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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(105)

 

 楽しげな綾香を見ていると、浩之は自分の胸の中に、不安なものがわき出るのを、明確な理由があって納得してしいた。

 危険なことに、不機嫌の中にも、綾香がこの戦いを楽しみだした様子が、浩之にはありありと感じられる。

 悪い兆候だった。いや、綾香の勝利は揺るぎないものになっていくが、今度こそ死人が出ないかどうか怪しいものだ。

「さて、どう料理してやるかな。活きがいいから、どうやってもうまそうだぜ」

 リヴァイアサンの、実情はどうであれ、それでも叩く軽口も、そんなものが辞世の句になったらどうするんだと注意してやりたいぐらいだ。

 確かに、今のところ二人は互角である。一応両方一撃を入れているが、ダメージの点から言えば、バランスの悪い打撃で当てた綾香の方が多少不利とさえ言えるだろう。

 しかし、風は綾香の方に吹いている。この足場が砂という悪い状態でも、今のところ綾香はそれで不利を受けたところは見受けられない。

 リヴァイアサンだって、その打撃には不利な足場でも、驚異的な一撃を放つのだから、お互いに場所による有利不利はないようにさえ思える。

 正直、このフィールドを、リヴァイアサン有利と見て赤目が選んだのだとしたら、選択ミスだ。

 今まででも互角であったのに、綾香が飛びつき腕逆十字を見せたことにより、むしろ綾香に有利に傾いている。

 足場の悪さでもスピードは損なわれず、それどころか、組み技で自分に有利に持って来る。

 リヴァイアサンも組み技が使えない訳ではないのだろうが、綾香には劣ると見ても間違いないだろう。

 打撃の使い手と正面から戦えば、綾香が勝てないことなどない。

 多少、それについては浩之にも苦い思いがない訳ではない。打撃系が正面から戦えば勝てない。それは、葵が綾香に勝てないと言っているようなものだからだ。

 浩之は、まだいい。総合的に戦ってもまだどうにかなる。しかし、葵は、やはり打撃で戦うだろう。そして、綾香がそれで負けるとは、とても思えなかった。

 お互いに離れた距離から、その距離を縮めることなく、綾香とリヴァイアサンは円を描きながら動いている。

 ダメージの回復を謀っているのか、それとも攻めあぐねているのか。

 先に動いたのは、リヴァイアサンだった。いや、リーチがある以上、先に動くべきなのはわかるが、綾香を見てそれを出来るのは、大した根性と言える。

 下手に動けば、中に入られる。リーチはリヴァイアサンの方があるが、それよりも中に入ってしまえば、綾香の距離になる。

 先手先行。リーチを生かすためには、例え危険であろうとも、先に手を出す勇気が必要なのだ。リヴァイアサンには、浩之から見てもそれがあった。

 それに、先に動けば、何も全部が危険と言う訳ではない。

 ゴウッ!!

 天よ裂けよとばかりに振り下ろされたリヴァイアサンの右での一撃のプレッシャーは、綾香を内に入らせなかった。

 綾香から見ればその軌道は線。入ろうと思えば、どこにでも入る場所はある。しかし、それを許さないだけのスピードと迫力が、リヴァイアサンの一撃にはある。

 完璧に狙い澄ましてならともかく、中途半端な対応で入ることができるほど、リヴァイアサンは甘くない。

 それでも、一撃をギリギリで通過させると、内に入るべく、綾香は身体を動かす。

 下手に先に動けば、綾香相手ではどうなるかわかったものではない。

 しかし、下手ではなく、上手く動くのなら、例え相手が綾香とて、恐れることはない。

 入ろうとする綾香に向かって、右に一瞬遅れて振り下ろされた左腕が続く。その一瞬では、いかに綾香でも、相手を射程に捉えることはできない。

 それでも、脚は届く位置にあったが、綾香はその脚を温存する。

 綾香の予想通り、間髪入れず、リヴァイアサンは右腕を振り下ろす。ほんの数瞬前に通過したはずの右腕が、すでに手元に戻っていたのだ。

 しかも、その連打でも、スピードも威力もまったく衰えることを知らない。全てが全力で、必殺をはらんだ腕を、綾香は身体をずらして避けながら、それでも前に出ようとする。

 が、今度はさらにまた数瞬前までその場を通過したはずの左腕が、横殴りに振り切られる。横に回り込もうとしていた綾香の動きを読んでいたような追撃だ。

 が、ここで脚を残しておいた綾香には、逃げるという選択肢を取ることができた。そして、綾香は逃げるとなれば、まったく躊躇しなかった。

 不完全な動きで流しきれるほど、リヴァイアサンの一撃を、例え連打の四撃目でも、甘くは見ない。というより、その風を裂く音は、油断など生ませてくれない。

 脚を残すという選択肢を、綾香が間違えたのなら、それで終わっていた。そういう攻防だった。綾香にしてみれば、防御一方の、押された展開だ。

 だが、その展開は、まだそこでは止まらなかった。

 横殴りの左腕を身体に巻き付けるようにしながら、リヴァイアサンが前に出る。それは、あたかも引き絞られた強弓のように。

 まず、左が、来た。

 下から、振り上げているのに、一直線に突き上げられるようなリヴァイアサンの左腕を、綾香はのけぞりながら避ける。

 あごと腕の距離は、わずかに一センチ。しかし、その一センチが、綾香の意識を狩るのを防ぐ。

 が、綾香にはその後がなかった。

 さらに、これが本当の本命である、巻き上げられた身体が開く力から繰り出される、リヴァイアサンの右腕の一撃。

 すでに逃げ切った綾香に、逃げ場はない。あまりの展開のスピードに、浩之の応援さえ間に合わない。

 狙うは、すでにのけぞってこれ以上は動きの取れない、綾香のあご。

 シュゴッ!!

 観客の中には、思わず目を閉じようとして、それすらも間に合わなかった者までいた。それほどのスピードある連撃だった。

 が、それすらも、空を切った。

 綾香は股を百八十度まで開くと、ぺたんと尻もちをつきながら、さらに上身体を砂の上に寝かせたのだ。

 リヴァイアサンの一撃は、確かにある程度の追尾能力もあったが、それすらも予想外の動きで、予想外の場所まで動いた綾香の身体を捉えることはできなかった。

 そして、綾香にはすでに脚は残っていなかったが、しかし、まだ攻撃にも防御にも使っていない、腕が残っていた。

 砂をはじきながら、綾香の身体が砂の上で回転したかと思うと、連撃を放った上に、綾香に避けられて、内に綾香を入れてしまったリヴァイアサンのあごめがけて、下から片足を突き上げた。

 バシィッ!!

 すでにガードにまわっていた左腕をはじきながら、しかし、それによってリヴァイアサンの身体が大きく後ろに逃げる。

 ほぼ垂直に突き上げられた右足刀をダメージなしで避けるには、後ろに下がるしかなかったのだ。

 綾香は、そのまま軽く立ち上がると、その場で服についた砂をパンパンッ、と払う。まだ十分リヴァイアサンの射程圏内にもかかわらず、だ。

 しかし、まるでその砂を嫌うかのように、リヴァイアサンは綾香から距離を取った。

 おおおおおぉぉぉっっ!!

 二人の攻防が終わってから、それをやっと頭で理解できた観客達が、大きな歓声を上げたときには、すでに向かい合う二人は、相手を倒す、次の手を考えているところだった。

 

続く

 

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