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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(31)

 

「また明日ね〜」

「ん〜、また〜」

 綾香は、寺女の同級生達に手をふって別れた。

 見た目は、どこにもいると言うにはあまりにも綺麗だったが、それでも、変哲のない女子高生。その少女の瞳が、見る見る間に、まるで獲物を目の前にした獣のように変化していく光景は、いっそ壮観だった。

 言わずもがな、かわいい外見に、悪魔の力を持った来栖川綾香だ。

 昨日の少しばかり楽しかった野外戦を終えても、綾香の身体には痛み一つ残っていなかった。一応、少しはダメージを当てられたが、その程度は一日寝れば十分治る。

「さあて……それで、結局、昨日のは何?」

 唐突に、綾香は後ろを振り返った。つけられているのはわかっていた。むしろ、友達に見とがめられるのでは、と思うほど下手な尾行だ。

 赤いメガネをかけた男、赤目には、多分隠れる気さえなかったということか。

「やあ、来栖川綾香さん。昨日ぶりですね」

 作ったようなにこやか顔で、赤目は綾香に話しかけた。綾香の言った言葉の答えではなかったので、綾香は顔をしかめる。

「何、説明する気がないんなら、そのまま私の前に姿を現さない方がよかったんじゃないの? せっかく、昨日は見逃しいあげたんだから」

 昨日のクログモは、けっこう楽しめる相手だった。だからというわけではないが、綾香はあの後、赤目を見逃したのだ。

 放っておけば、同じレベルか、それよりももっと強い人間を連れて来るという期待がなかったとは言わない。赤目のセリフの中に、七位、という言葉があったのを、綾香は聞き逃していなかった。

「いやいや、もちろんそんなつもりはないよ。私だって、自分の身はかわいいし、ケンカを売るためとは言え、直接私が戦えるわけでもないしね」

 不自然ににこにこしながら、綾香の機嫌を取ろうとしているのか、それとも神経を逆撫でしようとしているのか、判断しかねる。効果としては、完璧に後者なのだが。

「とりあえず、立ち話も何だし、喫茶店にでも入らないかい?」

「何、ナンパ?」

「スカウトと言って欲しいね。言ったように、私はコーディネーターだからね」

 赤目の主張を理解したくもなかったし、ここで殴り飛ばしてもいいのだが、綾香は、素直にここは従っておくことにした。

 当然、下心はある。赤目に対してでは当然なく、赤目が連れてくるであろう、強い格闘家とさえ呼べないかもしれない、ケンカ屋にだ。

 そういう意味では、赤目は実にいい方法を取った。一度味を覚えた獣は、罠があったとしても、そう簡単に獲物をあきらめたりできない。そこに罠があることを十分にわかっていたとしても、だ。

 もっとも、多少の罠で綾香をどうこう出来る訳がないのだが。餌がないとわかれば、暴走する可能性の方がよほど多い。

 綾香のことを、少なくとも飢えた獣のようであると判断しているふしがあるわりには、赤目は無防備だった。

 ま、多少警戒されたぐらい、私の敵じゃないけど。

 綾香の目は、赤目もなかなか強い格闘家なのでは、と判断していたが、ここでこれを見逃すだけで、もっと大きな獲物がかかる可能性を考えて、我慢した。

 何の変哲もない、大きな通りに面した喫茶店に、綾香は赤目に連れられて入った。

「コーヒー一つ。君もどうぞ、ここはおごるよ」

「特製ミックスジュースに、チョコモンブラン、春のスペシャルショートケーキ、ブルーベリーミルフィーユ一個ずつ」

「お客様、ケーキと飲み物でセットができますが」

「いりません。単品でお願いします」

 とりあえずケーキの高い方から頼んで、ついでにセットを拒否。これで二千円は超えた。まあ、赤目はお金は持っていそうなので、痛くもかゆくもなさそうだが、こういう大人げないところも、綾香の持ち味だ、と綾香自身は勝手に思っておくことにした。

「凄い食欲だねえ、太るんじゃないかい?」

「あいにく、これからちょっと運動するから、これぐらいは補給しておかないとね」

 その可能性は高いと思っていた。今のところ、様子を見るために生かしているが、用がないとわかれば、この赤目を、綾香はさっさと喰ってしまうつもりだった。

 そして、もし赤目が自分の希望をかなえてくれた場合は、もっと激しい運動が待っているはずだ。

「では、改めて自己紹介でもしようか」

「いらないわ」

「まあまあ、私の立ち位置ぐらいは知っておいて損はないと思うよ」

 綾香のはっきりとした拒絶を無視して、赤目は話し出した。

「私は、マスカレイドという一対一のストリートファイトをする団体で、コーディネーターをしている。まあ、プロデューサーと言い換えてもいい」

「ストリートファイト、ね」

 確かに、クログモの戦い方は、まっとうな試合では使えないものだ。しかし、ストリートで戦う以上、あの戦い方は、かなり強力と言える。

「それで、そんな犯罪集団が、私に何の用?」

「犯罪ってわけではないよ。いや、確かに許可は取っていないけれどね。一応、完全な一対一だし、刃物や銃器は禁止されている。れっきとした格闘大会と言ってもいいぐらいだ」

 許可を取っていないのだから、それはもう完璧な犯罪のはずなのだが。だいたい、道場で試合をするのとは根本的に違うのだ。安全に関する最低限のものさえ、ケンカにはないのだ。

「完全な一対一。武器は刃物と銃器、弓などの一部の飛び道具は禁止。禁止技は目つぶしのみ。試合の結果で起こる私怨を防ぐために、選手は全員マスクをつけて顔を隠し、さらにマスカの選手に手を出した者には制裁を。確かに犯罪っぽいことは認めるけれど、かなりまっとうなものだと自負しているよ」

「……」

 それのどこがまっとうなのか、さっぱり綾香にはわからないが、しかし、惹かれるものがあるのは確かだった。

「もう二年近く、この形態で試合をして、そろそろ上の人間はできあがったと個人的には思っていてね。それで、ここで一つイベントでも起こそうかなと考えたわけだ」

 赤目が饒舌になるのを、綾香は半眼で睨んで、出て来たケーキにフォークを入れた。

「前年度エクストリーム、高校の部チャンプ、来栖川綾香君、君に、ランキング上位の相手に挑戦して欲しいんだ」

 綾香は、ケーキを一つたいらげてから、口元をふいて、はっきり言ってやった。

「あんた、間違っているわ」

「え?」

「私を、誰だと思っているのよ。私は、来栖川綾香よ。そんな名前も知らないような犯罪者予備軍に、挑戦? 笑わせるんじゃないわよ」

 綾香は、にいっ、と笑って、二個目のケーキにフォークをつきたてた。ただフォークが刺さっただけで、そのケーキは、まるで上から押しつぶされたように、はじける。

「挑戦するのは、そっちでしょ。チャンピオンは私、あなた達は、挑戦者。決まってるじゃない」

 

続く

 

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