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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(92)

 

 きっと、部員の女の子達からは、何を言い出すのかと思われたろう。

 エクストリームの本戦に出場する選手となれば、それはもうテレビで見る人間であり、まかり間違っても、女子高生が戦いを挑む相手ではない。

 しかし、私は本気だった。知名度のために藤田浩之を襲ったとき以上に、本気だった。あのときは、多少チームの皆の言葉に踊らされていたところもあるけれど、今回は一から十まで自分の意志だ。

「沢地さん、笑えない冗談」

 案の定、女子は本気には受け取らなかった。まあ、普通はそれが正常なのだと思う。

 でも、ここは、多少なりとも、一般的な「正常」とはかけ離れた者のいる場所。

「うん、まあ、いいかもね。いい経験になるか」

 私の言葉を、ちゃんと本気で聞いてくれたのは、やはりヨシエさんだった。当の藤田浩之など、困った顔で苦笑しているというのにだ。やはり、ヨシエさんは誰と比べても格好いいと思った。

 そして、ヨシエさんの言葉で、部員達は全員、私の言葉が冗談ではないことを理解したようだった。ちゃんと教育が行き届いている証拠だ。反対に、寺町の率いる方の空手部員は、いまいち何が起ころうとしているのか理解できていないようだった。

「藤田、どう、怪我の方は治ってる?」

「ん、まあ、一応な。とりあえず、軽くならやっても問題ないが」

 演舞を見ている限りは、身体の不調はないように見えた。もし、ここで断れば、今度こそ襲ってやっても良かったのだが。

 しばしの沈黙。そして、大げさなため息。

「……しゃーないか。了解、相手になろう」

 駄々をこねる子供に根負けしたような声だったので、私は多いに不満だった。ヨシエさんには手も足も出ずに負けたけれど、あのときの私とは違う。短いながらも、ヨシエさんの指導は、ちゃんと私の身になっているはずだし。

 そもそも、最初から、藤田浩之に負ける気などないのだ。

「じゃ、とりあえず寸止め三本勝負でいい?」

「オーケー」

 藤田浩之は、何も考えていないのか、あっさりと承諾したが、私としては多いに不満があった。

 私は、寸止めなどしたことがないのだ。手を出すときは、必ず当てるつもりで出している。寸止めなどという悠長なことを、ケンカでする余裕などないのだ。

「ほら、ラン。防具つけて」

 ヨシエさんに渡された防具を、私はつけるのを拒んだ。当然だ。ブーツははいても、私は防具などに頼ったことはないのだ。

「いいです、それよりも、私は寸止めが苦手なんです。当たっても良いように、藤田……先輩につけてもらってください」

 いかに女子の身体でも、私のキックは全体重がかかる。当たれば、また怪我をして療養に逆戻りとなりかねない。

 私のわがままを、ヨシエさんは予想していたのとは違って、多くを言わなかった。そのかわり、藤田浩之よりも盛大にため息をつく。ただし、ヨシエさんのため息には、どこか愛情が感じられた。藤田浩之とは大違いだ。

「はあ、まったく、ランにも困ったもんだ。藤田、あんた防具いる?」

「んー、いらないわ。俺、ウレタンナックル以外、組み手で防具つけたことねえし」

 確かに神社には、ミットはあったが、試合に使うような防具はなかった。部活ではなく、個人でやっているようなので、仕方ないとは思うが。

 それよりも気になるのは、防具をいらないと言うのは、むしろケンカに近いから、と見られることだ。

 本格的な格闘技がこの春から、というのが本当なら、ずっとケンカをしてきた可能性は高い。もっとも、街では聞いたこともない名前だが、私だってケンカ屋を皆知っている訳ではないのだし、あながち外れてはいないような気もする。

 しかし、ならばなおさらのこと。マスカに出てもいないようなちんぴら相手に、マスカの選手が負ける訳にはいかないのだ。

 ともすれば、空回りしそうなやる気を、私は何とか押さえ込んでいた。組み手が始まるまで、それは押さえておかねばならない。そして、空回りなどさせてはならない。

 道場の真ん中で向かって立つと、私と藤田浩之との体格の差がよく見て取れた。

 藤田浩之は、男としてはそんなにごつい方ではないが、それでも背丈はある。私も、小さい方ではないが、やはりリーチには差が出るだろう。

 もっとも、リーチの長い相手との戦いは、あきるほどやってきた。正直、この程度の体格差なら、私にとって問題にならない。

 それに、今はヨシエさんの指導がある。みるみるキックの安定性が増しているのが、自分でも分かるぐらいなのだ。これで、余計に後を考えずに連打をしても良くなった。

 それよりも、どこか不真面目そうな、というかやる気のなさそうな藤田浩之の顔が、非常に私の神経を逆撫でする方が問題だ。

 まあ、この手の怒りは、私はいつも感じて来た。世の中は、女、それも年齢的に若いとなると、とたんに相手をなめる。

 女だからと言って、なめていた相手を、私は何度も痛い目に合わせて来たのだ。

 もちろん、勝利こそ私の望むものだが、なめていた相手を地面にはいつくばらせることは、けっこうスカッとする行為だ。

 その苦笑顔に、かかとをたたき込むつもりでいた。

「それじゃ、反則事項は、目つぶし、金的、かみつき、ひっかき、組み付き、以上。問題はないよね?」

「……押忍」

「ああ」

 金的が封じられたのは、正直残念で仕方ない。この男の急所に、嫌というほどキックをたたき込むことができないのは、残念でならないが。

 組み付きが反則だというのは、私にとって非常にありがたい。やはり、怖いのは体格で勝る相手に組み付かれることなのだから。

 それに、私は寸止めなどするつもりは、まったくない。というより、全力で当てるつもりだった。苦手だとは言っておいたのに、防具をつけなかったのは相手の非なのだ。

 しかし、誤解しないで欲しい。藤田浩之を、弱い相手と侮っている訳ではない。三本勝負と言われたが、一本目でKOできるとは思っていない。

 しかし、三本もあるのなら、どこかでクリーンヒットを入れるのは不可能ではないと判断しただけだ。そして、一発でも当たれば、ケンカで、それを覆すのは難しい。

 そして、武器も組み付きもないが、私はケンカをしかけるつもりなのだ。反則事項があると言うだけで、結局、私にとっては組み手もケンカの一つに変わりない。

「じゃあ、三本勝負、一本目。構えて!」

 私は脚の動きを測るように動かしながら、構えを取る。ヨシエさんに指導された構えからのキックは、非常にスピーディーに出せるのだ。

 一瞬遅れて、藤田浩之が構えを取る。ほぼ真横まで向く左半身。問題ない、今までも十分に相手にしてきた構えだ。

「始め!」

 合図と同時に、私は床の上を強く蹴った。

 

続く

 

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