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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(118)

 

「どれでも遠慮なさらずに頼んでください」

 笑顔で初鹿(はつか)に言われ、浩之は多少戸惑うものがあった。

 夜だと言うのに、ファミレスには学生服の人間も多数見受けられる。その中で、ジャージ姿の浩之は、目立っていない方だ。

「……というか、どういう状況で俺はここにいるんだ?」

「男の人に、多分ナンパだと思うのですが、声をかけられたのを、助けてもらいました。だから、お礼にお食事でもしようかと」

「いやまあそうなんだけどさ」

「私、両親にも恩は恩で返せと言われてきました。遠慮なさらずにどうぞ」

 それは、動き詰めだった浩之は、お腹がすいている。ファミレスに来て、身体が条件反射でお腹を鳴らしているのを確かだ。

 しかし、女の子におごってもらうというのは、気が引ける。しかも、さっき初対面の人間ならばなおさらだ。

「そんな遠慮なさるなんて、まさか」

 初鹿の顔が、驚きとも嘆きとも取れる表情を作る。

「それとも、恩をここで取っておいて、後からもっと大きくして返せと……」

「いや、それはないない」

 慌てて浩之が否定すると、初鹿はクスクスと笑う。

「冗談ですよ。でも、ここはおごられてください。その方が、私も助かります」

「ええと……んじゃ、ハンバーグ定食で」

 メニューの中では高くもなく低くもなく、ボリュームのあるメニューだ。さすがに横のビックを頼むのは悪いかと考えたのだ。

 初鹿は嬉しそうに頷くと、呼び鈴を押して店員を呼ぶ。

「ビックハンバーグ定食とキノコパスタハーフをお願いします」

「ビックハンバーグ定食をお一つ、キノコパスタハーフをお一つ。以上でよろしいですか?」

「え……」

「はい、お願いします」

 浩之が止める前に、初鹿が店員に答えると、店員は頭を下げて下がっていった。

「俺、ビックじゃなくて……」

「男の方ですから、食べられますよね?」

「そりゃ、今お腹すいているし、全然余裕だけど……」

 そんな浩之を、また初鹿がクスクスと笑う。

「先ほどから、お腹がなりっぱなしですよ?」

「げっ」

 浩之は慌ててお腹を押さえたが、それで腹が鳴るのが止められる訳ではないし、そもそももう手遅れだ。

「お気になさらずに。何度もいいますが、お礼ですから」

「お礼って……別に、俺がいなくても、あんたなら、十分あしらえたんじゃないのか?」

「そうでしょうか?」

 間違いないだろう。状況がいきなりで流されていることを考えなくとも、浩之は一方的に初鹿のペースに流されている。言いたくはないが、浩之は性格がなかなか変わっている知り合いが多いのだ。多少のことで流されたりはしないものだ。

「ああ、げんに、今俺が手玉に取られているし」

「まあ、そんな。お礼をしたいだけですよ。お礼をしたいと思う方は皆謙虚で、お礼をするにも多少強引にやらなければならないと経験で知っているだけです」

 ふんわりと、言い含められる。まあ、おせっかいな人間ほど謙虚な気もするし、別段おかしくはない話だ。自分が謙虚だとは、浩之は思っていないが。

「そ、それに、何か用事があるんじゃないのか?」

「それは、まだ後の話です。良いいい訳が思いつかなかったので、とっさに言っただけです。まだ二時間はあると思います」

 そんな遅い時間に、何の用かと思ったが、詮索はやめておいた。まともな話なら、家族が誰かだろうし、下世話でも恋人と会うぐらいだろう。この様子を見る限り、年上の恋人がいても浩之は驚かない。

「それで、よろしければ、やっている格闘技のお話でもしていただけませんか?」

「ん、まあ、それぐらいなら……」

 ようするに、話し相手が欲しかっただけなのだろう、と浩之は結論づけた。格闘技を見ているようだし、もしかすると、そういうネタで話す友達がいないだけかもしれない。

 まあ、綾香は例外として、お嬢様学校の生徒が格闘技が大好きとは思えないので、当たり前の話か。

「それで、どんな格闘技をやってらっしゃるんですか? 見たところ、細身の方なので、相撲ではないと思うのですが」

「ん……総合格闘技と言うか……」

「はあ、凄い。よくテレビで見る試合は、総合格闘技と言われてますよ」

 初鹿のテンションが、微妙に上がっている。かなり好きな話題なのだろう。確かに、ゴールデンタイムで放送される格闘技は、総合格闘技ぐらいかもしれない。

「私と同じ年頃に見受けられますけど、それで総合格闘技なんて、凄くないですか?」

「いや、そんな訳じゃないんだけどさ……」

 そう言われれば、悪い気はしない。が、浩之はまだまだ無名の人間だ。ここでいばるほど、浩之は調子に乗れない。

「それで、どんな大会に出ているですか?」

 総合格闘技は、団体と言うよりは、ルールだ。総合格闘技の枠の中で、色々な大会に出るのが普通で、それがわかっているところを見ると、それなりに見て来ているようだった。

「エクストリームって、知ってるか?」

「ええっ、エクストリームに出ているですか!?」

 初鹿の驚きは、浩之の予想を超えた。考えてみれば、知っていても不思議ではない。エクストリームはテレビにも放映される。大晦日やお盆の特番になる部類だ。

「ん、まあ……」

 しかし、ここに来ると、浩之は素直に喜べない。

 エクストリームの知名度は高い。しかし、それは浩之の実力と合ったものと言う訳ではない。浩之は、やっと予選で三位に入って、本戦にギリギリに出られるだけの、中では少しも注目されていない選手だ。

 それを、えらそうに口にするのははばかられた。

「もしかして、私の記憶にはないですけど、テレビに映ったこともあるんですか?」

「いや、今年初参加で、三位で予選通過できただけだから。ほんと、俺なんてまだまだだよ。エクストリームって名前に負けてるさ」

 多少自虐が入っていた言葉だったが、仕方ない。初めての勝利をつかんだ場所でもあるが、初めての悔しさを感じた場所でもあるのだ。自分の実力は、よくわかっている。

「そんな、卑下することはないです。エクストリームが、今年から予選をしているのは知っていましたけど、それは人数が増えたからなんですよね?」

「だと思うけど」

「だったら」

 熱にうなされたように、頬を赤くして、初音は熱っぽく語る。

「浩之さんの下に、まだ何人もいるということです。卑下しては駄目ですよ。勝った人達にも、負けた人達にも、悪いです」

「……確かに、言う通りだ。悪かった」

 浩之は、素直に頭を下げた。それは初鹿にというよりも、エクストリームに出る全ての選手に向かって下げたものだった。

「それに……私、本当に浩之さんのこと、凄いと思っていますよ。うん、本当に凄いです。そんな人と話せるなんて、私感激しているんですよ?」

 ちょっと照れたような初鹿の言葉に、浩之は、がらにもなく、同じように照れた。

 まわりから会話を聞かずに見れば、初々しい中学生のカップルにも見える姿だったが、幸いなことに、浩之はそれに気付くことはなかった。

 

続く

 

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