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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(93)

 

 相手の出方を見る、などと悠長に構えている気など、私にはまったくなかった。

 形はどうあれ、これはケンカなのだ。躊躇する暇があるならば、一人でも多くの相手を倒した方がいいし、今までそうやって来た。

 例え相手が一人であろうと、それは変わらない。どうやっても、相手の攻撃を全て避けるというのは無理があるのだ。だったら、相手に何かさせる前に倒すことこそ、最短にして一番簡単な相手を倒す方法だ。

 そう、方法は問わない。一対一で相手を倒す、その結果があれば全て良しなのだ。

 ただ、問題があるとすれば、私のスタイルは、キックが全てであることだ。飛び込んでの攻撃は、左右どちらかの脚と、二択になってしまうこと。

 知られていなければそれでもいいが、藤田浩之はそれを知っているだろう。

 飛び込み際の打撃は、総じて威力は上がるが、隙が大きい。それをフェイントに使用するという手もあるにはあるが、後ろ回し蹴りからの後ろ蹴りは一度見せている。

 私だって、やみくもにつっこんでいる訳ではない。ちゃんと、勝てる方法を探して、それがあるからこそ、前に出ることができるのだ。

 だから、その知っている、というものを、逆手に取ることにした。

 キックの間合いは、広い。リーチに差がある藤田浩之と私でも、藤田浩之のパンチと私のキックの間合いなら、当然私のキックの間合いの方が広い。

 だから、冷静に対処すれば、まずは相手のキックを受ける。そして、その後に反撃、という形になる。

 もちろん、そこには落とし穴がある。当然、キックの間合いは、藤田浩之が私よりも大きいことだ。

 しかし、それも私が前に出るのなら、そんなに大きな障害ではない。迎撃のためのキックというのは、私の経験上、かなり難しいのだ。

 守るときは、自由に動けることを第一に考える。そのときに、片足が地についていないというのは、まさに片手落ちというものだ。

 だから、このファーストコンタクトに限って言えば、私は相手のカウンターを気にせずに、もちろんかいくぐられればどうしようもないのだが、攻撃ができるということだ。

 大丈夫、かいくぐらせたりはしない。それこそ、スピードが身上の私にとっては、言うまでもない話だ。

 私は前に出る。そして、藤田浩之を私のキックの間合いに入れる。その瞬間に、藤田浩之の身体が反応したのを、私は目で捉えていた。

 そんなに何度も見せた訳でもないのに、私のキックの間合いをかなりの精度で読んでいる、それは背筋すら寒くなる答えであるが、しかし、だからこそ、今回に限って言えば、効果があるのだ。

 私は、脚を出さなかった。キックの変わりに、私の脚は、私の上半身を前に進める。

 藤田浩之の一瞬の躊躇、まず相手の打撃を避けてから反撃に移ろうとしたのに、その相手からの打撃が予想に反してない。

 わずかな躊躇、それはケンカでは勝敗を分けるだけの時間だ。そして、藤田浩之の見せたその隙を、私は見逃さなかった。

 さらに前に出て、至近距離まで近づいた私は、藤田浩之のあごめがけて、飛び上がり、膝を、突き上げた。

 キックだキックだと頭にある相手に、不意打ちの至近距離での飛び膝蹴り。

 かなりの至近距離まで近づかなければ、軌道が放物線を描いてしまうので使い物にならないし、近づくというのは、私にとっては死地に向かうようなものではあるが。

 だからこそ、知られている相手には、抜群の効果が出る。

 一度使ってしまえば、もう簡単には接近を許さなくなるが、ケンカでは、一度だけの結果が大きい。それに、大人数でケンカをしていれば、他の人間の使った技など、いちいち見ていないのだ。技の性質上、私のことを知っており、かつ一定以上の強い相手にしか必要はないが、技のキレ自体は、ザコ相手なら、これだけ使って倒す自信があった。

 藤田浩之は、それでもさすが、と言わねばなるまい。

 一度タイミングを完全に崩したにも関わらず、あごと私の膝の間に、手を滑り込まして来たのだ。

 驚くべき反射神経、驚嘆するような動体視力だ。

 しかし、それだけでは、私の飛び膝蹴りは止めようもない。両腕でがっちりとガードされたならともかく、例え藤田浩之と私の体格差があろうとも、前進のスピードを乗せた膝蹴りを止めるなど、できない。

 その思考は、私に嫌な記憶をよみがえらせるものではあった。体格差、私の明確な初めての「負け星」は、その体格差でついたのだから。

 その、嫌な気分も、一瞬のことだ。多くを思考するには、刹那の時間。

 そして、自分に何が起こったのか判断するには、あまりにも短い時間だった。

 膝の手応えが、なかった。藤田浩之の身体が、私の正面から消えたと、そのときは思った。正確に何が起こっているのかは、まったくそのときには理解できなかった。

 記憶にあるようなないような、どう表現していいのかわからない浮遊感の後。

 ドサッ!

 いきなり背中と後頭部に衝撃を受けて、私の意識は一瞬真っ白になる。ダメージがまったくなかった訳ではないが、意識が飛んだのは、そのダメージの所為ではなく、状況を把握できない頭が起こした、一種のパニックだった。

 再び私の視界に現れた藤田浩之は、何故か天地が逆転していた。しかし、それに疑問を挟むよりも先に、私の前に、拳が突き出される。

 まずい、受ける!

 すでに目前に迫った拳を、反射的に腕でガードしようとしたが、身体は反応してくれなかった。後から思えば、肺の息が止まっている状態で、私の身体は言わば死に体だったのだが、そのときは、当然そんなことは理解できない。

 私の眼前で、ぴたり、と拳は止まった。

 ヨシエさんの手と比べれば、多少は男だから骨張っているとは言え、綺麗なものだ。しかし、その綺麗な拳は、私の眼前で止められている。

「一本!」

 ヨシエさんの合図で、藤田浩之は拳を私の眼前からどける。

 二、三秒、惚けたように寝ころんでいた私だが、それだけして、やっと自分が仰向けに倒れていることを理解できた。

「ラン、立て」

 ヨシエさんの慈悲のない言葉に反射的に従いながら、私は立ち上がり。

 どうして自分が床に倒れていたのか、数瞬の間迷ってから、どうしようもない答えに行き着くしかなかった。

 自分が投げられたのを、やっと理解したのだ。

「ランみたいに、思い切りのいいのもいいが、飛び技ってのは、対応されると危険だ。藤田はやさしく投げただけだが、カウンターを合わせられると、逃げることもできないからな」

 ヨシエさんは、そう部員達に説明しているが、私に言っている風ではない。私のスタイルが、むしろ飛び技をメインとして組み立てているのをわかっているからだ。そううぬぼれておく。

 私の飛び膝蹴りを、藤田浩之は片手で受けて。

 その後、空いた手で、私の脛あたりをはらった。

 膝を支点にして、空中にあった私は、為す術なく半回転して、そのまま床に投げられ、倒れた私の顔面に、拳を打ち込み、寸止めで一本。

 理解はできる。しかし、そう簡単に私の飛び膝蹴りの威力を殺しきれるものなのだろうか?

 ヨシエさんなら、できると思う。しかし、それが、この男に?

 ほとんど理解も出来ず必殺の技を返され投げられ、あまつさえ綺麗な寸止めで一本を取られたにも関わらず、まだ私の気力は尽きてはいない。しかし、消費されていくのは確かだった。

 まぐれ、と思いたい。いや、甘いとは想っているが、しかし、十分に余裕を持ってやられたのではない、と思いたかった。

 気持ちを切り替えろ、三本取られる前に、一撃当てればいいのだ。それで、逆転できる。私は、寸止めなどしないのだ。

 自分を奮い起こし、私は、藤田浩之を睨み付けた。その、やる気の感じられない顔を。

 

続く

 

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