空から降って来た綾香を見て。
いや、さすがにやりすぎだろう。
と、浩之は心の中でつっこまずにはおれなかった。
観客達はその度肝を抜く登場の仕方に盛り上がっているが、まさに見せるだけの行為であり、試合とは何の関係もない。
派手好きな綾香なら、選んでもおかしくはない登場の仕方だが、それにしたって無茶なやり方だ。スパッツだって喜ぶ人間は沢山……
と、そういう問題ではなく、もし地面が硬いコンクリートならば、脚を痛める可能性があったのだ。無茶はして欲しくない。
しかし、綾香が上から登場したってことは……
浩之は、綾香の降ってきた上を見上げた。
「対するは! そのしなる腕から繰り出される打撃は、まさに鉄の鎖のごとし!! マスカレイド、ランキング四位、リヴァイアサン!!」
赤目の紹介と同時に、浩之の予測通り、男が一人飛び降りてくる。
ズシャァァァ!
砂を巻き上げながら、青い鱗の描かれたマスクをした長身の男、リヴァイアサンが試合場に落ちてくる。
体格上、綾香よりも勢いがついていたのだろう。身体をいっぱいに使って衝撃を殺したようだが、すぐに立ち上がって見栄を切る。当たり前だが、まったくダメージはなさそうだった。
おぉぉぉぉぉぉ! と、リヴァイアサンの見栄と同時に、歓声が一層大きくなる。
よく見ると、上の方に板を渡してあるようだった。その上に立って、出番が来るのを待っていたらしい。想像すると、ちょっとまぬけである。
「さあ、リヴァイアサンよ! 力の差を見せつけて、マスカが最強であることを証明してくれ!」
赤目にあおられて、観客達から、リヴァイアサンコールがあがる。もっとも、浩之から見ると、あまりリヴァイアサンという名前は、コールに合っていないように思える。名前が長すぎる。
しかし、リヴァイアサンがここでは正義であり、綾香は悪役だ。だからと言って、綾香の表情が変わる訳ではない。いつもよりも飄々とした顔には、軽い笑顔さえ浮かんでいた。
四位、四位だ。かなり強いだろう。
だからこそ、浩之は多少疑問に思わないでもない。綾香なら、強い相手を前にすれば、言葉は悪いが、もっとがっつくのだ。
戦いの前に落ちつて、凶悪な笑顔一つも浮かべていない綾香は、むしろ浩之から見れば異質なものだ。
まさか、油断してる訳じゃないだろうが。
それこそ杞憂だろう。それに、綾香にだって心境の変化はあるかもしれないし、もっと自分の本性を隠すのがうまくなったのかもしれない。後記の理由の可能性が非常に高いあたり、綾香は凶暴ではないが、凶悪だと思える。
「Here is a ballroom(ここが舞踏場)!!」
開始予鈴の叫びが、その奥まった試合場の隅々にまで響き渡る。
「「「「「「「「「「ballroom!!!!」」」」」」」」」」
それに、観客達が答える。浩之までも、思わず叫んでしまった。それほどに、一体感のあるものだったのだ。
もっとも、浩之は、この中では少数派の、来栖川綾香を応援し、そして綾香の勝ちを疑っていない一人なのだが。
「Masqueradeーーーーーー」
来栖川綾香VSリヴァイアサン。
「Dance(踊れ)!!」
と同時に、砂がはじけた。
足場の悪さをものともしない動きで、両方が、相手に向かって駆けたのだ。
綾香は、自然な左半身。
そして、リヴァイアサンは、不可思議な、左腕を前に構え、右腕を、何故かひじをあげ、手の平が外を向くように構えた、異形の構え。
そのリヴァイアサンの右腕が、動いた。
風を切る、とよく言う。それはスピードを表す表現だが、リヴァイアサンのそれは、風を切るという表現を超えていた。
言うなれば、風を巻き込む。リヴァイアサンの右腕の動きは、暴風のようにうなりをあげて、綾香の脳天に叩き下ろされた。
スバァンッ!
聞いたこともないような音を立てて、砂がはじき飛ばされる。
リヴァイアサンの右腕は、砂にたたき込まれていた。綾香は、寸前のところでその腕を避けると、後ろに大きく距離を取ったのだ。まるで、その威力に恐れをなしたかのように。
まさに大振りの一撃だった。
肘をあげて、手が顔の近くにある状態で、甲が外を向く。その構えから出されたのは、大きく振りかぶる、物を投げるような動きだった。
物を投げるときに、上に振りかぶるのは、その方が力が入るからだ。それは、打撃とて例外ではない。
さらに、リヴァイアサンの腕は、肘から先が砂を打った。それは、柔軟な身体もそうだが、体重を全てかけ、相手に腕をあびせかけるような動きとなる。
そこから生まれる威力は、人の頭など簡単に割ってしまうかもしれない。
なるほど、威力はそうだろう。しかし、それが戦いとなればどうだ?
リヴァイアサンの動きには、二つほど懸念がある。
まず、大振りすぎることだ。あんなのでは、綾香を捕まえられる訳がない。一度目は、綾香が警戒して、カウンターを狙わなかったようだが、おそらくは次の一撃で、リヴァイアサンは捕まるだろう。
強い打撃には、カウンターというものは相性がいい。ダメージがそのまま自分に返ってくるからだ。しかも、身体ごと相手にたたき込むような動きは、まさにカウンターを狙ってくれと言っているようなものだった。
そして、もう一つの懸念は、その腕だ。
テーピングこそしているようだが、何か防具で腕を覆っている訳ではない。あんなもので、砂なり人なりを、あの威力で叩けば、あっさりと腕は使い物にならなくなるだろう。
人間が拳を使うのは、それが硬いからだ。その拳ですら、簡単に痛めるというのに、腕などという柔らかい部分が、あの威力の打撃に耐えられる訳がない。
まあ、綾香なら、受ける前に倒すだろうけどな。
贔屓ではない、浩之なりの冷静な判断だ。そして、結局のところ、リヴァイアサンがどこまで強くとも、綾香に勝てる訳がないのだ。
浩之から見れば、ただあがくだけであるはずのリヴァイアサンは、にやり、と綾香に笑いかける。それだけで、浩之は嫌な気持ちになったが、試合中ということもあり、それを押さえた。
「まずは、見せてやったぜ。俺の技、見たことなかったんだろ?」
余裕のある声だ。それがいつまで続くかはわからないが、戦術的には致命的に間違っている。隠せる技があるのなら、隠してここぞというときに使うべきなのだ。
メディアへの露出がある綾香の唯一の弱点、綾香の技が知られて、しかし、向こうはこちらを知らないという、絶対的に有利な条件を使わないで、綾香に勝てるものか。
浩之は、皮肉を笑みを浮かべて、余裕を持って立つリヴァイアサンを見ていた。
その余裕が、長くはもたないということを、完全に信じて。
続く