……守りに入ってるわね。
綾香はそう思いながら、リヴァイアサンの猛攻を避ける。
砂の地面が、綾香の足にからみつき、スピードを殺そうとしてくる。その鎖を、綾香は力とスピードで断ち切る。
千切れた鎖は、時間差を置いて、一瞬で綾香をトップスピードにする。それがフェイントの効果を持ち、リヴァイアサンは綾香を捕まえきれないのだ。
リヴァイアサンほどの格闘家になれば、戦っている間に相手のリズムを読んで、それに合わせてくるぐらいは出来る。しかし、それを逆手に取ってリズムを何度も変えることにより、相手にリズムを読ませないという高等技術を、綾香はその状況に合わせて使ったのだ。
リズムも読めないどころか、いつまでたってもリズムが一定しない。こんな、しかも驚異的なスピードで動く相手を、簡単に捕まえられる訳がない。
いや、そんなことがなくとも、リヴァイアサンは今の状態では綾香を捕まえることはできないだろう。
この猛攻も、スピードこそ衰えていないし、十分必殺の威力を持っているが、最大の威力とはとても言えない。
隙は見せない。しかし、これで倒すために手を出している訳ではないのだ。本気で倒すつもりではないような打撃では、綾香を捉まえられる訳がない。
リヴァイアサンは、攻撃はして来ても、本心は守りに入っている。それは、綾香に気押された結果だと綾香は思っている。
もっとも、ただ守っている訳ではない。守っているというよりも、それは待っていると言った方が正しいのだろう。
どれを待っているのかはわからないが、とにかく、リヴァイアサンは私の技を待っているみたいね。
綾香はメディアへの露出がある。試合がテレビに写されたことも多い。技を研究されるのはそんなに珍しいことではない。
どんなパンチにも、どんなキックにも、それどころか、一歩前に進むその動きにさえ、癖というものはある。そして、その動きの中には、やはりどこかに隙が含まれるのだ。
技を研究して、それを効果的に使用しようとすれば、おのずと相手が何をしようとしているのかわかる。綾香には、当然わかっていた。
この私に、カウンターで勝とうだなんて、ね。
無謀にもほどがある。カウンターを得意とする綾香に、同じカウンターで相対するなど、意味も何もない。
自分の得意技ならば、弱点も当然わかっているものなのだ。綾香にとっても、それは当然。カウンターの弱点を、綾香はよく心得ている。
問題は、一体どの技に合わせてくるつもりなのか。
綾香は、冷静、といよりも呑気に相手の出方を見ていた。まだ警戒さえしていない。何故なら、カウンターというのは、相手も不用意に出す訳にはいかないからだ。
なるほど、相手を研究して、技の弱点を探り、その技が来るのを待って決着をつけるのは、理にはかなっている。
しかし、それを待つというのは、以外に神経をすり減らす。それどころか、緊張のあまり、狙っていたはずでも、見逃してしまうかもしれない。
だから、綾香はまだゆっくりと戦える。リズムをずっとずらしている限り、リヴァイアサンは不用意には狙ってこない。
案の定、二人の技は、その激しさとは裏腹に、空を切るばかりだ。
相手の技のリズムをわかってから、やっとカウンターは狙える。綾香は、二発もあれば相手のリズムに合わせてカウンターを打つことさえできるが、やはり、時間をかけて相手の癖を体感した方が確実だ。
このまま、リズムをずらし続ければ、リヴァイアサンはカウンターを打てない。
とは言え、守りに入っているリヴァイアサンを、強引な方法以外でどうこうすることはできない。それだけ、リヴァイアサンに実力があるからだ。
だから、綾香はリズムを散らすことを、止めた。
リズムをずらす、ということに使われていた綾香のスペックが、攻撃に集中する。同じく、さっきまでリズムを読み切れなかったリヴァイアサンは、綾香のリズムを身体で理解する。
シュパッァ!!
お互いの打撃が、お互いにかすって、音を立てた。
リヴァイアサンが、綾香の変化を敏感に読み取って、目を見張る。しかし、それでも完璧に攻撃に転じたりはしない。
そうしてくれれば、綾香としては楽であったのに。リヴァイアサンのかわりに、カウンターを合わせる準備が、綾香にはあった。
とは言え、容易にカウンターを合わせるような行動をリヴァイアサンはしない。攻撃一辺倒になれば、自分が負けることを理解しているのか、ギリギリの線から先には進まないのだ。
だから反対に、綾香は自分からその領域に踏み込む。
ズバシィッ!!!
綾香のハイキックが、リヴァイアサンの両腕でガードされた頭を蹴り、リヴァイアサンの身体を横にずらす。
おおおぉぉぉ!!
細身の身体から放たれた強力な一撃に、観客は沸くが、綾香はそんなことはどうでも良かった。
ハイキック、じゃないみたいね。
リヴァイアサンが何を狙っているのか知らないが、一番手っ取り早いのは、技をかけてみることだ。しかも、コンビネーションの一つとしてではなく、単発の技としてが好ましい。
綾香は、誘っていた。どうぞカウンターを打つつもりなら打ってくれ、と言わんばかりに、技を単発で打つ。
リヴァイアサンは、狙っているのと違う技なのか、それとも警戒しているのか、反撃ぐらいできるだろうに、単発の技を防御する。
確かに、一発一発は鋭い。しかし、リヴァイアサンほどのレベルになれば、それ単発程度では、脅威にならないのも確か。
右ストレートと、左フックをためしてみたが、これもリヴァイアサンは防御して終わらせた。
不可思議なことに、単発を連打したにも関わらず、何故か綾香が一方的に攻撃するようになっていた。
技一つ一つに隙はまずないので、手を出したくとも出せないのが本音なのだろうが、もしかすれば、リヴァイアサンは、綾香がわざわざ相手がカウンターを打つのを待って技を一つずつ試しているのに、気付いているかもしれない。
左ローを打ったところで、綾香はぴんと来た。
ははあ。これは、普通の技を狙ってないわね。
カウンターを狙っているわりには、あまりにも防御に身を置きすぎている。つまりそれは、防御ないし回避をしないと、狙った技を処理しきれないことを意味する。
えーと、私の今まで使った技の中で、そんな技となると。
綾香は、砂の上を這う蛇のように素早くリヴァイアサンから距離を取ると。
身体を、縮めて構えた。
リヴァイアサンは感じるものが、というより、研究したというのなら、覚えているものがあったのだろう、普通なら見てわからない程度に反応があった。
視線を読むに、おそらくは上半身を狙った技を待っている。そして、一度完全に回避した後でないと発動しない技。
該当する技は、ある。今のところ、綾香の代名詞的な技だ。考えてみれば、これを狙っているのは、当然かもしれない。変幻自在の綾香の中で、固まった技など、少ないのだから。
リヴァイアサンの狙いは、もうわかった。
狙いは、ウサ耳パンチ、ね。
そして、狙われているその技を、あえて使おうと綾香はしていた。
続く