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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(94)

 

 私は、勝ちを急ぎすぎたのだ。

 いい訳ではなく、私は冷静な判断で、その結論にたどり着いた。もっとも、あそこまで綺麗に決められると、いい訳じみてしまうのは仕方ない。

 おそらくは、藤田浩之が、自分の動きを知っていると判断したのが、ここまで差を生んでしまったのだ。

 トリッキー系の技というものは、トリッキーのみで成り立つものではない。その前に、普通の技があってこそのものだ。

 さっきまで、見慣れた動きをしていたのに、いきなり違う動きを入れられる。これが、私のようなトリッキー系がそれなりに勝てる理由だ。

 クログモの様な、端から端まで異様な技を使う選手はほとんどいない。トリッキー系というのは、言わばフェイントを第一に考える戦い方であるだけなのだから。

 もっと、自分を遠距離が得意であることを、もっと藤田浩之に印象づけなければいけなかったのだ。そうすれば、そこからいきなり近づかれたときに、藤田浩之はすぐには反応できなかったはずだ。

 口惜しいことに、私はその道理を忘れて、勝ち急ぎ、至近距離の技を、藤田浩之に見せてしまった。それは、惜しんでも惜しみきれない。

 もう、至近距離の技は使えない。私は、至近距離よりも、遠距離の方が得意で、だからこそ至近距離に近づくという選択肢を裏技として使えたのだ。しかし、知られてしまえば、単に近づくという行為は普通の行動になってしまう。あまり得意ではない至近距離での戦いは、私に不利なだけだ。

 最悪なことに、私は自分の奥の手を、一番まずい形で藤田浩之に体験させてしまったのだ。

「じゃあ、二本目。構えて!」

 ヨシエさんの声に、私は意識を藤田浩之に向け、構えを取る。憎らしいことに、藤田浩之は、まるでさっきのは読んで構えを取っていたのだ、と言わんばかりに、今度は半身を浅く構える。

 真横に向いた体勢では、狙う場所というものが限られる。正中線を狙おうと私が無意識に動いた所為で、飛んだ距離が伸びたのも、受けられた要因の一つだ。

 さっきよりも、藤田浩之の構えは自然である。完全な半身よりも、こちらの方が藤田浩之にとって自然な構えなのは、聞くまでもないことだ。つまり、一回目は、何のことはない、私の強襲を読んでいたのだ。

 怒りで硬くなりそうな身体の手綱を、私は何とか握って落ち着かせる。これで私が冷静さを無くしたら、それこそ藤田浩之の思うつぼだ。

 大丈夫、遠くで手を、私の場合脚だが、出している限り、そう簡単には捕まえられたりしない。

 そう自分に言い聞かせる。そして、それはあながち間違っていない、と思っている。

 遙か遠い間合いを、私は軽い足取りでつめる。

 一瞬、藤田浩が私の前進に合わせて前に出ようとしたので、私は素早く後退。一歩下がった時点で、近づけないと判断した藤田浩之が前進を止めたと同時に、前に出る。

 ヒュパァンッ!

 藤田浩之のガードを、私のハイキックが叩いた。とっさに、藤田浩之は後ろに身体を逃がした所為で、ダメージというものはなかったようだが。

 私は、自分の心臓が跳ね上がるのを感じて、慌てて距離を取った。

 正直、今の瞬間に藤田浩之に反撃されていたら、二本目も取られていたろう。それほど、私は一瞬我を忘れたのだ。

 自分でも、腰が軽いとは感じていたのだ。大して長くもない、ヨシエさんの指導は、ちゃんと身になっているのだ、と感動したものなのだが。

 今の一発で、それは感覚ではなく、確信になった。

 驚きと、その後に来た嬉しさで、私は隙だらけだったのだ。よく、そこを藤田浩之に狙われなかったものだ。

 音が、違った。

 藤田浩之のガードを叩く音が、今まで私が聞いたこともないような音を立てたのだ。打撃音というよりも、むしろ炸裂音に近い。

 と、同じくして、脚に今まで感じたことのない様なものを感じる。痛み、に近いものなのだが、気持ちよさが、それをはるかに超える。

 渋面を作ろうとしているのに、そこから笑みがこぼれそうになる。

 凄い、凄い凄い凄い!

 ヨシエさん、凄いです! こんな短期間で、私のキックが、ここまで変わるなんて!

 本当は、叫んでヨシエさんの手を取って踊り出したいぐらいの気持ちだった。それを、今まで費やしてきた私のイメージを守るためと、ついでに藤田浩之に隙を見せないために、無理矢理押さえ込む。

 ちらり、とヨシエさんに目を向けると、ヨシエさんは満足そうに笑っている。私の変化に、ちゃんと気付いてくれているのだ。嬉しい。

 トリッキー。私は、女であることと、それによる身体的な欠点を、相手の予想を超えることで補ってきた。それがいい、というよりも、強い相手には、それでしか勝てないからだ。

 しかし、今のキックは違う。それは、強い。女とか、身体とか、そんな不利なものが霞んでしまうほどに、ただ強い。

 いける、今なら誰にだって勝てる。

 ヨシエさん以外の人間に、負ける気がしない。私が初の惨敗をきっしたマスカの巨漢にさえ、今なら勝てる気がした。

 自信が余裕を生み、余裕が、今まで焦りや怒りを原動力として動こうとしていた身体に、変わりのエネルギーとして流れる。

 藤田浩之に、負ける気がしない。今までの自分と、今からの自分は、まったく別人だ。それを藤田浩之に、身体で叩き込む。

 意識した所為なのか、自分の身体がやけに軽く感じる。

 まるで踊るようなステップで、私は藤田浩之との距離を縮めた。今度は、対応させるような時間など与えない。

 芸のない、同じ右ハイキック。

 シュパァッ!

 しかし、空切る音は、打撃などという生やさしいものではなく、まさに斬撃。

 私のハイキックを、藤田浩之はギリギリで避けたが、反撃などできようはずがない。今の私は、生まれてから一番、素早く、強く動いているのだ。

 下に逃げる藤田浩之を予測して、私は素早く身体を回転させる。ハイキックからの、身体を回転させての連続の左後ろ回し蹴り。

 藤田浩之は、それを左に飛んで何とか避けるが、当然そんな動きで、私に反撃できる訳もないし、後の体勢は最悪だ。

 私は余裕を持って、すぐに追撃はしなかった。自分の力に酔っているとさえ感じたが、しかし、今はそれを許せる気になる。

 大丈夫、今の私なら、藤田浩之など、敵ではない。

 キュンッ、と今まで体験したこともないような素早さで、私のまわりの景色が動く。私が、それだけ素早く動いているからだ。

 一直線に、地面と飛ぶように動きながら、藤田浩之のみぞおちめがけて、前蹴りを突き出す。藤田浩之から見れば、いきなり私の身体が大きくなったように見えただろう。

 それでも、藤田浩之はそれを避ける。素晴らしい回避能力だが、いかんせん、その後が続かない。一本目のどこか優雅な動きは、見る影もない。

 しかし、藤田浩之を捉え切れていないのは事実であり。

 押し切れる能力があるのだ、迷う必要は、私にはなかった。

 ほんの少し、藤田浩之に後もう少し近づいて攻撃すれば、キックの軌道を変えて追撃さえできる。それで、仕留めるつもりだった。

 近づくのは、例えわずかな距離とて危険だが、反対に、危険を冒さない限り、藤田浩之はいつまでも逃げ続けるだろう。

 しかし、心配することはないのだ。今の自分は、藤田浩之よりも打撃が速く、おそらく切り返したところで、やはりこちらの打撃が速い。

 危険ではある、が、恐れる必要はない。

 私は、そう判断して、そのほんのわずかな距離を近付き、まるで羽が生えているように軽い腰から、ハイキックを繰り出した。

 

続く

 

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