさんを、私は素直にかっこいいと思った。

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む