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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(123)

 

「浩之さんって、雰囲気は悪戯好きのやんちゃな男の子に見えるので、お兄さんぶっているのは、ちょっと笑ってしまいますよ」

「お兄さんぶるって……いや、そんな気はないんだが」

「では、元々面倒見がいいんですね。いい先輩ですよ」

 良い先輩であるのは、否定しない。しかし、初鹿さんの言葉に同意はしたくなかった。

 浩之先輩と、初鹿さんは、まわりから見れば、けっこうお似合いの二人であって、私はそれが無性に気に喰わなかった。

 笑いながら会話を続ける二人からは、私が見えていないようにさえ感じる。おそらく、私の目が腐っているのだろうが、だからと言って、私の気持ちが晴れる訳ではない。

「浩之先輩、少しでいいので相手をしてもらえませんか?」

「また唐突だな、ラン」

 私は、無理に浩之先輩と初鹿さんとの会話に割って入った。

 かなり唐突だったにもかかわらず、浩之先輩は嫌な顔一つしなかった。むしろ、まったく驚いていないのを見ると、ある程度予測していたようにすら思える。

 ……まさか、初鹿さんの言葉が気にくわないのがばれているのかと、私は一瞬焦ったが、よく考えてみれば、いつも私は浩之先輩と戦おうとしている。

 おかしな女の子だ、と思われているのは、間違いなさそうだった。それを思うと、正直、暗雲たる気持ちになる。

 でも、初鹿さんのことでこんな態度を取るのだと思われるよりは、よほどましな気もした。それに、一応私の予定には、最初からあった発言なのだ。

「もちろんヨシエさんにもいつも相手をしてもらってますけど、戦い方の違う人と戦うのも大切だと……」

 理由としては、正直いまいちだろう。嘘はもちろんついていないけれど、今述べた理由が全てではないのだから。

 そもそも、会うかどうかもわからない浩之先輩との組み手を、予定に入れているあたり、どうかしているのだ。

「まあ、俺はいいけどな」

 と言いながらも、浩之先輩は、初鹿さんの方に目をやる。

「じゃあすぐにお願いします、時間、ありませんから」

 まず何を考えるよりも先にむっとした私は、早口にまくしたてた。

 自分でも、子供のようだとは思うが、自分の性格はそう簡単に直しようがない。

 一応、自覚はある。一度私の中で、私よりも上に置いた人を、私は独占したいのだ。だから、最初のころに、ヨシエさんに近づく浩之先輩が、非常に気にくわなかった。

 恋愛感情、と思われるのは、非常に心外だった。

 慕っている、というのが正しい。もっとも、今までの人生の中で、姉貴とヨシエさんと、浩之先輩しかいなかったが。

 だから、この気持ちは、嫉妬ではあるけれど、恋愛感情とか、浮ついたものではない。断言したっていい。

 そう自覚できれば、私の心はいくらか晴れやかになる。まあ、だからと言って、初鹿さんに浩之先輩が気を使うのは気に喰わないのに変わりはないのだが。

 そんな私の気持ちなど、まったくくんではいないのだろう、初鹿さんは、にこやかに答える。

「私のことは気にしなくていいですよ。せっかくですから、見学はさせてもらいたいですけれど、邪魔はしませんから」

「まあ、そういうなら、いいけどさ。別にランもいいよな?」

「……はい」

 自分の技を不用意に他人に見せるというのは、気に喰わない。だが、今初鹿さんにここにいて欲しくないのは、それは有利不利とかの話ではなく、初鹿さんが浩之先輩に好意を抱いているように見えるからだろう。

 ただ見せなくないのなら、断れもしたろうが、嫉妬が重なってしまうと、あまり強くは言えない。心の狭いヤツだと思われなくとも、自分が納得できない。

 私は、そこで、言わなければいけないことを思い出した。

「あの、浩之先輩。すみませんが、打撃をはじくのは封印してもらせますか?」

「ん? ああ、いいぜ」

 今の私では、打撃をはじかれると手出しが出来ない。それに、次の相手は、あまり器用なタイプではない。腕力の強い男と戦うのは経験上プラスになるが、スピードのあるテクニシャンでは、次の相手とのギャップが大きすぎる。

 格闘技の話に入った途端、初鹿さんの口数が少なくなったのに、私は少なからず安堵していた。しかし、そんな自分が少し嫌になる。

 私は、ともすれば脇にずれていく自分の意識を戻すために、自分のほほを叩き、精神を集中させる。

 あくまで、浩之先輩との組み手が目的であって、やましいことなど考えてはいけないのだ。そもそも、浮ついている暇などない。

「お願いします!」

「ああ、了解。あ、寸止めでいいだろ?」

「はい」

 そう言われるまで、防具やナックルのことを、私はまったく考えていなかった。私自身、硬いブーツではなく、スニーカーをはいているので問題はないだろうが、浩之先輩相手に、寸止めができるとは思えない。

 自分が思う以上に、落ち着いていないのが分かるというのも皮肉な話だった。

「どちらもがんばってくださいね」

 にこやかに応援する初鹿さんには裏などないように見えるのだが、私は余計に落ち着かない。もちろん、それを初鹿さんの所為にするほど、私は落ちぶれてはいないつもりだが。

 集中だ、集中……。

 そう言い聞かせながら、私は浩之先輩に目を向ける。

 浩之さんが、左半身で、力を抜いて構えるのを見て、私の中のものが、ドクリッ、と音を立てる。それは心臓の音を模写していたが、鼓動の音ではなかった。

 私を絡め取っていた恐怖やあきらめ、それを断ち切ったはずなのに、今度は別のものに私は絡め取られているような気がしていた。

 その鎖が、一気に断ち切れた気がした。

 高揚と快感を持って、私は、その世界に足を踏み入れる。それは、浩之先輩に近づくための一歩でもあった。

 強さでは、いつまで経っても近づくことはないけれど、今の一歩は、確実に浩之先輩に近づいている。

 私の身体が、風を切って疾走する。

「わっ」

 聞こえて来たのは、初鹿さんの声だったのだが、すでにそのときの私は、それによって動きを阻害されることはなかった。

 ヨシエさんに鍛えてもらえばもらうほど、鋭くなっていく技。確かに、しばらく前とは比べものにならないほどに洗練された技を、私は放っていた。

 突進の力を借り、モーションがあろうとも、避けるのは至難のスピードを持った、私の前蹴りを。

 ガキッ!!

 浩之先輩は、両腕をクロスさせてガードし、勢いを殺すために、後ろに飛ぶ。

 わざわざ避けることなく、ガードしてくれたのは、私が今度戦う相手に合わせてくれたからかもしれないが、このときの私は、そんなことを気にするだけの冷静さはなかった。

 ガードではじかれて、同じく後退しながら、私は肌でその開放感を味わっていた。

 何物からも解放された、戦いの場を、やはり私は求めていたのだ。しかも、目の前にいてくれるのは。

 私を受け止めてくれるだろう、浩之先輩なのだ。

 

続く

 

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