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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(126)

 

 いきなり現れて浩之のピンチを救った少女、それはランだった。

「浩之先輩に、手を出すな!!」

 必死な形相で叫んだランは、言葉だけでは止まらなかった。

 距離が遠いほど、ランにとっては有利に働く。体格が大きくないランが威力を上げるためには、助走が不可欠だからだ。

 その優位を存分に使い、勢いをつけて飛び込もうとするランを、浩之は慌てて掴んで止めた。

「落ち着け、ラン!!」

「放してっ!!」

 ランは浩之の腕をふりほどこうとしたが、浩之は手を放さなかった。というか、今放すのは、明らかに危険だ。

 やっと、浩之は今この瞬間も感じる背筋の悪寒の意味を理解できたのだ。

 間違いない、このフルフェイスは、強い。

 強い、というのにも、レベルはある。ランも強い内に入るだろうし、綾香や葵だって強いと表現できる。

 フルフェイスの強さは、綾香や葵よりだった。いや、浩之の目からは、綾香達との差さえ感じることができない。

 それは、つまり掛け値なしに強いということだ。

 綾香が倒したリヴァイアサンなど、問題ではない。このフルフェイスは、綾香レベルだ。だから、浩之は震えたのだ。

 綾香が戦ってさえ、勝てるかどうかわからない。そういう相手だ。それを見ただけで感じることのできた浩之は、相手の実力を見ただけで判断できるだけの目があるということだ。

 もっとも、嬉しくとも何ともない。こんな相手とは戦わないのが一番嬉しいのだ。

 まだ浩之の腕をふりほどこうとするランに、浩之は怒鳴った。

「いいから落ち着け! 無鉄砲に行って勝てる相手じゃねえだろ!」

「そんなの知ってる!」

 何を知っているのかはわからないが、相手の実力がわかっているのは間違いなさそうだった。しかし、頭に血が上っているのか、まったく浩之の言葉を聞く様子がない。

「放し……」

 二人がもつれ合うようにしているところを、相手はただ見ていてくれるだけではなかった。大きく腕を振り上げ、鎖を打ち下ろす。

「くっ!!」

 ランを止めながらも、フルフェイスの方を見ていた浩之は、とっさにランを横にはじき飛ばしながら、自分も反対に飛び退く。

 ピシュッ、と鎖の擦った部分の布が、あっさりと切れる。見た目だけではない、鎖のスピードは、服など簡単にずたずたにする威力を発揮するということだ。つまり、浩之の肌であろうとも、同じように。

 まともに受けたら、さすがにやばそうだよな。

 そう思いながらも、浩之は素早くフルフェイスとの距離をつめようとしていた。それは、はじき飛ばしたランの体勢が崩れており、今狙われれば、避けることもできないというのを目の端で捉えたからであるが、結局、ランがそんな状況でなくとも、浩之は前に出る選択をしていたろう。

 少なくとも、浩之が近づいている以上、フルフェイスはランを狙う余裕はないであろうから、浩之としては当たり前の行動だった。

 が、それを読んでいたように、フルフェイスの鎖が、浩之の前進を邪魔するように横一線に振られる。

 それを、ギリギリで避けて内に入ろうとした浩之は、反射的な動きで、さらに後ろに飛んでいた。

 さっき鎖が通った位置とまったく同じ位置を、もう一本の鎖が、風を切りながら振り抜かれたのだ。

 一撃目を避けたと思った相手の隙を突く、二段構えの連続技。

 そして、これにはさらに先があった。それを浩之は、知覚でもなく反射でもなく、予言にも近いもので、さらに後ろに飛ぶ。

 ガシャァンッ!!

 振り抜かれたはずの鎖が、二本そろって、高速で打ち落とされたのだ。

 両腕を振り抜く勢いを殺すことなく、その勢いを乗せたまま、上から袈裟切りに振り下ろされる一撃は、当たれば頭蓋骨陥没とか、そういう不吉な言葉を実戦してくれそうであった。

 が、それを避けた浩之には、一度だけチャンスが与えられた。振られている状態では隙のない鎖も、地面に叩き付けられたこの瞬間だけは、隙だらけだった。

 浩之がとっさに取った行動は、その鎖を踏むことだった。

 武器を封じるだけではない。手首についている鎖を踏まれている以上、今より後ろには逃げられないということだ。

 相手の武器と動きを封じる、起死回生の選択だった。

 しかし、浩之は、読み誤った。何故なら、フルフェイスは、鎖を踏まれているのをまったく意に介することなく、浩之に向かって前進して来たのだ。

 踏まれていても、近づく分には、動きを封じるものではない。浩之の作戦は、あっさりと破られたのだ。

 しかし、浩之はそれだけでは引き下がらなかった。逃げないのならば、迎撃すればいいだけのことだった。

 綾香と同等と感じる相手に対する恐怖は、もちろんあった。しかし、今自分が下がることは、そのままランの危険であるのを、浩之の身体は理解していた。だから、下がらない。

 至近距離からの、右ストレート。練習に練習を重ねた浩之の一撃は、もうすでに素人などとは言えないものになっている。

 狙うのは、みぞおち。フルフェイス部分を殴って倒すのは無理と判断した結果だ。

 一撃で倒せなくとも、ひるませることはできるはずだった。後は野となれ山となれだ。少なくとも、こんな至近距離では、一撃で倒す技など、向こうも使えないのだ。

 シュバッ!!

 しかし、予想はまたも浩之の想像の先を行った。至近距離のボディーブローが、あっさりと避けられたのだ。

 浩之の右腕にかかる、相手の手。浩之の一撃は、この至近距離にも関わらず、まったく当たることなく、受け流されたのだ。

 掴まれた腕から感じる恐怖に、浩之は悟った。自分がこれで負けることを。

「先輩に触るな!!」

 ランの攻撃を受けるために、フルフェイスは片手を浩之の腕から放し、そして、片手でランのハイキックをあっさりと受け流した。

 浩之が負けを悟った瞬間、横からランがフルフェイスに向かってハイキックを放っていた。のだ。防御も何も考えない、全力の一撃だった。

 フルフェイスがランに向かって蹴りを放とうとしているのに気付いて、浩之は、とっさに掴まれた腕を、相手の胸に叩き付けた。

 いや、押しつけたと言う方が正しいか。柔らかい感触と共に、フルフェイスの体勢がわずかに崩れる。ダメージはないものの、フルフェイスは蹴りを放つのを止め、浩之が動いたことにより自由になった鎖を引き抜いて、距離を取る。

 二人でなければ、おそらく簡単に倒されていただろう。しかし、ここには二人がおり、フルフェイスの実力がいかに勝っていようとも、両方を倒すのは至難の技。

 そう思って欲しい、と浩之は切実に思った。本当のところを言えば、一瞬でも気を抜けば、二人がかりでも問題としない、フルフェイスは、それほど強いと感じているのだから。

 浩之の祈りが効いたのか、フルフェイスは、外からはうかがえない視線をどう動かしたのかはわからなかったが、ふいっ、と突然背を向けると、あっさりと逃げていく。

 浩之は、とっさにランの腕を掴んでから、フルフェイスの姿が消えるまで、気を張りつめていた。

 放っておけば、このままランがフルフェイスを追いかけかねないと思ったからだ。

 視界からフルフェイスが消えて、やっと浩之は息をついた。

「……何だ、あいつは?」

 相手の正体も気になったが、それを深く考える時間は浩之にはなかった。

 ぼふっ、と気を抜いた浩之の懐に、ランが入り込んだのだ。

「ラン……?」

 今までの緊張から、とっさに反応しようとした浩之だったが、ランの肩が震えているのを見て、我に返った。

「お、おい、ラン?」

 懐に入り込んでいるのではない。ランは、浩之の胸に、抱きついているのだ。

「こ、怖かった……」

 張りつめていた気が抜けて、改めて怖くなったのだろう。

 案外柔らかい身体に、思ったよりも出た胸、そして、汗の匂い。

 女の子としては、不思議でもない行為だったが、それがケンカ慣れしているはずのランであることに、浩之は、疑問を感じていた。

 いや、そもそも、ランがこんなに取り乱しておびえた女の子のようになること自体、はっきり言っておかしい。格闘家として恐れているのではない、純粋に、怖がっているのだ。

「……位」

「あ?」

「今の……間違いない」

 ランは、震える身体を、それで止めるように、きつく浩之に抱きついた。

 今まで、自分が飛びかかっていった相手が、おそらく、自分の知っているそれと同一人物であることを感じて、恐怖が、彼女を震わせていた。

「……マスカレイド一位、チェーンソー」

 

続く

 

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