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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(54)

 

 浩之は、警戒しながら距離を取る坂下を、苦虫を噛んだような顔で見ていた。

 それは何も、スカート姿の坂下の、スカートの中身が見えたが、それがブルマだったので口惜しく思っている訳ではない。その点に関して言えば、坂下のイメージ的には白い下着を見損ねたのは残念だが、ブルマはブルマで味があるものだ。

 いや、ほんとうにそこではないのだが、悲しい男の性と、浩之の動態視力は、その光景を目に焼き付けていたりする。

 ちゃんと真面目に考えると、浩之は、相手の質と、そして赤目の意地悪さに顔をしかめたのだ。

 坂下は、ほぼ完璧に正統派の空手だ。色々なことが重なって、ケンカなどもしたことがあるようだが、一番の骨の部分には変化はない。

 そんな坂下にとって、一番相性の悪い相手は何か?

 ランの相手が、トリッキー系にとって苦手とする相手であったのを見てもわかるが、赤目の試合の組み方は、非常に人が悪い。

 坂下のような正統派の相手として、一番やっかいなのは、トリッキー系、ではない。トリッキーというものは、一度対処されてしまうと、正統派には通じないのだ。

 正統派には、それよりも強い正統派。

 坂下を超える格闘家が、ほいほいといるとは思えないが、しかし、ただ真っ直ぐな強さで、坂下を超える可能性があるものが、このマスカレイドにはある。

 マスカレイドでは、武器が許されているのだ。

 俗に、剣道三倍段という言葉がある。素手で剣を持った相手と対等に戦うには、三倍の段が必要という、武器の有用性を歌った言葉だ。

 威力とリーチ。この点で言えば、素手よりも武器の方が有利に決まっている。そして、それが実戦では全てなのだ。同じ力量なら、威力とリーチがある方が有利なのは明白である。

 そう、下手なトリッキー系を当てて、あっさりと覆されるぐらいなら、坂下相手には、正統な戦いをする武器持ち相手の方が断然有利なのだ。

 正統派には、それを覆すものが、まずない。トリッキー系のように、一転突破というものがないのだ。実力相応に決まるとき、武器に勝つのは、非常に難しい。

 そこまで読んで、赤目は相手を選んだのだろう。

 相手の武器は、竹刀などと比べても短い。しかし、両手にそれを構えており、小回りも非常に効きそうだ。

 武器相手には、懐に飛び込むのが一番いいのだが、それをやり辛い相手だ。

 相手、ムサシは、左半身で、軽く左手を前に出し、右手は身体から隠すようにしている。左を防護と牽制に使用し、右手で仕留めるつもりだ。

 長さが分かったとは言え、だからと言って、簡単に懐に入れる訳ではない。さきほどの二連撃のスピードを見ても、油断ならざる相手だ。

 坂下は、無言で両腕を胸元にひきつける。普通なら、防御も考えて多少前に出される左腕まで、完全に身体に引きつけている。

 武器相手は、身体の全てが急所となる。それは、腕の先でも同じなのだ。手の甲なり、手首なりを強く打たれただけで、片手は使えなくなるのだ。それを回避するために、坂下は腕を引きつけたのだ。

 しかし、目の前に武器を持った、しかも強い人間がいるにも関わらず、坂下の表情は、落ち着いていた。武器を見ても、何ら慌てることがない。

 それを予測していた、というのでは嘘になるのだろうが、その覚悟はしていたのだろう。そのぐらいでうろたえるほど、甘い坂下ではないということだ。

 坂下は、距離が離れているにも関わらず、軽いフットワークで前後左右にランダムに動き出す。

 動きを止めないことで、相手の目標をずらすのだ。当たり前と言えば当たり前の動きだが、そんな状態でも、ちゃんと相手の動きに反応できる自信があって初めてできる動きだ。でなければ、無駄に動いて、脚を無くすのがオチだ。

 ヒュンッ、と浩之でも目で追うのがやっとのスピードで、ムサシの左の木刀が空を切った。片手とは言え、肘から先を曲げただけで、すでに浩之が追う自信のないスピードだ。

 素直に、浩之はこの相手と戦って、勝てるか自信がなかった。

 もっとも、そこをどうにかするのが、浩之の怖いところなのだが、坂下に関して言えば、実力でどうにかできるのでは、とも思えてしまう。今まで坂下の実力を嫌と言うほど見せつけられて来た浩之の贔屓かもしれないが。

 少なくとも、その牽制と言うにはスピードも威力もある一撃を、坂下は後ろにも下がらずに避けた。攻撃時には一歩踏み出していたムサシが一歩下がったので、追撃はできなかったようではあるが、動きにはついていけているようだ。

 さらに、二度、三度と、ムサシの攻撃が空を切る。坂下が、ちゃんと避けているのだ。

 しかし、坂下は、反撃しようとしない。確かに、もう一歩中に入らなければならないが、坂下の脚ならば、それはできるはずだ。

 その理由に、浩之はすぐに気付いた。坂下は、ムサシが残している右の木刀を警戒しているのだ。

 確かに、嫌な相手だった。木刀の先のスピードは速いし、懐に飛び込もうにも、そのためには、もう一本の攻撃を避けなければならない。しかも、もしそれを避けても、もしかすると、左が戻ってくる可能性すらあるのだ。

 懐に入れなければ、空手の技など使い道がない。まさか、坂下が飛び道具を使う訳がないので、千日手の状態だ。しかも、坂下が一方的に不利な状況でだ。

 と、思った瞬間だった。

 パシーンッ!

 軽い響く音と共に、ムサシの左の木刀が、手から抜けて、宙を飛び、カラン、と乾いた音をたてて、木刀はコンクリートの床の上に落ちた。

 坂下の左拳が、ムサシの左拳に入ったのだ。それは、いかに言ってもあっけない結果だった。

 あっけに取られるよりも、ムサシの動きは早かった。素早く、坂下から距離を取る。

 残念ながら、坂下は追撃には移らなかった。まだ右は生きているからだ。しかし、いともあっさりと相手の左の動きを読み、武器を持つ手を狙うなど、やはり坂下の実力は、並外れている。

 木刀は、大きく離れた場所に転がっている。ムサシは、その名前から連想ができる二刀ではなく、片手に短い一刀を持つのみだ。

 追撃しなかったのは、その後冷静に動いても、十分だと坂下が判断したからだろう。

 それが証拠に、坂下は、後ろに下がったムサシとの距離を、軽い動きでつめた。

 正統で言っても、坂下の相手ではない。結果が、そう言っていた。

 追撃する坂下に向かって、ムサシは、残った右腕を振る。しかし、坂下にとってみれば、すでにリーチは知れた、予測範囲内の攻撃だった。

 その一撃を避けてしまえば、懐に飛び込むのはたやすい。そうなれば、後は坂下のものだ。

 このとき、坂下は、まったく油断などしていなかった。

 何がまずかったのかと言われれば、それは、相手の技が、坂下の予測を超えるものだった、ということだけだ。

 真横に振られた右の木刀を、坂下は見切っていた。だから、ギリギリの距離で避けようとする。その方が、後の攻撃がやり易いからだ。

 見切っていたはずの、そのリーチ。

 坂下の目は、それをとらえていた。予測していた、目測で誤っていないはずの距離。木刀はそこを通ろうとしていた。

 その、はずだったのだ。

 坂下の予測よりもそのリーチが長い、というのに、坂下が瞬間気付いたときには、すでに遅かった。

 ムサシの右の木刀が、坂下の、急所である首を狙って、振り抜かれた。

 

続く

 

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