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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(38)

 

「いくぞぉぉぉぉぉぉっ!!」

 何の意味があるのか、バリスタは咆える。

 と、同時に、バリスタは綾香に向かって腰を低くしてつっこんできた。何のフェイントもなく、真っ直ぐにだ。

 叫びながらなど、行くと宣言しているようなものだ。このバリスタ、頭がいいとはとても言えないだろう。

 しかし、それだけでも、十分な圧力がある。百九十を超える巨体だ。真っ正面からぶつかれば、質量という武器は、なめるべきではない。

 綾香も、試合開始早々無茶な攻撃はしない。カウンターというものは、相手のタイミングを読むからこそできるのだ。最初の最初からできるものではない。

 もちろん、綾香なら、できないわけではないが、自分の倍はある質量との衝突をしてまで、わざわざかけにくい技をかける必要も感じなかったので、横に避ける。

 綾香が左に避けると、バリスタはその巨体に似合わない敏捷さで、綾香を追尾する。

 こいつ、思った以上に、素早い。

 綾香も、一瞬あせったほどの切り返しの速さだった。速さもさることながら、綾香の動きに合わせた反応から見て、反射神経もいい。

 それでも、綾香のスピードの相手ではない。綾香は、バリスタのタックルというより、突進をひらりと軽やかにかわして、土管を隔てたところに飛んだ。

 観客から見れば、可憐な少女が、迫ってくる大男をひらりとかわしたようで、格好は良かったのだろうし、そもそも、綾香の動きは一つ取って見ても、華がある。

 一交差で沸き立つ観客を他所に、綾香は不満だった。

 いきなりカウンターは難しい相手だとは思った。しかし、避けるついでに軽くなら打撃を入れることはできるとふんでいたのだ。

 しかし、バリスタの突進の圧力に負けて、綾香は逃げることに専念してしまった。無理をしたところで、大したダメージは当てられないというのはわかっているので、冷静に考えれば何も悪いことのようには思えないが、気押されるというのは、綾香としては楽しくない。

 エクストリーム予選で綾香にケンカを売ってきた相撲を使う将子よりも、さっきのタックルにはプレッシャーがあったということだ。

 なかなか、やりそうじゃない、ほんと。

 不満ぎみな気持ちとは裏腹に、綾香は笑うと、ぺろりと唇をなめる。

 ヒュンヒュンッ、と綾香は軽く腕を振るうと、構えを取った。

 綾香には何の意図もない腕の動きだったが、しかし、バリスタは顔にも動きにも出さずに、驚嘆していた。

 綾香がその腕の振る姿の、様になること。

 自分を一撃ではじき飛ばしたことよりも、それの方が、よほどバリスタには綾香の強さを実感させたのだ。

 小手調べのタックルで捕まえられるような相手ではないことぐらいは、百も承知していたが、腕を振るだけで、ここまで華のある選手だとは思っていなかったのだ。

 確かに、綾香は綺麗だ。ここまでの美少女というのは、アイドルだってそういるものではないだろう。

 しかし、だからと言って、格闘技に何かしらのプラスになるものではない。プロならば、顔で売ってお金を稼ぐという手もないでもないが、それでも、最終的には実力で勝ち負けが決まる。

 勝負事というのは、顔だけでは、どうしようもない。

 そして、同じように、顔がいいからと言って華がある格闘家とは言えないのだ。

 その点、綾香には、間違いなく華があった。動きに、あまりにも華がありすぎる。顔の方がかすんでしまうほどだ。

 相手にとって、不足なし。綾香が聞けばお断りだと言われそうなことを考えながら、バリスタは土管を間に挟んで、綾香と対峙する。

 くきくきと身体を確かめるように動かしながら、綾香は言う。

「せっかく教えてくれたんだし、私も一度は教えておくわ。……いくわよ」

 綾香の身体が、ぶれた。

 否、観客には、ぶれたように見えた。その神速の動きに、バリスタの目がかろうじてついていっているのを、綾香は一人速度の違う世界で観察していた。

 しかし、それでも、バリスタは一瞬、綾香を視界から逃す。

 綾香は異常なスピードで右に動きながら、身体を土管の影に隠した。そして、そこから左に飛んで、土管の影から飛び出した。

 一瞬綾香の見逃していたバリスタの目が、すぐに綾香の動きを捉える。

 綾香の飛び回し蹴りを、がっちりとした腕で受けるべく、右腕を左手でささえながら、横に出す。

 しかし、バリスタのガードの上に、綾香の蹴りが落ちてくることはなかった。

 予測どころか、目視とさえ違う綾香の動きに、バリスタの目に驚愕の色が浮かぶ。

 綾香は、バリスタに蹴りが当たる前に、右脚で目の前にある土管を蹴って、横に飛ぶ。

 ボコッ、と綾香の急激な動きに耐えられなかった足場にした土管が崩れるが、そのときには、綾香は十分な推進力を得ていた。

 その力で横に飛び、積んであるちょっとやそっとでは動かないだろう鉄筋のたばに、蹴りを入れる。ガンッ、と音をたてて、綾香の身体は、再度バリスタに向かって飛んだ。

 変則の、三角飛び。

 障害物の多い場所は、綾香にとっては足場の宝庫だ。普通はできないだろう動きを、綾香ならその足場を使ってできる。

 三角飛びのスピードは、さっきの最初の動きに比べれば落ちる。しかし、人の頭というのは、一瞬の判断ができても、その一瞬の判断が長く続くというものに慣れていないのだ。

 いかにバリスタが反射神経があるとは言っても、三段、四段がまえの動きにまで対応できるか、と言われれば。

 バリスタは、大きな上体を、今度こそ恐るべきスピードでかがめ、綾香の三角蹴りを避けた。

 これにも、対応するの!?

 完全に空を切った綾香の身体は、宙にあったが、それに向かって、下から大きな手が素早く伸ばされる。バリスタは、避けるどころか、目標を無くし、スピードが落ちた綾香をつかもうとしたのだ。

 ガッ!

 鈍い音と共に、伸ばされたバリスタの手が、綾香の空中から腰をひねった肘に打ち落とされる。その勢いを利用して、綾香は、素早く地面に降りた。

 宙に身体がある状態でも、綾香は十分打撃を放てる。しかし、今は一刻も早く体勢を立て直すべきだ、と判断したのだ。

 空中の、身動きが取れない状態は、こいつ相手には危ない。

 障害物を確実に自分とバリスタの間に入れるようにしながら、綾香は地面をすべるように距離を取る。

 アクロバチックな綾香の動きに、観客の歓声が大きくなるが、所詮は当てられなければ、綾香にとっては意味などない。

 視界からの消去、からつないだ飛び技に、反射の連続。全部対応されるとはね。

 決してなめていたわけではないのだが、綾香はバリスタの凄さを、改めて感じていた。もちろん、バリスタも同じようなものだ。対応できたからと言って、綾香の行った技の数々が凄くないとは、とても言えない。

「小娘、なかなかやるな!!」

「誰が小娘よ」

 演出がかったバリスタの言葉を無視しながらも、綾香は小さくつぶやき、バリスタに、間違いない敵意の目を向けた。

「しかし、その程度で、このバリスタが驚くと思うな!!」

「避けるとき、驚いてたじゃない」

「ぬぐっ!」

 「やっぱ口げんかでは勝てないんじゃないのか?」「不利だよなあ、実際」「バカはバカなりに、力勝負しろって」と親切な観客が忠告する。

「だまれっ!!」

 それをバリスタは一喝し、余計に火に油を注いでいる。

「そんなのいいから、さっさと戦わないの?」

 綾香は肩をすくめた。観客は楽しいのだろうし、もしかしたらバリスタも楽しいのだろう、もちろんそんなことはないのだが、としても、綾香はさっぱり楽しくない。

「お主に言われずとも、わかっているわ!!」

「どうだか」

 どうもいまいち緊張を保てない状況に、綾香は肩をすくめた。

 

続く

 

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