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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(101)

 

 鋭い連撃の二撃目を、綾香は避け切れずに、両腕でガードすることになった。浩之にはそう見えたのだが、事実は違うようだった。

 リヴァイアサンの連撃に、綾香はローキックを合わせたのだ。と言っても、浩之の予想でしかない。実際の動きまで、目が行かなかったのだ。

 ただ、リヴァイアサンが言うように、綾香は脚を使って、リヴァイアサンの前進を止めた。だからこそ、追撃はなかったのだろう。

 おそらく、当たっては、いなかったのだろう。目では見えなくとも、当たれば音はするだろう。

 しかし、多少なりともダメージを受けるような打撃を、綾香が受けるなんて……

 つまり、避けきれないと判断したということだ。一撃目のスピードも速かったが、二撃目のスピードも、驚くほど速く、何より、その威力は見ての通りである。

 決して一撃目が牽制とは思えなかったんだけどな。

 ワンツーというには、腕の動きが大きすぎる。しかし、ワンツーよりも速いのではないのかと思えるスピードに、一撃目のジャブが、かわりに必殺の威力を持った一撃に変換されている。

 危険なコンビネーションだった。レベルが低ければ、そしてよほどのレベルであろうとも、それのみで戦えるだけの、技の完成度がある。

 見誤る訳がない。このリヴァイアサンという男は、ケンカではなく、格闘技を練習している。それも、長い年月をかけてだ。

 丁度、寺町の打ち下ろしの正拳のように、技に練度がある。付け焼き刃の浩之では、どうやってもまだ手に入らないものだ。

 しかし、何の格闘技なのか、いまいち判断がつかない。腕を振り回す格闘技など、浩之の知識にはないと言うか、そもそも打撃格闘技にそんなものがあるとは思っていなかった。

 拳を使わず、今のところ足技も見せず、両の腕を凶器と化して、打撃のみで戦うリヴァイアサンは、格闘技をやっているはずなのに、浩之の目から見て異質だった。

 しかも、ここから打撃のみで戦うかどうかも判断つかないのだ。綾香は、メディアに出ている以上、どうしても相手に技を知られてしまう。その点は、いかに技を見せた、と相手が言っても、消しきれるものではない。

 綾香が負けるとは思っていないが、あまり気分の良い状況ではなかった。

 浩之の不安を感じ取ったのか、綾香の視線が、一瞬浩之の方に向く。

 が、その一瞬の隙を、リヴァイアサンは見逃さなかった。

 ザシュッ、と砂を掻く音が綾香の視線をリヴァイアサンの方に向ける。が、そのときには、リヴァイアサンは綾香の視界から消えていた。

 いや、本当は見えていたのか、それとも勘で動いたのか、綾香は宙に飛んでいた。

 ズガッ!!

 リヴァイアサンの身体は、水上を走る船のように、砂の上すれすれを走って綾香をリーチの中に捉えたのだ。

 下からすくい上げた腕が、綾香の足の裏を強く打つ。腕で受けてもダメージの有る一撃を、宙に飛び、さらに靴の裏で受けることにより、ダメージを殺す。

 そのまま、綾香は勢いにまかせて上に飛ぶことなく、くるり、と宙に身を置いたまま、バク転する。

 ガンッ!!!

 綾香の宙で回転した勢いを乗せたままのキックと、リヴァイアサンの追撃の左腕が、激しくぶつかり合う。

 さすがにリヴァイアサンは、激突の衝撃で後ろに下がり、綾香はすとん、と軽く砂の上に飛び降りる。

 おおおおおぉぉぉぉ!!

 綾香のアクロバティックな動きに、観客は沸き立つ。

 二撃目は、リヴァイアサンの方からの攻撃ではなかった。綾香の反撃が、あまりにも速く、そして意表を突いていたので、それを打ち落とすために、二撃目を使わなければならなかったのだ。少なくとも、浩之にはそう見えた。

「つれねえなあ、他の男の方見るなよ」

 綾香の靴に打ち付け、さらに綾香の鋼のような脚の蹴りを受けてなお、リヴァイアサンは腕を痛めた様子はなかった。

 これも、長年かけて鍛えた証拠だ。坂下の拳などもそうだが、本気で鍛えた人間の身体は、まるで武器だ。坂下の拳なら、木の板など平気でたたき割るほどの硬さを持っているだろう。

 そこまで鍛えても、人間を殴れば簡単に拳は割れてしまう危険がある。それほど、人体とは硬さで測れない硬さを持つのだ。

 しかし、リヴァイアサンに関しては、腕を痛めるという希望は持たない方が良さそうだった。そんな自滅を望めるような、甘い相手ではない、と浩之は理由もなく感じていた。

「目の保養ぐらいさせて欲しいわ」

 そう言いながら、今度は堂々と浩之に視線を送る。しかし、リヴァイアサンは隙を突くことができなかった。

 二人の位置が動き、綾香と浩之をつないだ線上に、リヴァイアサンが立っていたからだ。こうなると、視線が自分にないことはわかっていても、おいそれと攻撃できる状態ではない。

「……さっきのは、位置を動かすためにわざと隙を作ったって訳か」

「さーね、まあ、私ならできないこともないけど」

 たかが一瞬、されど一瞬。高いレベルの格闘家同士なら、その一瞬が勝敗を決するのはわかっているだろう。

 しかし、だからこそ綾香は隙を作った。いや、それを隙とは言うまい。

 リヴァイアサンは、まんまと綾香の誘いに乗ってしまったのだ。結果として、事なきを得たが、一瞬遅ければ、綾香の反撃のスピンキックで、一撃の下に屠られていたかもしれないのだ。

 メディアに露出した分で起こる、相手へ情報が漏れることは、結局、綾香にとってみれば、そう問題ではないのだ。

 人が後から見れる分では、使っていない技など星の数ほどある。いや、そもそも、綾香に技、など、笑い話にもならない。

 二度同じ動きをする必要などない。そのとき最大で最高に効果の高い動きで、ただ動くだけなのだから。

 外見や言動はどうであろうとも、リヴァイアサンの技の本質は、「積み重ね」なのだ。辛い訓練を、何年も何年もかけて積み上げることにより、強さとなる。

 しかし、綾香は技を積み重ねない。積み重ねるのは、能力のみ。そして、そこから新しい動きを生むのだ。

 格闘技では、努力は才能を越す。いや、どんなものでさえ、最終的には努力の余地があるものは、努力が勝つのだ。

 しかし、本当の怪物が、積み重ねた技ではなく、その「場面」において動きを生み出し、戦ったとすれば。

 結果生まれるのは、同じ怪物であって、しかし、それを超える怪物。

 ひゅひゅんっ、と綾香の腕がうなりをあげる。ただ魅せるためだけの動きだ。しかし、その余裕があることを相手に示し、相手の冷静さを攻撃する。

 いや、冷静であっても、綾香の無駄な動き、無意味な余裕は、相手の心を、確実に締め付けてくる。それも、綾香の強さの一つだ。

 砂を乱すことなく、まるで宙に足が浮いているのでは、と思えるほど体重を感じさせずに、綾香が、動き出す。

 しかし、相手は騙されては駄目なのだ。

 綾香の余裕は、単なる余裕であり、それは怖い部分ではないのだ。問題は、その余裕を生む、綾香の強さことが、本当の敵なのだ。

 

続く

 

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