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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(45)

 

 葵は、ランの動きに目を見張った。

 高くはない、が、速い。高度差は威力を上げるが、隙を作ってしまう。ランの動きは、飛び技としては、非常に理にかなった動きだった。

 普通はあり得ない、試合開始早々の飛び技だ。葵ならば、絶対にしない。それは飛び技が、一発狙いの賭けであり、相手の動きが見えていない状態でのそれは、非常に使う側にストレスになるためだ。

 しかし、ランはそれを単なるジャブと同じ感覚で使ったように見えた。

 そして同じように、相手のブラインドの方も、大して驚いた風もなく、あっさりと後ろに素早くステップで逃げる。

 ブラインドの方の動きは、読んでいた、という類のものではなかった。葵が普通にジャブを避けるのと同じ感覚で、避けただけだ。

 ランの大きな飛び回し蹴りが、空を切って派手な音をたてる。

 慣性の法則に従って、ランはそのまま前方に飛ぶ、と思った瞬間、いきなりランの身体が地面に落ちる。

 いや、それは打ち落とされたのでは、と思えるほどの急激なランの変化だった。

 地面すれすれを飛ぶようにして、大きな飛び回し蹴りの勢いをそのまま利用し、身体を半回転、水面蹴りが、ブラインドの脚を狙う。

 それを、ブラインドはジャンプしてかわすと、着地の勢いを乗せ、下にいるランに向かって右拳を振り下ろす。高度差のある連続攻撃の後で、隙を作っているランには、逃げ切れないだろう素早い反撃だった。

 しかし、ランは水面蹴りの勢いを、さらに殺さないようにして、その回転の力を、前方に向け、きりもみのような格好で、ブラインドの下を滑り抜けた。

 ブラインドが素早く振り返り、ランは大きく距離を取った。

 おおおおおっ、と歓声のあがる中、葵も素直にその攻防に見ほれていた。

 まず、二人の動きが派手なのだ。格闘技とは、つまるところ最小の動きで相手を倒すことが理想なのだが、ランの動き、ブラインドの動き、両方に無駄は多くとも、それが十分な見栄として効果がある。

 それは、この二人が、それなりの実力を持っていることにも起因しているだろう。ただ派手なだけなのと、中身も充実して派手なのでは、やはり大きく差があり、ただ派手なのでは、葵は見ほれたりしない。

 まず、ランの飛び技に対する、思い切りの良さ。隙を作る技を、あえて連続で使うことで、その勢いを使って、攻撃と回避を同時に行う。

 そして、ブラインドの目の良さ。基本がボクシングであろうことは、まず間違いないが、それでも、見慣れていないはずの飛び技と下段蹴りを、何の問題もなく回避するその性能。

 異種格闘技に身を置いているとは言え、基本的に経験不足の葵には、その異質さは、むしろ新鮮に見えたのだ。

「なかなか面白い動きだな」

「そうですね。私はこんな戦い、見たことないです」

 浩之も、その異質さを、素直に認める。異常さならば、日頃見飽きているとは言え、浩之も経験という面では、葵とどっこいどっこいか、それ以下だ。この戦いは、面白い。

 もっとも、見ている方は気楽なものだが、実際に戦っている方としては、そんな悠長に楽しんでいられる世界ではないのだが。

 事実、ランはマスクの下で、苦い顔をしていた。

 初っぱなに持って来た、上段から下段へ変化する跳び蹴りを、いとも簡単に避けられたばかりか、反撃まで許してしまったのだ。

 拳のスピードを見る限り、頭部にヒットすれば、クリーンヒットで二発も喰らえばランの負けは決定するだろう。

 もし、さっきの攻防の中に、一つでもガードという選択肢を使われて、しかも、ブーツでもダメージをあまり当てられなかった場合、終わっていたかもしれないのだ。

 自分の奥の手であるはずの連続技さえあっさり避けられるというのは、精神的に痛い。

 しかも、チームの情報役、ゼロの話では、自分のようなトリッキー系を、このブラインドは、得意としているというのだ。

 ブラインドよりも、ほんの少し順位の上の相手に、ランは初めてケンカで負けたのだ。それを考えると、今の相手が強敵であるのは、至極当たり前の話なのかもしれない。

 遠く間合いを取っているのも、様子を見るためと言うよりは、自分の保身のためだ。情けない話である。

 ヨシエさんに今の心情を読まれたら、怒鳴られるだろう……

 と、ランの思考の隙を狙ったように、ブラインドが動き出した。

 ランの動きにもまさるとも劣らない素早い動きだった。しかも、ブラインドは身体を左右にふりながら、足は地面につている。ということは、次の瞬間にも方向転換できるということだ。

 ランは、一瞬自分がどう動けばいいのかを、見出せなかった。

 トリッキー系の格闘家の弱点と言えるだろう、先手を打たれたときには、その力の大半を封じられるのだ。

 攻撃される前に、手を出さなければならない。まずゼロが注意していたことだったが、もともと、ランは頭で戦う人間ではない。攻撃も、言わば自然な動きから生まれるのだ。だから、忠告という言葉は、ランには何ら力とはならないのだ。

 それでも、とっさに、ガードするだけの動きはできた。もともとの身体能力に頼った動きだったが、ブラインドのワンツーを受けきる。

 ドスッ!

 しかし、次の瞬間、ランはお腹に熱いものを感じて、しかし、だからこそブラインドの横をすり抜けるようにして、距離を取った。

 簡単なフェイントだ。ワンツーで意識を上にあげておいて、ボディーを狙う。連撃になるので、パワーは落ちるが、それでも打撃を受けるために鍛えたわけではないランの腹筋には、強烈な一撃だ。

 ブラインドは、それでも執拗にランの後を追う。ランは、少なくともボディーを狙える距離にまで近づかれないように、何とか距離をとりながら、舌打ちをしていた。

 ゼロに二言目に注意されたのが、ボディーブローだったのだ。

 誰しもそれなりに鍛えているマスカの選手の腹筋を、一発で破壊することは、まず無理である。半分素人とは言え、本当の素人とは、一線を画するのだ。

 しかし、ボディーブローでスタミナを削って戦うという攻防は、ケンカではない要素だ。というより、刃物も出てくるようなケンカでは必要なかったり、意味がなかったりする。

 しかし、マスカは、多少なりとも制約がある。ルールがあるということだ。そのルールが、スタミナを削る戦いをマスカで使わせる要因となっているのだ。

 そして、ケンカを主とするマスカの選手達は、スタミナを削られるなどという戦い方の経験は少ない。それが、ケンカ特有の有利さを持つトリッキー系なら、なおさらだ。

 ケンカに特化した者の弱点を狙うような、オーソドックスな戦い方。

 トリッキーキラー、ブラインド。その嫌らしさと、相性の悪さと、何より、単純な強さに、ランは押されていた。

 逃げ切れなくなったランに、ブラインドが滑り込む。

 ズンッ

 二発目のボディーブローを受けて、かはっ、とランの呼吸が、一瞬止まる。

 まず……

 最後まで思考を流しきる前に、ブラインドの左拳が、ランのあごを打ち上げた。

 

続く

 

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