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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(34)

 

 小さな路地の、奥の奥。

 そこには、異様な興奮と熱気で包まれる前の、何かを期待する若者達の声であふれていた。

 路地の奥まったところに何故かある、少し開けた空き地。そこが、今回の舞台だ。

 路地の前には、屈強な男達が、入場券を持つ者だけを、奥に通す。

 若者達は、皆統一性がない。十位以内のランキングの対戦ならば、ネットオークションで十万はくだらない額がつく入場券は、一体どうやって手に入れているのか、まったくと言っていいほど、市場には出ない。

 路地の入り口とは反対側に置かれた小さなプレハブの中で、綾香は出番を待っていた。

 三畳ほどの、窓のないプレハブだ。そのかわりに、窓のあるべき部分はマジックミラーになっており、外の様子は見える。

 異様、と言うのが、一番正しい状況だった。

 開けた空き地のほとんどを占めるのは、無骨な金網で囲まれた、試合場と言うのもおこがましいような、ごちゃごちゃと土管や鉄筋の置かれた、コンクリートの地面。

 そしてその金網を囲むように作られた、狭い観客席。立っていることしかできない間を、五段重ねにして、安全の面はまったく考えていないようにしか見えない。

 そこも、すでに観客であふれかえったいた。

 ったく、どいつもこいつも、暇なのねえ。

 まるで狭い牢獄のような控え室の中で、綾香はため息をついた。

 もちろん、見せ物になるのを、綾香は嫌っているわけではない。有意義な戦いができるからと思って、ここにいるだけだ。それは、エクストリームと何も変わらない。

 変わるとすれば、観客の質、だろうか?

 客達は、どう見ても、エクストリームを見る何倍も、真剣に試合を見たいと思っているのでは、と思わせる。それほど、暴力を欲しているのは、見ているだけでわかる。

 金網の中、無骨な試合上で繰り広げられる、ルール無用のケンカ。そう思えば、この観客達の質も、別段不思議がることはない。

 しかし、一体どういう基準で客を選んでいるんだか。

 思い切り違法の臭いのするこんな形式の戦いなど、金持ちの道楽としか思っていなかった。しかし、客に統一性がなさ過ぎる。下は中学、上は高くとも三十ぐらいか。どう見ても、皆が金持ちとは思えない。

 私も、こんな危なそうなものに手を出さなくてもいいのにね。

 しかし、それは冗談でしかない。綾香は、手を出さずにはおれなかったのだ。

 それは、赤目には頭を下げさせ(というか土下座させた)、ファイトマネーも、一試合百万、勝ったら三百万を、とりあえず用意させた。

 だからと言って、もし赤目が頭も下げずに、さらにファイトマネーも払わなかったら。

 綾香は、独自にマスカレイドを調べ上げ、強い者を片っ端から血祭りにあげていたろう。綾香は仮にも、来栖川グループの会長の孫娘だ。そして、綾香自身、力の使い方は痛いほど良く心得ている。後ろにいるのが例え暴力団でも政治家でも、有無を言わさず、叩き潰す自信がある。

 自分の、楽しみのために、相手を叩き潰すのをいとわない。だいたい、相手もどう見てもまっとうではないのだ。叩き潰すのに、良心の呵責などない。これこそ、金持ちの道楽と言えよう。

 二つの控え室とは別に、もう一つ大きなプレハブから、赤目が姿を現した。それだけで、観客はワッと沸き上がる。

「長らくお待たせしました!」

 金網で囲まれた試合場に入り、中央に立つと、赤目は、マイクも拡声器も使わずに、浪々と語り出した。

 観客がどんなに騒いでも、声が届く。コーディネイターなどと本人は言っていたが、むしろアナウンサーに近い。

「さて、私たちマスカレイドは、ルールに囚われず、本当の強者のみを追求して参りました! 皆様は、その生き証人であられます! よって、今更それを語る必要はないのかも知れません! しか〜し!!」

 演技がかった口調も、綾香を前にしたときのような、嫌らしさがない。はきはきとして、耳に心地よい緊張を与える。そんな声だ。

「所詮は、街の奥でこそこそと行われる、仲間同士のつつき合い、そう言われても、返す言葉もないのは、確かです!」

 ブ〜ブ〜、と観客達から、赤目に向かってブーイングが起こる。観客達にとってみれば、このマスカレイドこそが正しい。だから、マスカレイドをバカにする者は、例え主催者側の人間であろうとも、許せない。

 自然な行為にも見えるが、赤目本人がそう誘導しているようにしか、綾香には見えなかった。

「ですから、私は考え、今回、大きな賭に出ることにしました!!」

 ギラッ、と赤目のトレードマークの赤いサングラスが、鈍く光ったように見えた。

「情報通の皆様の中には、すでにご承知の方もおられましょう! いえ、例え我らがマスカレイドに、大きく心を砕いてくださる方々でも、戦いが好きならば、聞かずに済ませられる名前ではありません!!」

 観客達も、それが誰であるのか、すでに知っている。だからこそ、押さえ切れない歓声があがる。日常外の、このマスカレイドをしても、比較にならない、ビックネーム。

「彼女を、このマスカレイドに参戦させたい。いや、彼女に、私たちマスカレイドは、挑戦したい!!」

 微妙なニュアンスだな、と綾香は眉間にしわを寄せた。

 自分の方が、はるかに上だと言い聞かせたつもりであったのに、これでは同等に聞こえてしまうではないか。

 綾香は、外の熱気とは裏腹に、まったく持って冷静だった。

 だから、まずは赤目のセリフを、一度だけではあるが、聞き流してやった。ここでは、綾香は外様なのだ。綾香がどう思おうと、観客達はマスカレイドの選手達を贔屓するだろう。

 まあ、それでもいい。一回目は、最後まで戦いを見せないように、カメラを壊したのは自分なのだ。

 一度見せてしまえば。

「井の中の蛙と言われないためには、たゆまぬ挑戦心で、前に出続けるしかありません! 彼女に挑戦するのは、まさに命がけ、選手達にとっては、人生を左右するような、大きなものとなりましょう! もしかすれば、マスカレイド自体が、傾くかも知れません!!」

 赤目本人すら、どう思っているのかはわからないが、その言葉が、まったく嘘ではなく、現実味を帯びた悪夢であることを、誰もが理解できるだろう。

 言葉も、それなりに多くのものを教えてくれるけれど。

 拳は、もっと直接的に、相手に理解を、たたき込む。

「しかし、それでも、後退のネジの外れたように、私たちは前に出ましょう!! 本物の強さに、今日ここで、立ち向かいましょう!!」

 赤目の言葉はよりいっそうヒートアップし、それに観客達は、引きずられるように爆発するように叩き付けられるように、声を張り上げる。

「紹介しましょう! 本物の強さの体現! 最強のぉ、格闘技のぉ、王女ーーー!!」

 バッ、と赤目の腕が、綾香のいるプレハブの方に向けられる。

「第一回、総合格闘大会エクストリーム、高校女子の部、チャンピオン、来栖川、綾香ぁ〜!!!」

 赤目の言葉と同時に、綾香を外界と遮断していた心許ないドアが、はじけ飛んだ。

 

続く

 

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