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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(103)

 

 リヴァイアサンの、綾香と比べれば非常に大きな身体が、為す術もなく、砂の上に叩き付けられる。

 コントでもこうは綺麗にはいかないだろうと思えるほど綺麗に、顔面からだ。

 綾香は、足を砂の上につけると、何の躊躇もなく、その脚を振り上げた。

 ズシャアァッ!!

 綾香の蹴り上げてから、蹴り下ろした踵が、盛大に砂をまき散らす。最初のリヴァイアサンの腕によるものよりも、さらに派手に、砂が飛び散り、観客の方にまで届く。

 が、その踵は、リヴァイアサンを捉えることはなかった。

 物凄い勢いで砂に口づけしたにも関わらず、リヴァイアサンは次の瞬間には立ち上がって、綾香から距離を取ったのだ。

 後一歩遅ければ、綾香の渾身の踵落としを受けて、怪我、下手すれば死んでいたのではないだろうか?

 とにもかくにも、リヴァイアサンは生き残り、ぺっぺっと呑気そうに口の中に入った砂を吐いている。それを見る限りは、ダメージはなさそうだし、目などに致命的なダメージを受けた様子もなかった。

 それは仕方ない。倒れたとは言え、砂の上だ。コンクリートなどと比べるとダメージを吸収するし、砂が目などに入り込まない限り、問題は起きないだろう。

 しかし、その倒れるまでの課程が、浩之にも分からなかった。綾香の連続で巧妙なフェイントを、リヴァイアサンがことごとく対処し、本命の変則後ろ回し蹴りをかいくぐったところまではわかったのだが、その後リヴァイアサンが砂の上に叩き付けられた、その理由がわからない。

 リヴァイアサンは砂を口と顔からはらうと、ちっ、と舌を鳴らした。

「無様な姿見せちまったな」

「かまわないわよ。別に何も期待してないし」

 綾香のそっけない言葉に、リヴァイアサンはくっくっくと、おかしそうに肩を揺らす。浩之から見ても、会話でダメージが回復するのを待っているようにしか見えない。しかし、綾香がそれに気付いていない訳はないので、綾香がリヴァイアサンの作戦に付き合っているということだ。

「まあそう言うなよ。まさか、あそこでキックを避けた後に、さらに拳が来るとは思ってなかったんだからよ。ダメージを殺しただけ誉めて欲しいぜ」

 リヴァイアサンは、まさにいたせりつくせりだ。観客が理解できない攻防をすれば、ちゃんと解説をしてくれる。まったく感謝はしないが、律儀なことだと浩之は思った。

「もっとも、あんな体勢じゃあ、一撃必殺なんて夢のまた夢だけどな」

「それでもダメージはあるでしょ? 別に会話に付き合う必要もないんだけど?」

 やはり、綾香はわかっているようだった。そして、リヴァイアサンが結局のところ、ダメージを殺しきれなかったのをちゃんと理解している。自己申告を信じてやるほど、そこには信頼関係も油断もない。

 あそこから打てる、しかもリヴァイアサンを砂に叩き付けるパンチと考えると、できる動きは浩之にも考えることができる。

 おそらくは、右の、上から覆い被せるようなフック。

 本命である、と見せかけた変則後ろ回し蹴りを、身体をあびせかけるように放ちながら、その下をかいくぐったリヴァイアサンの頭めがけて、倒れ込む体重を乗せて、自分の足が宙に浮いている状態で、右のフックを落とす。

 綾香の読み勝ちだ。もしその動きを読まれれば、綾香は完全にバランスを崩していただろう。当たるとは思っても、わざわざ危険を冒す選択肢を、綾香は読んで取った。

 いや、そう考えているのは浩之だけで、綾香にとってみれば、それを避けられた後も、ちゃんと手があったのかもしれない。この程度の相手に、危険を冒す意味も、綾香にはないのかもしれないのだから。

 今日の攻防が、あまり見えているとは言いかねる浩之としては、自分の目にあまり自信が持てない。普通なら、その目を頼りにしているだけに、悔しくもある。

 怪我をしている間に、かなりなまったのかもしれないし。

 これは怖い想像なので、あまり考えたくないのだが、綾香がもっと素早く、強くなっているという可能性もある。

 しかし、どちらにしろ、今は綾香が押している。リヴァイアサンには、いいところなしだが、浩之には嬉しい限りだ。

「別に油断してる訳じゃねえんだが……なっ」

 リヴァイアサンの脚が動いた、と思った瞬間には、綾香はその場で上半身を横に動かして、何かを避けていた。

 砂っ!

 リヴァイアサンは、足で砂を蹴って、綾香の目を狙ったのだ。汚いとは言うまい、それがマスカレイドの戦いだ。

 そして、綾香の目を的確に狙い、綾香の身体を動かせた、リヴァイアサンのコントロールは、驚嘆に値するものだ。

 綾香は、砂の試合場であるという時点で、砂を武器に使われる可能性を十分考慮していたのだろうが、しかし、身体が動くことによる一瞬の隙を作らないことはできなかった。それは、綾香は欠点のない天才とは言え、試合中に物を投げつけられるという経験が、致命的に欠如していたからだろう。

 しかし、致命的な経験不足も、綾香にとってみれば、一瞬不利なだけである。その一瞬を逃さないのは、相手の強さだ。

 リヴァイアサンは、その瞬間には、綾香を自分の射程に入れていた。綾香に入り込まれるのではない、自分で、綾香を中に入れたのだ。その差は大きい。

 後の先とかではなく、純粋に後手にまわることとなった綾香に不利な体勢だった。

「らぁっ!!」

 最速を持って、最小の距離を、リヴァイアサンの腕が駆ける。あたかも、羽を持つ蛇のようにうねり、綾香にめがけて振り下ろされる。

 避けが間に合わないと悟って綾香は防御の態勢に入っていたが、それは非常にまずい動きだった。先ほど、リヴァイアサンの渾身の一撃には、受けが通用しないことを経験したばかりなのだ。

 それを綾香の失策と言うのは酷だろう、リヴァイアサンが、うまかっただけだ。

 ゴッ

 リヴァイアサンの右腕が綾香の十字ブロックに当たり。

 ッパァン!!!

 そのまま、綾香のガードが、車にはねられたかのように激しくはじき飛ばされる。

 だが、綾香とて何も出来ずに正面から受けた訳ではない。腕をはじき飛ばされることによって、そこで威力を殺す。

 それでも、リヴァイアサンの一撃は、綾香の動きを止めることができるほどの威力を残していた。さらに、その一撃は余剰でリヴァイアサンの身体を前進させる。

 そして、綾香が次の動きを取ることを許さず、リヴァイアサンの下から相手をすくい上げ、巻き付くような左の腕が、綾香に迫る。

 ガードのためにはじかれた両腕は、すでに防御できる態勢ではない。そして、上からの一撃は、綾香の脚を止め。

 さらに、予測よりも内に入られたことで、綾香の対応は何も間に合わなかった。

 ドウォンッ!!

 激しくも鈍い音を立てながら、リヴァイアサンの腕が綾香の腹部に入り、自分から飛ぶのではなく、相手の威力によって、綾香の細い身体が、リヴァイアサンの腕によって持ち上げられた。

 

続く

 

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