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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(74)

 

 短い助走で、私は加速、その力と脚のバネを持って、大地を蹴る。

 私は、自分の得意とする領域、宙に身体を持っていった。

 人間とは、地を這う生き物だ。身体のどこかが地についていなければ、力が生まれないのだから当たり前だと私は思う。

 だからこそ、私は宙を飛ぶのだ。

 お上品なルールありの戦いでは体験することのない位置に、私はいるはずだった。

 しかし、その宙の中で、私は松原さんの姿を見失っていた。

「!!」

 とっさに、私は右手で顔をガードしていた。

 それは、経験から来るというよりは、単なる勘だった。

 スパァンッ!!

 今まで、私が経験したことのない速度で、世界が回った。

 私の身体がきりもみしながら、横にはね飛ばされた。私は、何とかタイミングを取って、地に足をつける。

 ズザザーッ、と土の上を、私の足がけずりながら、私の身体は二メートルほど地面を滑ってやっと止まった。

「お〜、受けた受けた」

 ヨシエさんの呑気な声を横に聞きながら、私はごくりとつばを飲み込んだ。

 私の身体は、完全に宙に浮いていたけれど、突進のスピードは並のものではなかったはずだ。しかし、それだって、相手を見失うなど、今まで一度もなかった。

 何をされたのか、後から見ればわかる。私は、左の跳び蹴りを放とうと身体を左上にひねっていた。そこにできた左の死角に、松原さんは入り込んできたのだ。

 地を滑るような動きで、私はそれを目で追えなかった。少なくとも、松原さんの身体に上下の動きはなかったのだ。

 さらに、松原さんはそこから宙にある私の顔面を打ち抜こうとしたのだ。とっさに手でガードしていなければ、さらに言えば、それで松原さんのパンチの方向をそらしていなければ、一撃で決まっていた。

 私はぞっとした。

 私は、ただ漫然と手でガードした訳ではないのだ。

 身体が宙にあるということは、確かにそこから力を生むことはできないけれど、相手のダメージも拡散するのだ。そういう点を見たとき、受け流した力は、その打撃そのままの力だ。手で受けた威力を、ほとんど回転として逃がすことによって、私はダメージを殺した。

 そして、ダメージを殺すために流した動きは、私をきりもみさせながら、あわや地面にたたきつけようとして、体勢を整えて地面に足をつけても、足が地面をけずりながら流された。前に向けっていたはずなのに、私はほとんど真横に飛ばされているのだ。

 まともに受けたら、いや、もしカウンターで入ったらと思うと、額に嫌な汗が浮かぶ。

 これぐらいは、予測していたことだ。ヨシエさんと同等となれば、それぐらいのことをやって来るのは当然だと思わなければならないだろう。

 もう一度気を引き締めて、私は松原さんに向き直った。

 飛び技では、駄目だ。いや、それが私の持ち味な上は、使わない訳にはいかないが、バカ正直に使うのはあまりにも無策過ぎる。

 松原さんは、もしかすれば、私の戦いを見たことがあるのかもしれない。そうでも考えないと、気持ちがゆらぐ。対応されているのなら仕方ないが、もし素であれだけの動きをされていたとすれば、私に勝ち目どころか、一矢むくいることさえ無理だ。

 目標、スピードのある打撃格闘家。さらに、トリッキー系に対する対処も可能な、強打者。そして、自分よりも小柄。

 私は、相手を想定しなおして、作戦を練る。今までの私にはなかったものだ。そうでもしないと、実力で上の相手には勝てない。ただ素直に戦って勝てるほど、私は強くないのだ。

 小柄な相手との戦い方は、近づくべきなのだけれど。

 誤解を招きそうだが、小柄な打撃格闘家相手には、遠ざけるよりも近づいた方がいい。色々な人間がいるケンカという世界にいた私が手に入れた経験則だ。

 何故なら、なるほど小柄な人間はリーチはないが、それを補ってありあまるスピードを手に入れることができる。十キロ重い人間は、十キロの重しを持っているのだから、スピードで劣るのは当然だ。

 小柄な人間が、自分の不利をカバーするには、二つある。一つは、懐に入って、リーチという有利を殺すことだ。

 これは、一見いいことのようにも思える。確かに、ボクシングなどではそうするらしい。リーチが長いというのは、近づいたときには邪魔になるというのも、わからないでもない。

 そして、もう一つの方法は、距離を取って戦うこと。

 まったく別の方法だが、それは何もおかしな話ではない。実は、この二つ、不利を消すというのは同じでも、目的が違うのだ。

 実は、後者は腕力で劣る小柄な人間は、そのパワーを補うためにやる方法なのだ。

 リーチはスピードでカバーできても、パワーはそういう訳にはいかない。だから、距離を取るのだ。

 私の戦い方はそれだ。距離を取り、相手に飛び込みながら、一撃を入れる。狙えるのなら、相手の攻撃に合わせてカウンターだって入れる。

 自分の身体全体の前進の力を利用するのだ。飛び込み、すぐに後ろに下がる。スピードを生かし、パワーを生む戦い方。女性では小さくない私だが、男と比べると小柄な私は、そうやってパワーを補ってきた。

 だからこそ、私は普通なら、自分よりも小柄な相手を倒すためには近づく。それは、私は拳は苦手だけど、近距離であろうとも出せる技の一つや二つはあるし、何なら腕力でねじふせたっていい。

 しかし、松原さん相手には、正直距離を近づけるのは自殺行為にしか思えなかった。

 その小柄からは想像もできない威力を持った打撃を持っているのだ。松原さんには、わざわざ距離を開けてパワーを生む必要がない。

 何より、松原さんが距離を取るという戦い方をしていない。

 素早く近づいて、素早く攻撃してくる。これは小柄な人間の戦い方だが、松原さんは、引くという行為がその中から抜けているように見えた。

 それはそうだ。それだけの打撃があれば、逃げる必要などない。正面からぶつかって、相手を力でねじ伏せてしまえばいいのだ。

 打撃の威力では劣り、スピードでは勝負になるとは思えない。飛べば打ち落とされるとは言え、素直に地面で戦えば、相手の方が上。

 笑いたくなってくるほどの不利な状況に、私は自然に笑みを浮かべていた。

 それでも、まだ私はあきらめていない。そもそも、まだ一回接触したのみだ。KOされるのは仕方ない、と自分でも弱気だと思うことを考えながら。

 それでも、松原さんの意表を突く、想像力の隙をつく動きを、考えていた。

 頭の整理がつく前に、私は歩を進めていた。

 考えても駄目なら、身体にまかせればいい。そして、私はまだ考え全てを試した訳ではなかった。

 少しでも、自分の強さを確信したい。そのために、私は強い人と戦いたかったのだ。

 松原さんは、その点、申し分なかった。

 として、私はこの戦いで少しでも多くのものを手にするべく、地面を蹴った。

 

続く

 

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