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最強格闘王女伝説綾香

 

五章・実戦(128)

 

 来栖川綾香に、目立たないようにするという考え方はない。

 あまり多くはないものの、メディアへの露出もあり、それでなくとも、本人はアイドル顔負けの美少女だ。それに、来栖川グループ会長の孫でもある。

 だから、赤の他人につけられることなど、何度も経験したことだった。少なくとも、気付かないことなどない。そして、見つけ次第、それなりのやり方で処理して来た。

 結局、一番効くのが殴り飛ばすことなのだが、当然ながらそんな効率の悪いことはあまりしない。そもそも、いかに犯罪者とは言え、素人を殴り飛ばしたところで、まったく楽しくないのだから、法的処置や法外的処置を取った方が楽である。

 しかし、ここ最近は、エクストリームという、自分でまいた種に、むしろ人が群がって来る傾向が増えている。

 今回も、そういう相手なのは、離れていてもわかる。

 一人だと思うけど……やっぱり戦い易いところに移動した方がいいかな?

 普通に外を歩いていて、ケンカを売られる少女というのも珍しいかもしれないが、綾香をねらってくるような人間は、少なくとも単なる素人はいないので、綾香としては楽しめていい。

 綾香は、ケンカであろうと試合であろうと、強い相手と戦うのを、純粋に楽しめる。

 綾香の技は、決してスポーツの域を出るものではない。誰かのように、殺人技を使えるとか、そういうものはない。

 しかし、それでも、綾香の技は、実戦でも十分に効果を出す。いや、急所を解放される分、危険になっているぐらいだ。

 いつもの公園に、綾香は向かうことにした。人が隠れる場所が少ないことと、場合によっては、地の利で逃げることも可能だからだ。

 もっとも、相手が銃器を出して来たところで、綾香は逃げる気などなかった。そのときは、それこそ、相手に後悔させてやらねば気が済まなくなっているだろう。

 浩之との約束もないし……今日は普通に遊ぶことにしようっと。

 綾香は、多少の相手なら、浩之と遊んだり練習したりするのを優先させる。まあ、それ以外なら、だいたい戦うことを選んでしまうのが問題ではある。

 しかし、後ろからつけて来た相手は、何故か、綾香が人気の少ない場所に行くまで待たなかった。

 人の多い場所にも関わらず、すぐに綾香に近づいて来る。

 何、単なる知り合い?

 一瞬、綾香は自分の判断が間違ったのかと思った。しかし、綾香の知り合いならば、後をつけるなどということはしないだろうし、何より、つけて来た相手は、明らかに何かの格闘技をしている人間だ。

 まさか、こんなところで仕掛けてくるとも思えない。

 マスカレイドの選手ならば、だいたい顔をマスクで隠しているのだが、ここではその方が目立つ。しかし、綾香の後ろの方に向けられる好奇の目はない。

 ……ということは、ケンカじゃないみたい。

 綾香は、あからさまにがっかりしながら、つけている相手を確認するために振り向いた。

 一瞬、向こうの男は驚いたようだったが、すぐに気を取り直したのか、綾香に近づいてくる。

 知らない顔ね……格闘家が単なるナンパ?

 そんな偶然を信じる綾香ではないし、何より、相手は綾香のことを知っているようだった。とりあえず、顔には記憶はないのだが。

「こんなに簡単に気付かれるとはなあ、俺も落ちたもんだ」

「……で、あんた誰?」

「おいおい、つれねえなあ」

 男はくっくっくと、悪そうというか楽しそうに笑うと、冗談のように言葉を続ける。

「告白したのに、忘れられるとは思わなかったぜ」

「……はあ?」

 綾香の記憶に、最近告白された記憶はない。古式ゆかしいラブレターなら、男女関わらずけっこう来ているが、男で直接自分に渡した人間など、記憶になかった。

「まじかよ。俺としては、けっこう本気だったんだけどなあ」

 そう言うと、男は素早く構えていた。綾香は、何の疑問も驚きもなく、同じく構えを取る。何か格闘技をやっている人間が、自分に平和的な会話を求めているとは思わなかったからだ。

 二人の構えにはかなり差があった。綾香はスタンダードな左半身の構え。相手の男は、同じく左半身だが、左が前に出て、右は手の平をこちらに見せるようにして、ほほの辺りに構えている。非常に印象的な構えだった。

「あ……」

 綾香は、やっと目の前の相手が誰であるのかわかった。

「やっと思い出し……ブッ!」

 スパッ!

 綾香のジャブが、男、ついこの間倒したリヴァイアサンの顔面に入った。

 まわりの人間には、いきなり男がのぞけったようにしか見えなかった。一瞬、まわりを歩いていた人間の視線が集まるが、おそらく何か冗談でも言っているのだろう、とすぐに視線は外された。

「……て、いきなり何しやがる!」

「構えたのそっちでしょ」

 綾香は悪びれなく言い切った。もちろん、相手がやる気かどうかぐらいはわかっているが、とりあえず手を出さないほどこの男が好きな訳ではない。

 すでに食い残しようなものなので、大して魅力は感じないが、倒すにはまあそれなりに楽しめる相手だ。ただ、綾香が威力はないとは言え、一発入れたにもかかわらず、本気で怒っている様子はない。

「ちくしょう、てめえなんてこっちから願い下げだぜ。こんな危険な女と付き合うやつに同情するね」

 綾香は、リヴァイアサンが悪態をつくぐらいは許してやることにした。

 実際、浩之にはそれなりの同情する余地はあると思うのだが、もちろん綾香はそんなことなどまったく考えていない。

「それで、やる気がないみたいだけど、私に何か用?」

 最近練習で忙しい浩之に放っておかれているので、綾香もそれなりに色々なものが溜まって来ていた。戦わないというのなら、あまり好きでもない人間と会話をして楽しむなどという選択肢はない。

「くそっ、わかってんなら手ぇ出すなよ。しかしまあ、もうあんたとは戦う気はねえ。何度やっても勝てる気がしねえしな」

 勝負は僅差と言って、誰も批判はしない試合内容だったと客観的には見える。

 しかし、その高度な攻防の中で、リヴァイアサンは、どうあがいても綾香に自分が勝てないことを悟ってしまった。

 むしろ綾香は、相手に無理矢理悟りを押しつける。そうなってしまえば、もうそれでおしまいだ。どんなに強い人間も、精神的に押さえられてしまえば、もう勝つことなどできない。

 格の違いを知らされた、と言ってもいいだろう。そして、その差が縮まることなど、一生ないのだと、そう思ってしまったリヴァイアサンは、もう綾香とは戦えない。

「あんたは強いよ。俺が保証する」

「別に保証されなくてもいいけど」

 綾香の強さは綾香のものであり、他人に頼る必要はない、ということだ。

「でもな……俺は、あんたに感じた以上の差を、感じた相手がいるんだよ」

 その言葉は、綾香の気を引く内容だった。

「今日は、戦って、そして俺に勝ったあんたに忠告しに来たんだ」

「ふーん」

 綾香は、気のない返事をしたが、思い切り興味を引かれているのは明らかだった。もし、本気でリヴァイアサンに忠告する気があったのなら、それは、明らかに失敗だった。

「悪いことは言わない、もうマスカで戦うのは止めとけ」

 リヴァイアサンは、その軽薄そうな表情を一瞬だけゆがめて、吐き捨てるように言った。それは、演技には見えなかった。

「あいつらには、あんたでも勝てねえ」

 

続く

 

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