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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(99)

 

 空から降って来た綾香を見て。

 いや、さすがにやりすぎだろう。

 と、浩之は心の中でつっこまずにはおれなかった。

 観客達はその度肝を抜く登場の仕方に盛り上がっているが、まさに見せるだけの行為であり、試合とは何の関係もない。

 派手好きな綾香なら、選んでもおかしくはない登場の仕方だが、それにしたって無茶なやり方だ。スパッツだって喜ぶ人間は沢山……

 と、そういう問題ではなく、もし地面が硬いコンクリートならば、脚を痛める可能性があったのだ。無茶はして欲しくない。

 しかし、綾香が上から登場したってことは……

 浩之は、綾香の降ってきた上を見上げた。

「対するは! そのしなる腕から繰り出される打撃は、まさに鉄の鎖のごとし!! マスカレイド、ランキング四位、リヴァイアサン!!」

 赤目の紹介と同時に、浩之の予測通り、男が一人飛び降りてくる。

 ズシャァァァ!

 砂を巻き上げながら、青い鱗の描かれたマスクをした長身の男、リヴァイアサンが試合場に落ちてくる。

 体格上、綾香よりも勢いがついていたのだろう。身体をいっぱいに使って衝撃を殺したようだが、すぐに立ち上がって見栄を切る。当たり前だが、まったくダメージはなさそうだった。

 おぉぉぉぉぉぉ! と、リヴァイアサンの見栄と同時に、歓声が一層大きくなる。

 よく見ると、上の方に板を渡してあるようだった。その上に立って、出番が来るのを待っていたらしい。想像すると、ちょっとまぬけである。

「さあ、リヴァイアサンよ! 力の差を見せつけて、マスカが最強であることを証明してくれ!」

 赤目にあおられて、観客達から、リヴァイアサンコールがあがる。もっとも、浩之から見ると、あまりリヴァイアサンという名前は、コールに合っていないように思える。名前が長すぎる。

 しかし、リヴァイアサンがここでは正義であり、綾香は悪役だ。だからと言って、綾香の表情が変わる訳ではない。いつもよりも飄々とした顔には、軽い笑顔さえ浮かんでいた。

 四位、四位だ。かなり強いだろう。

 だからこそ、浩之は多少疑問に思わないでもない。綾香なら、強い相手を前にすれば、言葉は悪いが、もっとがっつくのだ。

 戦いの前に落ちつて、凶悪な笑顔一つも浮かべていない綾香は、むしろ浩之から見れば異質なものだ。

 まさか、油断してる訳じゃないだろうが。

 それこそ杞憂だろう。それに、綾香にだって心境の変化はあるかもしれないし、もっと自分の本性を隠すのがうまくなったのかもしれない。後記の理由の可能性が非常に高いあたり、綾香は凶暴ではないが、凶悪だと思える。

「Here is a ballroom(ここが舞踏場)!!」

 開始予鈴の叫びが、その奥まった試合場の隅々にまで響き渡る。

「「「「「「「「「「ballroom!!!!」」」」」」」」」」

 それに、観客達が答える。浩之までも、思わず叫んでしまった。それほどに、一体感のあるものだったのだ。

 もっとも、浩之は、この中では少数派の、来栖川綾香を応援し、そして綾香の勝ちを疑っていない一人なのだが。

「Masqueradeーーーーーー」

 来栖川綾香VSリヴァイアサン。

「Dance(踊れ)!!」

 と同時に、砂がはじけた。

 足場の悪さをものともしない動きで、両方が、相手に向かって駆けたのだ。

 綾香は、自然な左半身。

 そして、リヴァイアサンは、不可思議な、左腕を前に構え、右腕を、何故かひじをあげ、手の平が外を向くように構えた、異形の構え。

 そのリヴァイアサンの右腕が、動いた。

 風を切る、とよく言う。それはスピードを表す表現だが、リヴァイアサンのそれは、風を切るという表現を超えていた。

 言うなれば、風を巻き込む。リヴァイアサンの右腕の動きは、暴風のようにうなりをあげて、綾香の脳天に叩き下ろされた。

 スバァンッ!

 聞いたこともないような音を立てて、砂がはじき飛ばされる。

 リヴァイアサンの右腕は、砂にたたき込まれていた。綾香は、寸前のところでその腕を避けると、後ろに大きく距離を取ったのだ。まるで、その威力に恐れをなしたかのように。

 まさに大振りの一撃だった。

 肘をあげて、手が顔の近くにある状態で、甲が外を向く。その構えから出されたのは、大きく振りかぶる、物を投げるような動きだった。

 物を投げるときに、上に振りかぶるのは、その方が力が入るからだ。それは、打撃とて例外ではない。

 さらに、リヴァイアサンの腕は、肘から先が砂を打った。それは、柔軟な身体もそうだが、体重を全てかけ、相手に腕をあびせかけるような動きとなる。

 そこから生まれる威力は、人の頭など簡単に割ってしまうかもしれない。

 なるほど、威力はそうだろう。しかし、それが戦いとなればどうだ?

 リヴァイアサンの動きには、二つほど懸念がある。

 まず、大振りすぎることだ。あんなのでは、綾香を捕まえられる訳がない。一度目は、綾香が警戒して、カウンターを狙わなかったようだが、おそらくは次の一撃で、リヴァイアサンは捕まるだろう。

 強い打撃には、カウンターというものは相性がいい。ダメージがそのまま自分に返ってくるからだ。しかも、身体ごと相手にたたき込むような動きは、まさにカウンターを狙ってくれと言っているようなものだった。

 そして、もう一つの懸念は、その腕だ。

 テーピングこそしているようだが、何か防具で腕を覆っている訳ではない。あんなもので、砂なり人なりを、あの威力で叩けば、あっさりと腕は使い物にならなくなるだろう。

 人間が拳を使うのは、それが硬いからだ。その拳ですら、簡単に痛めるというのに、腕などという柔らかい部分が、あの威力の打撃に耐えられる訳がない。

 まあ、綾香なら、受ける前に倒すだろうけどな。

 贔屓ではない、浩之なりの冷静な判断だ。そして、結局のところ、リヴァイアサンがどこまで強くとも、綾香に勝てる訳がないのだ。

 浩之から見れば、ただあがくだけであるはずのリヴァイアサンは、にやり、と綾香に笑いかける。それだけで、浩之は嫌な気持ちになったが、試合中ということもあり、それを押さえた。

「まずは、見せてやったぜ。俺の技、見たことなかったんだろ?」

 余裕のある声だ。それがいつまで続くかはわからないが、戦術的には致命的に間違っている。隠せる技があるのなら、隠してここぞというときに使うべきなのだ。

 メディアへの露出がある綾香の唯一の弱点、綾香の技が知られて、しかし、向こうはこちらを知らないという、絶対的に有利な条件を使わないで、綾香に勝てるものか。

 浩之は、皮肉を笑みを浮かべて、余裕を持って立つリヴァイアサンを見ていた。

 その余裕が、長くはもたないということを、完全に信じて。

 

続く

 

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