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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(56)

 

 木々が青々としげっている公園は、昼に見ればすがすがしいものであるが、夜に見ると、どこか不気味な雰囲気をかもしだしていた。

 その木々の間に、その男は立っていた。

 身長180センチ以上、身体は細く引き締まっており、鞭のような印象を受ける。

 何より特徴的なのは、顔を、何やら模様のついたマスクで半分隠していることだった。鱗のような模様が、線となり何本もそのマスクのまわりを回っている。

 青を基調としたマスクもそうだが、来ている服もまた青系統に統一され、暗がりの中を動くと、暗い緑の水の中を動く、青い魚のようであった。

「まったく、あんたは嫌なやつだよ、赤目さんよ」

 青い男は、そう言いながら、少し離れたところで、こちらをにこやかに見ている、赤いサングラスの男、言うまでもない、マスカでディレクターだかコーディネイターだかをやっている赤目に半眼を向けた。

 ヒュバッ!

 その一瞬を狙ったかのように突然木の上から何かが青い男を狙って振り下ろされ、青い男は、それを驚くでもなく冷静に避ける。

 それは、青い男に攻撃が避けられたのを悟ると、すぐにまた、暗がりの中に隠れていった。その後は、音もたてないし、姿も見せないが、その暗がりの中を移動しているのだ。

 異様とも言える隠密術だが、青い男は、それを大して気にした風もなく、そのまま赤目に話を続ける。

「まったく、何考えてやがんだ? ただでさえ、最近はマスカの人気が上がって来て、色々うるさいことが多いってのに、ここになって、いきなり部外者なんか入れるか?」

 赤目は、いいかげんに見えても、かなり敵対の目を向けてくる男の視線を、笑顔で受け流して、言葉を返す。

「いつだって観客は新しいものを求めてるんだよ。マスカも、そろそろ新しい風の一つや二つは入れないと、固定化してくるだろう?」

「そりゃ当たり前だろ、強いやつは強くて、弱いやつは弱いんだ」

 ビュッ、と、さっきまで男の頭のあったところを、隠れた何かの蹴りが通り過ぎ、やはり、すぐに姿を隠した。

 「ちっ」と男は舌打ちすると、暗い雑木林の中を見渡した。

「あいも変わらず、嫌な相手だよなあ、クログモも。見つけにくいったらありゃしねえ」

 すでに木の陰に隠れたクログモからの返事はない。しゃべって相手を誘うのは、マスカでは初歩の初歩だ。さすがにひっかかったりはすまい。

 綾香に倒されたとは言え、クログモのその技は、さすがだった。男にも、クログモがどこに隠れているのか、正直わからないのだ。

「で、やっぱ赤目、お前嫌なやつだな」

 また半眼を赤目に向けるが、今度はクログモの反応はない。あまりにも多用した所為で、誘っているのがばれたようだった。

 クログモを倒すには、その身体を物陰から引きずり出すしかない。そうなると、危険でも手を出させるのが、一番手っ取り早い方法なのだ。

 だからと言って、男の赤目に対する態度が演技という訳ではなかった。男は、赤目の性格や、色々と企画、こちらから見ればいらないことを画策してくるところは、大嫌いと言っていい。

「戦うのは、やぶさかじゃねえんだよ、俺も。何せ、好きでマスカにいるわけだからな。でもなあ、赤目、お前に踊らされてるようなのは、あんまり気持ちはよくねえんだよ」

 そのセリフに合わせて、今度はクログモが後ろから襲ってくる。男は、まるでそれが予測できていたようにくるりと振り返り、クログモの文字通り「回し」蹴りを、両腕で綺麗にガードする。

 一瞬、クログモの身体がその場に止まるが、クログモは素早く腕で自分の身体を引き上げて、男に手を出させなかった。

 男は、また舌打ちすると、言葉を続ける。

「戦うのはいいんだよ。でもなあ、餌にされるってのは、どうも気にくわねえ。ランキングどころか、マスカでさえねえやつと戦う条件が、勝っても負けても、有利な地形で、俺への挑戦権、てのは、どういうことだ? 俺に一方的に不利だと思わねえか?」

 クログモの反応がない。勝っても負けても、の部分で、多少動揺している所為だろう。まだ綾香に負けて、日が浅い。肉体的なものもそうだが、精神的なものも完全に治っているとは言い難いはずだ。

「だいたいクログモも、やられたばかりだろう? 病み上がりどころか、まだまだ安静にしとかないといけないんじゃないのかよ?」

 そこを、男は揺さぶる。一回で勝負が決まるものではないが、こういう積み重ねが、最終的に勝ちを呼ぶのだ。

「しかも、ムサシもどこの誰だかわからないような女に負けたんだってなあ? いや、まだムサシはいいさ。でもなあ、バリスタのおっさんまで、来栖川綾香に負けたんだろ? ったく、マスカの面目丸つぶれじゃねえか」

 そして、どこにいるとはわからなかったが、男は木の上に視線を向けて、言い放った。

「負けたやつは、おとなしくしときな」

 返答は、ない。攻撃も、ない。ここまで言えば、あからさまに誘っているのがばれているのだろう。クログモも、慎重になっているのだ。

 男の、思うつぼだった。

 ゆるり、と男は両腕を動かし、初めて構えを取った。

 いや、それは構えと言うには、あまりにも不可思議な格好だった。

 両腕を、前後にのばしたその構えは、そこからどういう技が繰り出されるのか、さっぱり見当がつかない。

 男は、右を後ろ、左を前に構えたほぼ半身の構えで、さらに、大きく股を開き、腰を落とす。地面に向かって押しつぶされるような動きだった。

 その構えで、男の動きがぴたりと止まる。

 十分に身体を落とした状態は、まさに、綾香がクログモを破った状態と同じ、クログモを最大の距離まで伸ばす状態だ。

 それが、クログモにも見えているはずだ。

 そしてさらに、男のいる位置は、降りて木に隠れながらでも、攻撃できる範囲にいる。

 真上から攻撃するか、降りて横から攻撃するか。見た目には、二択に見える。

 しかし、男にとっては、まったくもって選択の余地がないものだった。二択に見えて、クログモは結局、選ぶ方は知れていた。

 何故なら、クログモは、一度も真上から男を攻撃しなかったのだ。

 それが破られた、からではない。それに信頼があるからこそ、見せるのを嫌ったのだ。

 男の予測違わず、クログモの身体が、凄いスピードで、上から降って来る。

 しかし、すでに狙いをさだめていた男にとっては、絶好のカウンター日よりだった。

 ガガッ!!

 まず、右の腕が落ちてくるクログモの視線の後ろから襲い、後頭部に一撃を入れる。さらに、前にあった左腕が、一瞬遅れて前からクログモのあごに入る。

 開かれた両腕が、クログモの頭を、大きなあぎとのように、挟み込んだ。

「残念だけどな、お前の動きは、すでに対処済みだ」

 ダメージを受けて、落ちてこそ来なかったが、動きの止まったクログモに、男は大きく腕を振り下ろした。

 ガッ、とまず左腕の振り下ろしが入り、さらに、一瞬遅れて、右の振り下ろしが入る。

 さすがのクログモも、そこまでだった。力を無くしたクログモの身体が、地面に落ちる。

「安心しな、俺が仇取ってやるよ。部外者は部外者らしく、そろそろ消えてもらうさ」

 男は、ニヤリと笑って、赤目を睨み付けた。

「このランキング四位、リヴァイアサンが、倒してやるよ」

 

続く

 

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