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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(98)

 

 ざわつく観客の中に、浩之は落ち着かなげに立っていた。

 あの、いきなりリヴァイアサンに邪魔されたデート、と言っても、邪魔された後もきっちりと楽しんだのだが、の次の日。

 まさか、そんなに早くに試合があるとは思っていなかったのだが、デートの終わりに、「明日試合だから」と言われて、急遽練習を休んで観戦に来たのだ。

 本気で時間がなく、結局リヴァイアサンのことも調べる余裕はなかった。

 浩之とて、焦っていない訳ではないのだ。

 綾香は、それは見た目は物凄い美少女だし、気安い性格なので、当然男にはもてるとは思っていたが、そういう影が、今のところさっぱり見えなかったので、浩之もそれについては大して気にもしていなかったのだが。

 まさか、あんな唐突に、そして強引に来る男がいるとは、まさか思わなかったのだ。

 綾香の反応を見れば、リヴァイアサンにチャンスがある訳はないのだが、しかし、それだからと言って、浩之が安心できるものでもない。

 この試合、勝っても負けても、綾香とリヴァイアサンの関係には何も起きないであろうし、何より、綾香が勝つのは最初から決定しているようなものだ。

 それでも安心できないのは、どうしようもない独占欲というものなのだろう、と理論的には考えられるのだが、しかし、それで不安が止まる訳でもない。

 こうなって初めて、浩之も自分で綾香のことをどう思っているのか意識していたが、反対に、例えば葵に対してリヴァイアサンが同じような態度を取れば、やはり気に喰わないだろうというのも予測でき、自分の身勝手さに多少嫌気がさしたりもする。

 それに、試合場も、あまり浩之の精神を落ち着かせてはくれないものだ。

 高くて頑丈な金網に囲まれたそこは、試合場というよりは、牢獄に近い。上は空いているので、綾香ならあっさりと抜けられる場所ではある。

 問題は、地面だ。

 そこには、硬い地面はなかった。あるのは、砂。

 砂場のような砂ではない。もっと目の細かな、砂漠にあるような砂だ。

 試合場の地面は、全てそれで覆われていた。それが何を意味するのか、わからない浩之ではない。

 ここでも、マスカは、綾香を倒すつもりで、綾香に不利な試合を選んできたのだ。

 もちろん綾香はオールラウンダー。打撃だろうが組み技だろうが、誰がかなうものかと思うほどの技量を持つ。

 しかし、打撃系と組み技系で言えば、明らかに打撃系に寄る。それは体格上、単純な力勝負、体重勝負になる可能性のある組み技が、綾香にとって不利だからだ。

 柔らかい地面というのは、つまり投げられても痛くない場所であり、そう考えると、組み技にとって不利なようにも見える。

 しかし、そうではないのだ。柔らかい地面は、ふんばりを殺し、素早い移動や、鋭い踏み込みを無くす。その結果、打撃系は、鋭い踏み込みからの一撃も、捕まらないための軽やかなフットワークも使えなくなってしまう。

 足場が悪いのは、体重の軽い格闘家の利点を、大きく殺すのだ。

 もちろん、同じように体重が重い人間は、余計に足を取られる訳だが、それをパワーでカバーできる。何故なら、相手の動きが遅ければ、掴むことができるからだ。

 一撃必殺の打撃は、上半身のみでは出ない。足場の悪さは、つまり下半身を殺し、上半身のみで打撃を打たなければならない状況を作り出し、打撃を、殺す。

 リヴァイアサンは、打撃しか浩之に見せていない。しかし、その点を考えなくとも、体格は綾香を遙かに上回る。

 同じ不利なら、足場に関係ない体格という利点がある方が有利。

 ……まあ、俺の考えなんて、休むに似たりってもんなんだろうがな。

 不安を打ち消す、さらなるものに、浩之は苦笑した。どこまで浩之が不安になろうとも、それを上回る「もの」が、あるのだから。

 足場なんて関係ない。不利なんて問題ない。

 来栖川綾香は最強だ。俺みたいなザコが気にするような問題じゃない。

 それはそれとして、とりあえず応援はするつもりだ。綾香は平気でも、見ている浩之はたまったものではないのだ。応援ぐらいさして欲しい。

 そのとき、試合場に、一人の男が入って来る。赤いサングラスをかけた、肩書きも人相もうさんくさい男、赤目だ。

「長らくお待たせしました!!」

 オオオオオォォォ、とその声だけで、観客達が沸き上がる。人数は大したことがないはずなのに、その熱気は空気を大きく揺らす。

「マスカレイドこそ、最強! ここにいる皆さんも、そう思って来たことでしょう!」

 赤目が、おおげさに手を広げながら、観客達に語りかける。

「何も根拠無き話ではなかった! 現に、今まで、マスカは負けなかった。勝ちに勝って、また勝って来た! しかし!!」

 マスカは一度言葉を切る。と同時に、観客達も押し黙った。

「たかが一人の少女に、クログモが負け、バリスタが負け、非公式ながら、バタフライさえ討ち取られました!」

 バタフライの話は初めて聞く者もいたのだろう、一気にざわめきが大きくなる。それでも聞いた者もいるようなのは、さて、本人が言いふらしたりはしないだろうから、どこから漏れたものなのか。

「いや、たかが、などと相手を貶める言葉は必要ないでしょう! 彼女は、掛け値なしに強い! 悔しいかな、倒された誰よりも強い!」

 相手を一度大きく持ち上げて、そして、落とす。その前準備であることを、浩之は感じていたが、何も文句は言わなかった。

「だが、まだ勝ち誇るには早い! マスカには、まだ猛者が残っている!! まさか彼が出るとは予測できなかったが、しかし、確実に、これで終わりでしょう!!」

 そうだ!そうだ!そうだ! と観客達の声が重なる。まるで打ち合わせをしてきたかのような連帯感。ここでは、浩之の方が少数派なのだ。

「さあ、それでは登場してもらいましょう! マスカの自信を打ち砕いてきた、美しき悪魔!」

 ふと、浩之は疑問に思った。

 近くに、控え室のようなところはない。しかし、綾香の姿はみえなかった。

「エクストリーム、高校女子の部、チャンピオン、来栖川、綾香ぁぁぁぁぁ!!」

 赤目はそうコールしながら、素早く試合場の外に出る。そして、扉の鍵を閉めた。

 ……

 数秒の沈黙。そもそも、赤目が出た扉以外に、試合場に入り口はないのだ。

 さらに、数秒たって、そろそろ観客達が不審に思う前に、それは、来た。

 ヒューッ

 風を切る音は、ほんの一瞬。

 唯一開いていた、金網の上。そこから、スカート姿の少女が、落ちてきた。

 ズサァッ!!

 砂をまき散らしながらも、軽やかに両脚で試合場に着地すると、思い出したかのように、ひらひらと舞うと言うよりは、完全にめくれ上がっていたスカートを両手で押さえる。

 ミニのスカートの中は、スパッツであり、残念ながら期待するようなものは見えなかったが、それでも、十分に派手な演出で。

 マスカにとっての悪魔、来栖川綾香は、試合場に降り立った。

 

続く

 

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