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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(43)

 

「マスカランキング三十三位、ブラインド。ボクシングスタイルの、よくもまあランにとっては相性の悪い相手を選んだもんだって相手だよ」

 ペラペラと、聞かれたわけでもないのに、メガネをかけた異色のレディース、ゼロが坂下に説明をしてくれる。

「スタンダードなボクシングスタイルだけど、アウトボクサーで、リーチも長いし、ジャブも速い。ヒットエンドランを得意として、同じスタイルだと、ランの方がリーチは長いけど、全身で動かないといけない分、スタミナが問題だね」

 路地裏の試合場は、簡単な仕切りがしているだけで、選手と観客の間にほとんど垣根がない。だからこそ、良い場所を取ってもらえた坂下には、選手の姿が良く見えた。

 身の丈は、百八十ほど、かなり細身の男だ。拳は、厚くバンテージが巻いてある。服装は、動きやすそうではあるが、簡単に言えば今風であり、マスクも、目のまわりを覆う最低限のものしかつけていない。黒いそれは、確かに名前についているように、目隠しのようにも見える。

 素顔を見せるのは、多少危険ということもあり、ランなどは、けっこう大きく顔を覆うようなマスクをしているが、さて、この男は、ケンカに十分な自信があるのか、それともただ目立ちたいだけなのか……。

 いや、もっと簡単な答えはある。その方が視界がいいからだ。ブラインド、目隠しという名前とは裏腹に、男の目の部分はかなり大きく開いている。はっきり言って、マスクをつけている意味など、まったくない。

 しかし、マスクなどつけない方がいいに決まっている。布一枚では、防護にはならないし、何より視界を隠すのは、非常にまずい。

 その点、ランは無意味とも思えるほど、顔を隠していた。視界も、多少なりとも制限を受けているはずだ。

 ランが前につけていた白いマスクには、綺麗な蘭の絵が描かれていた。もとより、姉であるレイカと同じで、けっこう良いスタイルをしているので、道着のような白いズボンと、単なる白いシャツでも、十分に見栄えがした。

「このブラインドってやつは、とにもかくにも、トリッキー系を得意としててね。どんなに変則的な動きでも、距離が空いた状態で軽くつつかれて、すぐに逃げられたら、何もできないからね。ただ、武器は使ったことはないみたいだから、その点に関して言えば……」

「ゼロ、もういいって。ようは勝ちゃあいいんだろ?」

 説明を続けるゼロを、このチームのリーダー、レイカが止めた。

「ま、そうなんだけどね。でも、ただ勝つってのが、世の中ままならないもんだよ。だから、あたいのような情報を大切にするものが役にたつって訳さ。自分を知り、相手を知らば、百戦危うからずってね」

「その点についちゃあ、文句はないけど、戦うのはあたしらじゃなくて、ランだろ?」

「その点もばっちりさ。相手が分かった時点で、もう何度も何度もシミュレートさせたからね」

「だったら説明はいいだろ。命令だよ、ちょっと黙っとけ」

 レイカは苦笑して、ゼロの饒舌を止めた。ゼロは別に不満そうな顔もせずに、「命令なら、仕方ない」と言って、今度は横のチームの人間を捕まえて、何やら話し込み始めた。

「すまないねえ、ヨシエ。ゼロはこんなんだから」

「いいよ、私も、相手のことが少しはわかったし」

 まあ、坂下にしてみれば、準備運動を行っている対戦相手を見れば、ある程度は予測がつくレベルの話だ。ボクシングというのはすぐにわかった。これが空手をただ真面目に行ってきただけの人間と、幸か不幸か、色々な戦いを見て、経験してきた坂下との違いだ。

「それにしても……ラン、落ち着いているね。やっぱりヨシエが応援に来てくれたのは、いい方向に効いてるのかねえ」

 試合場で、軽く身体をほぐすランには、確かに気負いのようなものは感じられなかった。白一色に統一された服装に、桃色で描かれた蘭の花が映える。そうやって服装に目が行くのも、本人が落ち着いているからこそだ。

「ヨシエのところで特訓してたんだろ?」

「特訓……ああ、部活ね。ま、まだまだ結果が出るのはずっと先だろうけど、ちょっとずつは進歩しているよ」

 レイカは気軽に言っているのだろうが、練習を繰り返し、それが身になるには、普通驚くほど時間がかかる。

 まあ、こと期間というだけなら、坂下の近くには、藤田浩之という、例外も存在はしているが。

 あの綾香だって、少なくとも練習をサボっては強くなれないのだ。それは、普通地味なものが多い。いや、きつい練習ほど、地味なものなのだ。

 ランの特訓というか、練習は、まだ身につくほどのものではない。それでも、落ち着けているのはいいことだ。ガチガチでは、本来の力を発揮できないのは、葵を見ていてわかっている。

 ただ、坂下としていただけないと思うのは、ランがあの硬いブーツを履いていることだった。あれは、十分な武器となるが、坂下は、その武器を怖いと思えない。

 むしろ、試合でもそれに頼ってしまうことを考えると、なるべく早く脱がすべきなのだろうが、しかし、坂下がそれを確認するよりも早く、ランは試合場に入ってしまったのだ。

 ……まあ、物は考えようだろう。確かに、それに頼るのはあまり良い傾向とは思えないけれど、まだランの足は武器として完成していないのだ。単純に、怪我のことも考えるのなら、保護されている方が、何倍も安心できる。

 相手が武器を持っていることもあるマスカでは、その武器を受けることのできる箇所というのは、確かに必要なのかもしれない。

 並の木刀なら、その腕で受け流すことさえできる坂下や、絶対的に武器よりも速い速度で近づいて攻撃できる綾香には、あまり必要のないものなのかもしれないが、全ての人間がそういう特殊な能力を持っている訳ではないのだ。

 試合場に、赤い帽子をかぶった男が入っていく。ゼロの話では、マスカのレフェリーみたいなものらしい。ただし、レフェリーと言っても、せいぜい試合の終了を告げるだけで、試合そのものには口を挟んだりはしない。試合の始まりと終わりを告げるためだけにいる要員だ。

 試合がもうすぐ始まるのを感じて、観客達の歓声が大きくなった。それは、空手の試合ではまず見ることのできない、熱狂的な反応だった。

 まず、赤い帽子の男は、相手の男に手を向ける。

「ランキング33位、ブラインド!!」

 その声に答えて、ヒュヒュッと、対戦相手、ブラインドは両方の腕から素早いジャブを繰り出す。その動きは、素人では見切れないだろう。

 まったくの素人というわけではないのを、坂下は改めて確認した。まあ、坂下にとってみれば、遊びのようなものなのは、変わりはないのだが。

 歓声が鳴り止むのを待って、赤い帽子の男は、ランに手を向ける。

「ファーストダンサー、ランキング50位、ラン!!」

 レイカ達が、一斉に「いけ!」「やれ〜!!」「殺せ〜!!」と応援を贈る中に混じって、観客の口笛などが混じる。見栄えは良いのだから、そういう目で見られるのは仕方ないのだが、それにすら、ランは何の反応も示さない。

「Here is a ballroom(ここが舞踏場)!!」

「「「「「「「「「「ballroom!!!!」」」」」」」」」」

 赤い帽子の男の声に、観客達が一斉に反応して叫ぶ。それに反応できなかったのは、坂下のほかにも何人かいたが、おそらくは、マスカを見に来るのが初めての人間だろう。

 ブラインドが、両腕を折りたたむようにして、身体にひきつけて構えた。スタンダードなボクシングスタイルだ。

 相対するランは、一歩脚を引いただけで、腕を上げはしなかった。

「Masquerade……Dance(踊れ)!!」

 赤い帽子の男の合図で、ランは、マスカレイドにデビューした。

 

続く

 

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