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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(35)

 

 やるなら、思い切り派手に。綾香の信条だ。

 はじけ飛ぶように宙を舞ったドアだったものは、そのまま綾香の狙い通り、キリキリと飛んで、金網の試合場の中に落ちた。

 それを確認して、綾香は蹴り上げていた脚を降ろした。

 と、あっけに取られる観客達を他所に、さっそうと試合場に向かって歩き出した。

 マスクなどない、素顔で、だ。

 数秒後、観客達は、思い出したように、歓声や口笛でその可憐過ぎる少女を迎えた。

「おいおい、あんなに小さいのかよ」「か、かわいいな、マジで」「あんなんでやれるのか? 今日は バリスタって聞いたぜ」「偽物ちゃう?」

 歓声にまじって、明らかに声をひそめる気のない、綾香に対するぶしつけな感想が聞こえる。普通はこの歓声だ、聞こえるとは思っていないのだろう。

 外見でどう見られたところで、綾香は痛くもかゆくもないが、しかし、なめられるのはあまり好きではない。

 まあ、なめられてしまうのも、多少綾香が原因なこともない。スパッツははいているとは言え、スカート姿で、しかも、つかみやすい普通の服だ。ファッション的にはいけていると思うが、組み技系の相手ならば、それだけでも不利になる格好。これから、本気のケンカをする格好ではない。それが、この微妙な評価を観客にさせているのだろう。

 しかし、言ったように、やるなら、思い切り派手にするのが綾香のやり方。

 自分の強さを見せるなど、綾香にとってみれば、造作もないことなのだ。

 試合場に向かう花道は、高い鉄柵で囲まれており、観客達が手を伸ばせるギリギリの間が開いている。だから、綾香をさわろうと、男も女も手を伸ばしている。

 しかし、綾香は身も知らない観客にさわらせてやるほどファンサービスはよくない。男ならなおさらだ。

 だから、綾香は鉄柵に脚をかけた。

 カンカン、と蹴ってみると、案外しっかりしている。興奮した観客相手を止めねばならないのだから、押しただけで動くようでは役にたたないだろうが。

 うん、十分。

 綾香は、最低限足場を確かめると、飛んだ。

「!!!!!!」

 観客達の歓声は、声にならなかった。あまりの綾香の動きに、手を伸ばしていた観客達も、ぼうっと上を行く綾香を見守るしかなかった。

 あまり広くない鉄柵の右を蹴り、飛ぶと、そのまま斜めに前進して、左の鉄柵を蹴る。そして、また斜めに前進して、右を蹴る。

 簡単に言えば、その連続だった。そして、綾香は高さ三メートル上を、悠々と飛びながら、観客達の手を逃れ、そのまま金網の上を通り越して、試合場に降りた。

「すげーっ!!」「いや、クログモとやったんだろ、あれぐらい……」「残念、スパッツはいてるじゃん」「そりゃ小さいんだからさ、身軽に決まってるって」

 へえ、これだけやっても、まだこれぐらいか……

 多少綾香の格好に期待していた馬鹿どもは置いておいて、観客達が求めるものが、あまりにも高いことに、綾香は多少驚いた。

 三角飛びの連続で鉄柵の上を飛ぶのを見せても、それぐらい、という声が多いのは、まったくもって無茶な話だ。

 しかし、綾香が倒したクログモなら、確かにそれぐらいはやってくるだろう。もっと大技だってできるかもしれない。

 それに、言っては何だが、身軽さだけでは、強さには直結しない。一つの有効な道具ではあるが、こんな身軽さは、むしろ強さの順位としては低いのではないだろうか?

 綾香は、試合場を見渡す。土管や鉄筋の転がる、決して平坦な試合場ではない。こんなところで投げでも喰らったら、それで一撃だろう。

 ふーん、じゃあ、これはどうかな。

 綾香は、一つの土管に目をつけた。何のつもりか、あまり上等ではない土管だ。これぐらいならば、綾香なら一撃で壊すことができる。

 デモンストレーションとしては、これぐらいで十分か。

 すっ、と綾香は腕をあげた。観客達は、綾香が何かするつもりだと思って、少しずつ静かになっていく。

 完全に歓声が静まったのを見て、綾香は、軽く構えた。

「ふっ」

 かすかな吐息と共に、綾香の拳が繰り出される。

 バゴンッ

 対して力を入れたとも思えない一撃で、土管を綾香の拳が打ち抜いた。それぐらいなら、もしかしたら観客は驚かないかもしれない。

 しかし、綾香の拳は、そこでは止まらなかった。

 一撃目の音とほとんど同時に、その打撃音は響いていた。何故なら、それは一撃だったからだ。

 土管のまず拳が当たった部分が砕け、そして突き抜け、さらに、その裏まで綾香の拳は貫いたのだ。

 可憐な少女の一撃が、土管を打ち抜いた。

 これには、観客達も声がないようだった。鍛えた空手家に、質の良くない土管なら、壊すことぐらいは珍しくもない。

 しかし、綾香の拳は裏まで打ち抜いたのに、土管は砕けていない。綾香の拳分、穴が空いているだけなのだ。

 綾香は、軽いステップで後ろにさがりながら、腕を抜く。そして、そのまま踊るように回転した。

 ド

 綾香の回転しながらの肘が、土管に当たる。

 ンッ!!

 土管の、穴の空いた半分を、綾香の肘の一撃は、削り取った。セメントが、まるで粘土かのように、削り取られる。

 ウレタンナックルや、エルボーガードこそつけているが、何か硬い素材が入っているわけではない。あくまで、皮膚を守る程度のものだ。

 そもそも、鉄パイプや金属バットを持っていたとしても、ここまで簡単に物を破壊できるわけはない。

 もう、綾香を揶揄する声も、訳知り顔で酷評する者もいなかった。

 綾香の身体で、身軽なのは無理ではない。しかし、武器を持つよりも明らかに強い破壊力を持つ身体は、完全に無理がある。

 大して硬くなかったとは言え、土管に細工がしてあったのだ、という者がいれば、今度は金網でもやぶってみようか、などと綾香は物騒なことを思っていた。

 しかし、観客達がそういうことを思うよりも早く、赤目の声があがる。いつの間にか、試合場の端に逃げている。確かに、今の綾香に近づくのは自殺行為なのだし、賢いと言える。

「対する我がマスカレイドは、この強敵に対して、最大の敬意を払い、挑戦権を、彼、に与えました!」

 誰が出てくるのか、観客達は知っているのだろう。ドウッ、と地響きのような歓声があがる。

「来栖川綾香に敗れたクログモに、順位こそ負けていますが、よもや彼を弱いとののしる者はいないでしょう!」

 そうか、クログモよりも順位が低いのか。綾香のテンションは、少し下がった。

 弱いことはないだろうが、しかし、あれほどの相手である可能性は、低い。そう思うと、せっかく強い者を求めてこんなバカに付き合う綾香にしてみれば、騙されたようなものだ。

「あまりにも巨大な矢、そう、彼は城をも落とす弩(いしゆみ)!!」

 赤目が張り上げた声を、観客の張り上げた歓声が消す。しかしそれにもさらに負けない声で、赤目は叫んだ。

「マスカレイド、第八位、バリスタ!!」

 ドゴンッ、と鈍い音がして、もう一つの控え席のドアが、飛んだ。

 

続く

 

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