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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(87)

 

 皆がのぞき込む画面の中で、アリゲーターはカリュウに手に持った砂のようなものを投げつけていた。

 しかし、見ていた者がアリゲーターを責める声をあげるよりも早く、カリュウの目にもとまらぬつま先での前蹴りが、アリゲーターのみぞおちに食い込んでいた。

 計算されていた、というかやらせではないのか、と勘ぐるほどに、綺麗なアングルでその前蹴りは画面に映っていた。

 アリゲーターを非難しようとした声は、そのままカリュウへの歓声へと変わる。

 人体急所であるみぞおちを強打され、くの字に曲がって動きを止めたアリゲーターに向かって、カリュウは容赦なく掌打を打ち下ろす。

 一度、アリゲーターの身体が大きく沈み込み、バネでもついていたかのように、上半身が起きあがって、そのまま、まえのめりに倒れる。

 誰が見ても完璧なKOだった。

 が、カリュウは倒れるアリゲーターの髪を掴むと、アリゲーターの顔面を容赦なく床にたたきつける。

 グシャ、という酷く軽い音が、余計にその凄惨さを物語っていた。

 普通ならば、観客でも引くのではと思える追撃だったが、そもそも、悪役と正義の味方がはっきりとしている役割の上、アリゲーターの卑怯、マスカでは別に卑怯でも何でもないのだが、な行いによって、酷い追撃を、皆歓びこそすれ、嫌がる者はいなかった。

 多少気にしたのは、この場では冷静な坂下と、もしかするとあまりカリュウに陶酔しているようには見えないゼロぐらいだろうか。

「やっぱアリゲーターぐらいじゃ、カリュウの相手じゃないよな」

 レイカがはずんだ声で感想を述べる。確かに、アリゲーターはまったくカリュウの相手になっていなかった。

 そして、レイカ達は、一つ考え違いをしていたことがあった。坂下は、何となくそんな予感がしていたので、画面から目を放さなかったのだ。

 カリュウの攻撃は、そこでは止まらなかった。

 アリゲーターの顔面を叩き付け、頭を固定した格好のまま、カリュウは膝を大きく振り上げた。

「あ……」

 同じくまだ画面を見ていたゼロの声で、皆画面に目を向けた。

 ゴッ!

 カリュウの膝蹴りが、ピクリとも動かないアリゲーターの無防備な頭にたたき込まれた。

 隙間を置かず、ラッシュのようにカリュウは膝を振り上げ、また膝を落とす。

 ゴカッ!

 明らかに、やりすぎだった。

『やめな!』

 珍しくあせった声を出したリヴァイアサンを、カリュウは一瞥して、それでも、もう一発、膝を落とした。

 ゴッ!

 倒れたアリゲーターの頭に、きっちりと膝蹴り、しかも膝を大きく振り上げて落とすというあまりに凶悪な技を、三発入れて、カリュウは立ち上がった。

 エクストリームの予選で、葵の決勝の相手が同じような膝蹴りを使って来たが、これは腕で固定されているのではなく、床に押しつけられている状態だ。威力の向上たるや、相手を殺しかねない。

 しかし、坂下は、無茶をする、とは思ったが、驚きはしなかった。

 この映像を見た瞬間から、気付いていた。カメラはしゃべるリヴァイアサンにほとんど向けられていたが、映像の端に映るのでも、十分わかるほど、カリュウは何かに怒っていた。

 アリゲーターへの仕打ちは、その怒りの所為だ。一度見た限りでは、追撃の必要のない部分までやるような選手には見えなかったが、感情的になっているのなら、不思議なことではない。

 まあ、何が原因かまでは、私は知らないけどね。

 大人数で人質を取って女に勝とうという根性が気にくわなかったのか、それでもリヴァイアサンが嫌いで、組みたくなかったのか、はたまた、この前マスカでもない素人にケンカを売られたことに、というか坂下のことだが、はらわた煮えくりかえっていたのか。

 特別サービスと言われて配布された映像には、マスカの結果に不満を持ち、相手を卑怯な手で襲おうとしたアリゲーターの末路が映っていた。

 簡単に言えば、見せしめだ。それでも、マスカの高ランキング同士の戦いでもあり、一合打ち合っただけで勝敗がついてしまったが、それでも見応えはあった。

 そして、見せしめというのなら、これ以上ないほどの見せしめだろう。カリュウのファンでも、引こうかという膝蹴りは、根こそぎ逆らおうという気を無くさせる。

 まさか、単なる見せしめのためにあそこまで追撃した訳ではないだろうけど。

 そう思うのは、カリュウが怒っていたという確信が、何故か坂下にあるからだ。

「でも……ヨシエが苦戦したってのに、さすがはカリュウだね」

 レイカは、気を取り直すように、そんな話題をふったが、しかし、それに坂下が反応する前に、横から責めるような声が来る。

「姉貴」

「あ、ごめんごめん。別にヨシエの実力を疑ってる訳じゃないんだよ?」

 それはヨシエに言うというよりは、抗議してきたランに言い含めるような言葉だった。まあ、坂下も大して気にはしていなかったので、それでいいのだが。

 そう言われたランは、しかし止まらない。

「ヨシエさんがつぶしたから、アリゲーターの片手は使えなくなってた。ヨシエさんなら、片手のアリゲーターなんて敵じゃない」

 まあ、まったくその通りではあるのだが、そう他人に断言されるとちょっと坂下としてもこそばゆい。

 使えないはずの右拳を使って目つぶしを狙ったのはいいが、残念ながら、その程度は坂下レベルになれば予測済みだ。

 というより、片手がろくに使えない以上、左のナックルで勝負を決めるしか手がないのだ。何かしらの手で全力の一撃を入れる隙を作ってくると考える。

 アリゲーターの敗因は、勝ち急いだこと。確かに長期戦は不利だが、短期戦は確実に読まれているあの状況で、短期戦を狙ったあせり、それがアリゲーターの直接の敗因なのだ。

 案の定、カリュウにいいように待たれて、自分が強力な一撃を食らうことになった。

 同じ状況なら、坂下ならむしろリヴァイアサンと仲間を両方参戦させるだろう。見たところ、リヴァイアサンとカリュウの連携というものは皆無に見えた。片方がザコを押さえて、片方が本命と戦う、その程度だ。だったら、両方と、そしてその他の人間も含めて混乱させた方が、何かが起こる可能性が高くなるし、相手に読まれる可能性は減る。

 もっとも、それは戦略的な話で、坂下なら、片手が使えずとも、カリュウと戦って、勝つ自信、いや、信念がある。

 決して、カリュウやリヴァイアサンをあなどっている訳ではない。アリゲーターは不利ではあったが、だからと言って誰でもあの状況のアリゲーターを圧勝できる訳ではない。リヴァイアサンの動きなど、空手ではないのだろが、打撃格闘家として、目を見張るものがある。

 だからこそ、坂下は嬉しくて仕方なかった。

 正直、感動しているのだ。やはり、マスカには十分に強い相手がいる。

 こう見えても、坂下は常識人だ。強い力があり、それを使う術を知っているというだけで、殺伐とした生活を送りたい訳ではない。

 ぺろり、と獲物を狙う獣のように唇をなめて、画面に映るカリュウを見つめる。

 そんな自称常識人の坂下の中の、格闘バカが、カリュウを欲しているのを。

 彼女には、止める術がなかったし、止める気にもなれなかった。

 

続く

 

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